Words & Emotion   Written by 奥杜レイ




          Honey Gold
          −同人誌Uに書き下ろしたSSの別視点SS/フリーペーパーから転載−



           小宮は朝に決して強くない。しかし勤続六年の成果か、毎日同じ時間に目が覚める。それは休日も変わらず、いささかヘビーな夜を過ごした翌朝もそうだ。
           ただ、眠気がすっきり去るまで少しばかり時間を費やす。真冬の寒い朝でなければ、とりあえず上半身を起こして、しばらくベッドの上でぼうっとしている。そのうち頭がクリアになって、そうして始動する感じだ。
           だから、浅葉と夜を共にしたあとの朝は格別だった。普段はどんな様子なのかは知りようもないが、ふたりで迎える朝は休日の朝と決まっていて、それでなのか、浅葉はゆっくり眠っている。
           その時間が、この上ない幸福に感じられてならない。やわらかな朝の光に包まれて眠る浅葉は、溜め息を誘うほど魅惑的だ。その姿を眠気の覚めやらぬまま、うっとりと見つめる。
           昨日は年末の仕事納めで、職場の飲み会があった。早々にお開きになるのは毎年のことで、二次会に流れそうになったとき、浅葉がこっそり耳打ちしてきた。
          『今日はホテルに泊まりません?』
           職場を完全に離れるまでのいつもの丁寧語、表情もやけに真剣で、なのに、そんな甘ったるい誘惑を仕掛けてきた。
           どうして自宅に来ると言わずにホテルに泊まろうと言うのか――尋ねなくてもわかっていた。シーツを思いきり汚したいとか、恋人のベッドでは気兼ねすることをしたいからだ。
           ささやかれたその一言だけで、胸が熱く染まった。
           二次会を辞すなど難しくはなかったが、それぞれ自宅に戻るふりをして同じ駅に向かい、そのくせ途中下車してホテルに直行するとなると、かなりスリリングだった。
           互いに渋谷駅を乗り換えにしているからできたことかもしれない。渋谷まで一緒に帰っても、誰にも不審に思われることはない。
           それでも、ずっとドキドキしていた。それは、不埒な行為に走る自分たちに向けられるひとの目が気になったと言うより、その行為そのものに対する期待からだったようだ。
           ぼくは……どれだけいやらしいんだ。
           思い返してみれば、そう感じさせられた時点で浅葉の手のうちに落ちていたのではないか。気の遠くなりそうな『焦らし』は、もう始まっていた。
           何もするなと言いつけられ、バスルームに連れ込まれ、いつまでもシャワーを浴びせられた。本当にシャワーを浴びせられるだけで、指先で背をたどるほかは何もしてこなくて、くらむほど感じた。
           ベッドに移ってからも、徹底して焦らされた。向かい合って座らされ、目をそらすなと言いつけられ、どうにもたまらない気持ちになった。
           ひどく意地悪だ――。
           思っても、そうされることすら歓びに感じるのだから仕方ない。自分の浅ましさを思い知らされ、渇きに渇き切って満たされる快感は、たとえようもない。結局、先に痺れを切らしたのは浅葉だった。
           嵐のように激しく求められた。とても熱い一夜だった。
           そうして迎えた朝に、隣で穏やかに眠る浅葉を見つめていると、身も心も甘く蕩けていく。
           ホテルの部屋は適温に保たれていて、裸で起き上がっても寒さは感じなかった。下半身が重く気だるいのは、深く愛された証だ。
           腕を伸ばして射光カーテンの裾を引いた。細く射し込んだ光が、ベッドまで届いた。
           浅葉の額に、乱れた前髪が散っていた。そっと触れたら、昨夜の記憶が蜜のように背筋を流れていった。どろりと腰にまつわりつく、甘ったるい感覚。吐息が熱く湿った。
           彫りの深い顔に、静かに手を添えた。温かく、やさしい気持ちになる。閉じたまつげの影が美しかった。愛しくてならない顔をいつまでも見つめた。
           この唇が愛をささやく。そして自分を求めて昂ぶらせる。何度でも、繰り返し、何度でも。
           安らかな寝息を立てている今は清らかに目に映るにしても、やはり浅葉の香り立つ色気は揺るぎない。
           フッと小宮は笑う。このときが永遠であるなら、どんなにいいかと思う。顔を寄せて唇を触れ合わせたら、寝ぼけた腕が背に絡んだ。
           胸が高鳴る。寝ても覚めても――そんな言葉が思い浮かんだ。
           いつのときも、どの瞬間にも、浅葉が好きだ。愛している。
           それでいいと思う。すべてはそこに帰結して、そこから始まる。
           何度でも繰り返される、よどみないリフレーン。きっと愛とは、そうやって育んでいくものだろう。