Words & Emotion   Written by 奥杜レイ




      こんなボクらのバレンタイン



       アパートに戻ると、広人はいなかった。金曜日の今日は進学塾で講師のアルバイトがあるから帰宅は十時近くなり、家庭教師のアルバイトをしている広人より遅くなるのが常だ。
       ……どうしたんだろう、広人。
       狭いダイニングに入り、真貴は手探りで壁のスイッチを押す。ぱちぱちと何度かまたたいてからパッと照明がつき、まぶしさに細めた目に、夕食が用意されたテーブルが映った。
       今夜の献立は鍋のようで、卓上コンロが置かれ、茶碗も箸も実に広人らしく行儀よく並べられている。肝心の鍋はキッチンのガスコンロの上に見えて、広人はすぐにも帰ってきそうな雰囲気だ。それなら、鍋を移動するくらい自分にもできるからそうしようと、真貴はテーブルの脇を過ぎかけて、その上にある小さな箱に目が止まった。
       なんとなく手にとってみる。つるつるした真っ赤な紙に包まれ、同じ色のリボンがかけられている。
       あ。そうか。
       明日がバレンタインデーであることを思い出した。今日は普段より学食が騒がしく感じられ、向かいに座って一緒に昼食を取っていた片山が、鬱陶しそうにこぼしていた。
      『大学生にもなってバレンタインとはね。むしろ、大学生だからか?』
       そんなことを問いかけられても自分は何も答えられないと内心ギクッとしたが、単なるひとりごとだったようだ。片山に意見を求められるには至らなかった。
       それよりも、こんなものがテーブルにあるということは、広人がもらったのだろうか。
       さすがに真貴でもバレンタインのチョコレートが何を意味するか知っている。小学生のころからか、この時期になると妹のるりが家で騒がしくしていたからだ。
       誰か……広人が好きなんだ。
       ふと思い、胸がぎゅっとした。やさしくて頼りになる広人なのだから、誰に好かれてもおかしくない。むしろ、周囲の誰からも好かれているのではないか。
       だよね……。
       そういうことを今ごろになって考える自分に気づき、真貴は少し悲しくなった。広人と同居して一年と数ヶ月が過ぎ、今は恋人同士になれたと自分でも思えるのに、いまだ広人の世話になるばかりだ。
       バレンタインのチョコレートは特別に好きな人に贈るもの。ならば、自分も贈りたい。広人が誰よりも好きなのだから。
       でも、お金で買ってきたものを「はい」と渡すのでは違うように感じる。広人ならそれでも喜んでくれると思うが、自分はそういうことを広人にしたいのではなく、もっと何か、広人が感心して喜んでくれるようなことができたらいいと思う。
       ハッと思いついて風呂場に行ってみた。だが、明らかに掃除したあとだ。風呂掃除ならもう失敗することもないから、こういうときこそ率先してやりたいと思ったのに残念だ。
       最近は食後の片づけも手伝わせてもらっている。広人が洗った食器を布巾で拭いて、棚の元の位置に戻すだけでも、広人と一緒に何かできることがとても楽しい。しかし、自分ひとりにやらせてもらえそうにはない。
       ほかに広人にしてあげられそうなこと――。
       考えるが思いつかなかった。思いつかなかったことで真貴は落ち込んでしまう。細かいところまで広人に気を配ってもらえることがうれしくて、とても大切にされていることが伝わってきて安心できて、でも――それだけだったんだな、と思う。
       あのときだって……広人よりボクのほうが気持ちよくなっちゃって――。
       広人と初めて本当のセックスをしてからしばらくは、毎晩のように広人のベッドにもぐりこんでいた。広人は一度も拒むことなく、いくらでも自分を気持ちよくしてくれた。
       広人も気持ちよくなっていたのか――広人はいつもそうだと言うし、そんなときの広人は見るからに気持ちよさそうな顔をするのだけど、やっぱり……広人より自分のほうが気持ちよくなっていると思う。
       だって、広人に抱きしめられるだけで、ふにゃふにゃになっちゃうみたいなんだもの。
       そのときの感覚が急によみがえり、胸の底から熱い吐息が湧き起こった。背筋がゾクッとして、膝が危うくなる。洗面台に手をついて体を支えた。鏡の中の自分と目が合い、驚いて下を向いた。直視できる顔ではなかった。
      「――真貴? どうした、気分悪いのか?」
       いきなり広人の声がして、肩を抱き寄せられた。それでまた背筋がゾクッとして、真貴は顔を伏せたまま慌てて首を振る。
      「違う、なんともない。……あ、ボク手を洗わなくちゃ」
       帰宅してから洗ってなかったことを思い出し、咄嗟にそう言った。うがいも始めた横で、広人が気遣うように尋ねてくる。
      「今、帰ったのか? 本当になんともない?」
       しっかりと、うなずいて返した。タオルで口と手を拭き、広人と場所を入れ替わる。
      「広人は、どこ行ってたの?」
      「ポン酢を出したら残りが少なかったから、買いに行ってきた。今夜は鶏の水炊き」
       真貴の好物だ。それだけで、パッと気持ちが明るくなる。ちらりと視線を流してきた広人の目も笑っていて、うれしくなった。
       手洗いとうがいを済ませる広人を待って、一緒にテーブルに着いた。箸を取ろうとして、あの赤い小箱が目につく。
      「広人、あの、これ――」
       訊いていいものか迷いながら、おずおずと真貴は口にした。
      「ああ、それ」
       広人はやわらかな笑顔を向けてくる。
      「ゼミで同じグループの女子にもらったんだ。友チョコだって」
      「友チョコ?」
       真貴には初耳の言葉だ。
      「そう。女子はひとりなのに、グループの男子みんなにくれたんだ」
      「――なんで?」
      「友だちだから、これからもよろしく、って意味だよ」
      「……そうなんだ」
       そんな理由でチョコをもらうこともあるとは知らなかった。
      「ホワイトデーに何かお返ししないと。男子全員で贈るほうが、喜んでもらえるだろうな」
       ――え。
       お返しをすると聞いて、ギクッとした。
       どんなふうにしたら喜んでくれそうか……考えるんだ――。
       そのことに驚いて真貴は目を瞠るが、広人は小箱に顔を向け、それを取り上げた。
      「開けてみる? あとで一緒に食べよう」
       ニコッと笑って見せ、真貴が返事をする間もなく、リボンを解いた。ふたを開けると、中には丸い大粒のチョコが四個入っている。パウダーがまぶされたものと、そうでないものが二個ずつ。
      「トリュフだ。ちょうど半分コできるな」
       そんなふうに話す広人から、広人が自分で言ったとおりに、友人としてもらったものと受け止めていることが伺えた。
       真貴は自分で気づかず、ホッと息をつく。広人が軽く目を瞠った。そうしてから、またやわらかく笑いかけてきた。
      「食べよう? もう煮えてるから」
       広人が鍋のふたを開けると、ふわっと湯気が立ち上った。ぐつぐつと、おいしそうな音がする。
       それからはチョコのことも忘れて、真貴は広人と楽しく話しながら食事を進めた。だが、食べ終えたタイミングで箱ごとチョコを差し出されたら、また落ち込んだ気分になった。
       一粒取って口に入れるが、おいしいはずがそう感じられない。
      「おいしくない?」
      「えっ? ううん、おいしいよ」
       笑って見せようと思っても、うまくできなかった。広人の眼差しがわずかに翳る。
      「真貴――遠慮しなくていいんだよ。言いたいことがあるなら、言って?」
      「べつに、言いたいことなんて――でも」
       じわじわと浮かんできたことが口に出てしまう。
      「お風呂……一緒に入ってもいい?」
       なんとなく、そうしたくなったのだ。だが言ってから、ひとつ思い当たった。
      「――うん。広人、一緒に入ろう?」
      「……いいけど」
       広人は怪訝そうに眉をひそめるが、照れたとわかった。かすかにも広人が感情の変化を顔に出すようになったのは、恋人同士になってからだ。そのことを思い、真貴はまたうれしくなった。
       湯船に湯が張るのを待ちながら、キッチンに並んで食事の片づけをしているあいだも、どことなく照れくさかった。互いに落ち着かないようで、そのくせ冷静に振る舞おうとしているみたいに感じられた。
       風呂場には広人が先に入ってくれて真貴はホッとするようだった。裸を見られるのが恥ずかしく感じられるようになったのは、やはり恋人同士になってからだ。
       広人が背を見せて湯船のふたを開けているのをいいことに、そっと寄り添ってみる。
      「今日は、ボクに洗わせて」
      「え?」
       かなり驚いた顔で振り向かれ、ビクッと首がすくんだ。
      「あの……明日、バレンタインだし」
       もごもごと真貴は言う。
      「その……広人にしてあげられることって、そのくらいかな、って」
      「――真貴」
       広人の声が甘く響いた。真貴は赤くなりそうな顔を上げて広人を見る。
      「ありがとう」
       明るい笑顔で応えられ、またうれしくなる。しゃがんだ広人の背にシャワーを浴びせ、スポンジを泡立てて、さっそく洗い始めた。
       広人の背中、大きい。
       今また思う。張りがあって、なめらかな肌だ。熱心にスポンジを使うのだが、胸がドキドキしてくる。吐息が湿ったように感じた。
      「今度は俺ね」
      「え?」
      「明日はバレンタインデーだし」
       同じことをわざとらしく言って、広人は真貴を洗い始める。その手つきがいつも以上にやさしく感じられて、真貴はいっそうドキドキした。
       ……困っちゃうな。
       髪は、しゃがんで向かい合って、互いに洗い合った。広人に言い出されて真貴は拒めるはずもなく、ひたすらに恥ずかしかった。
       だって――。
       誘われて一緒に湯に入り、そっと広人の胸に抱かれた。背後から回ってきた手が、湯を波立たせないやわらかさで肌を撫で始める。
       トクンと鼓動が跳ねた。もうさっきから真貴の股間は興奮を示し始めていて、どうにもたまらない気持ちになる。
      「……あ」
       自分は声をもらしてしまうのに、広人が何も言わないでいるのが恥ずかしい。耳に唇で触れてきて、胸の感じてならないところをいじくる。
      「ん」
       顔をそむけ、広人の肩にもたれた。広人の右手が湯の中で肌を伝い落ちる。行き着く先は知れたことで、たちまちのうちに長い指が絡みついた。
      「はっ」
       顎が仰け反って、熱いキスにさらわれる。
       気持ちいい――。
       広人に触れられると体中がゆるんで、温かな安堵に満たされる。広人に触れられるのが好きだ。広人の気持ちが伝わってきて、甘い痺れが広がって、蕩けそうなほど心地いい。
       ……あ。そうか――。
       うっとりと閉じていた目を開き、真貴は間近に広人を見つめた。
      「あの……広人?」
      「ん?」
       広人も蕩けそうな笑みを見せてくれる。
      「ボク……先に出て、広人のベッドで待ってるね」
      「え?」
       きょとんとされたことに顔を真っ赤にして、真貴はびしょ濡れのまま風呂場を出る。大急ぎで体を拭いて、髪も精一杯の速さで拭いて、駆け出す勢いで広人の部屋に行き、広人のベッドにもぐりこんだ。
       自分で驚くほど胸がドキドキしている。裸で広人のベッドに入ったなんて初めてだ。いつもはベッドの中で広人に裸にされる。
       ボク……恥ずかしい。
       もう数え切れないほど経験して、広人とセックスをするということがどういうことか、体にも心にも記憶にも、深く刻まれている。
       肌に触れられると気持ちよくて、それも唇で触れられるといっそう気持ちよくて、だから――自分も広人にそうしたいと思った。
       これまで真貴が広人を愛撫することは一度としてなかった。だから、それが自分にできる気持ちの伝え方に思えたのだ。
       ――あ。
       想像しただけで、きっちり起ち上がった。今にも蜜を溢れさせそうな自分の体の変化に、コクッと真貴は息を飲む。
       広人はすぐにやってきた。うつ伏せになってシーツにしがみついていた真貴の隣に、静かに入ってくる。
       あ……広人も裸――。
      「どうしちゃったの、真貴」
       そうしてから、明るい笑いを滲ませて真貴の耳元でささやいた。背後から抱かれそうになって、真貴は広人に向き直る。
      「――え?」
       少しうろたえたように広人が声を上げたが、真貴はますます顔を熱くして、両膝をつき、仰向けになった広人にまたがった。
      「あのね、広人、今日はボクが広人にさわったり――したい。そうしたら、もっと広人も……気持ちよくなれるかもしれない、なんて」
       声を上ずらせながらもどうにか言い切り、真貴はじっと広人を見下ろした。
       広人――。
       いつもとは違うふうに胸がざわめく。濡れた髪を枕に乱して、じっと見つめ返してくる広人は、初めて目にするような顔をしている。
       あ。
       また一段と屹立が硬くなったように感じた。胸の奥がぎゅっとして、息苦しいほどに鼓動が速くなる。
       広人の表情から目が離せない。困ったように笑った顔がひどく魅惑的で、こんなにもきれいだったんだと、今やっと気づいた気持ちにさせられる。
      「真貴――」
       呼びながら広人の手が伸びてきた。そっと頬を包まれる。
      「たまらないよ……色っぽい」
       ああ、そうか。
       自分が広人に感じていることも同じだ。
       広人、色っぽい……色っぽいよ、広人――。
       真貴も広人の頬を手のひらで包み、おずおずと唇を近づけていった。すくい上げるようにキスされたのをやんわりと押し戻すようにして、体ごと広人にかぶさる。
       いつも広人にされているとおりに、手順をなぞった。
       唇を少し開いて、いっそう深く合わせる。舌を挿し入れ、広人の舌を探して、じっくりと絡め合わせる。
       ここまででもう、破裂しそうに胸が高鳴っていた。
       キスを惜しんで舌を抜き、唇で広人の肌をたどっていく。頬から首筋へ、首筋から鎖骨へ、咄嗟に思い出して耳をそっと唇で挟んだ。ぺろりと舐めて、先に進む。
      「……真貴」
       吐息混じりに呼ばれ、ビクッと肩が揺れた。その掠れた響きが、何とも言えず――なまめかしかった。
       広人の胸に手を置き、そこにある粒を舌でつついた。広人の体が緊張したようになったから、一心に舌を使った。
       ……きれい、広人の体。
       手のひらで脇腹を撫で下ろし、胸からヘソへ舌を滑らせていく。広人が自分にするときも、こんな気持ちになっているのかと思った。
       好きだから、触れることができてうれしいから、もっと触れていたくなる。
       そうなら、いいな――。
       広人に触れられると幸せでたまらないから。
      「真貴」
       下腹にたどり着き、真貴はそこに頬を重ねて、ほうっと熱い息を落とした。目の前に、広人の充実した猛りがある。
       とても愛しく感じられた。手を添えて、ひとつひとつ確かめるように指を絡めていく。
       ピクッと広人の腰が揺れた。手の中のものは、包まれていくに従い、硬度を増すようだ。
       しっかりと握り、いっそう昂ぶった。なんだか目が潤んできたみたいだ。また熱い息が湧き上がる。
      「真貴」
       呼ばれても応えようとしないからか、広人の手が髪に触れてきた。あやすやさしさで、ゆったりと撫でられる。
       真貴はたまらなかった。広人の体のこの部分が自分の中に埋まり、そうして、いつもひとつにつながることを思った。
      「真貴……?」
       ゆったりと髪を撫でていた手が、ビクッと止まる。真貴はそれにも気づかずに、べろりと差し出した舌で広人の屹立に触れた。
      「ま、真貴っ?」
       広人の裏返った声まで飲み込む勢いで、真貴は握ったものを口に入れる。
       どうしてなのか、涙が出る。思いがけない舌触りのよさに、胸がじんとする。
      「ちょ、真貴……くっ」
       広人が苦しそうな声をもらし、さっきまで髪を撫でていた手が頭をつかんできた。
       そうなっても真貴はやめなかった。ほとんど夢中になって、握ったものを舐め続ける。
      「だめだ、真貴! そんなことしちゃ――」
       唐突に広人が上半身を跳ね起こし、真貴は口に含んだものが喉に詰まりそうになって、苦しくて喘いだ。
       でも、うれしかった。広人はもう、弾けそうなまでになっている。
       気持ち……いいんだ。
      「だめだよ、真貴」
       遠慮がちにも肩を押しやられ、離れかけた口を戻して、真貴は上目遣いに広人を見る。
      「あ、真貴――」
       広人の頬が、サッと赤く染まった。その途端、口の中の広人がまた硬くなったように感じた。それよりも、こうして広人の顔を見てしまったら、もう目が釘づけになる。
       すごい、色っぽい――すごく、気持ちよさそう。
      「放して、真貴……頼むから」
       放したくなかった。もっともっと、感じてほしかった。
      「どうして、こんな――」
       息を上げ、広人は喘ぐ。でも、こんなにも頬を染めて、ためらうような顔をする広人は初めてで、もっと見ていたい。
      「こんなこと、どうやって知って――」
       しかし、その一言には心底びっくりした。
      「俺はしたことないのに」
       慌てて口を離し、咄嗟に問い返した。
      「いけないことなの? ボク、まだ知らないこと多くて――広人に口でさわってもらうとすごく気持ちいいから、きっと広人もそうだと思って、でも、いけないことならやめる」
      「……真貴?」
       自然と涙がこぼれていたからか、まったく別の涙がぶわっと溢れた。広人を嫌な気持ちにさせてしまったなら悲しくて、真貴はすがる思いで広人をじっと見上げる。
      「自分で……思いついたって?」
      「うん」
       震える声を絞り出して答えた。
      「真貴――」
       自分を見下ろす広人の眼差しがやわらぐ。また、トクンと鼓動が跳ねた。
       まだ湿っている髪が、乱れて広人の目にかかっている。眼差しは愛しさに溢れていても、瞳には情欲のきらめきがあった。
      「ひ、ろと」
       背筋がゾクッとする。身に馴染んだ感覚で、広人とつながる箇所が疼いた。熱い吐息が唇からこぼれる。手の中の広人がグッと硬度を取り戻し、それにあおれられたかのように、自分の屹立の先が恥ずかしいほど濡れた。
      「真貴……すごく、気持ちよかった」
      「ひろとぉ」
       真貴は広人の胸に抱きつく。ぎゅっと抱き返され、そのまま仰向けに横たえられた。
       広人に涙を舐め取られる。深いキスをされ、舌を絡められる。屹立を握られ、濡れそぼつ先をしごかれる。
      「ごめん、真貴――今日はもう我慢できない」
       その低い響きに真貴は感じた。広人はすぐに後ろを探ってきて、そこに真貴の蜜を塗りこめるようにして指を進めてくる。
       もう、慣れていた。呼吸を浅くして、真貴は脚を開き、両膝を立てて腰を浮かせる。望んで、広人の指を奥まで迎え入れた。
      「ああん」
       ねっとりとした快感が広がり、声が蕩ける。
      「ひろと」
       もう欲しくて呼んだ。唇と舌で覚えたばかりの感触がよみがえる。急激に胸が滾った。
       あれが、ボクの中に入って、広人とつながって――。
       広人の目にさらされているとわかっていて、硬く起ち上がった先からいくらでも蜜が溢れた。体の中からじわじわと溶けていく感覚に染まる。でも足りなくて、指ではまだ足りなくて。
      「ひろとぉ」
       知らず半泣きになって、真貴は再び広人を呼んだ。腰はとっくに揺らいでいて、ねだって呼んでいることは広人もわかっているはずだ。
      「……真貴」
       ふわりと広人がほほ笑む。真貴は胸がいっぱいになる。重なってきた体にかじりつき、広人の荒い息遣いに頬が生ぬるく湿った。
      「大好きだよ、真貴――」
       広人の指が出ていく。替わって、さっき口で愛した猛りでじっくりと満たされていった。
      「は、あ、あ」
       声が止まらなくなる。掠れた甘ったるい響きが、ふたりを包む空気を濃密に変えていくように感じる。
       湿った熱気がまつわりつくようだった。ただ気持ちよくて、広人にかわいがってもらえていることがうれしくて、真貴はどこまでも昂ぶっていく。
       広人も同じだった。飽くことなく真貴を貪るみたいに、熱い抜き差しを繰り返し、真貴を追い上げて、自身も駆け上っていった。
       どこで果てたのかもわからないような絶頂にたどり着いた。真貴の吐き出した熱を互いの肌に感じたときには、広人も真貴の中に熱を注いでいた。
       重なり合い、ふたりの息はなかなか静まらない。真貴は広人の首に腕を絡めていて、広人は真貴をきつく抱きしめていた。
      「……気持ちいい」
       真貴はつぶやく。
      「俺も」
       広人もつぶやいた。静かに身を浮かせ、真貴の目を見つめてくる。とても熱い眼差しだ。
      「好きだから。俺は、真貴しか好きじゃないから」
       真貴は眉を寄せて目を瞠り、だけど涙は耐え抜いた。声を詰まらせて、応える。
      「ボクも――広人だけが好きだ」
       ねだらなくても、やさしいキスが落ちてくる。何度キスしても、いつも名残り惜しくて、すぐにまたキスしたくなる。
       ボクって……欲張りだよね。
       バレンタインデーは、明日なのに。今日、もらってしまった。自分は、うまく広人にあげられたのだろうか。好きでたまらないこの気持ちを。
       うん……できたよね。
       気持ちいいと言ってもらえた。広人から先に、好きだと言ってくれた。
       このまま眠ってしまえば、目覚めたときには明日になっている。裸で抱き合って、初めて迎えるふたりのバレンタインデーだ。


      おわり


      ◆作品一覧に戻る

      素材:+ Little Eden +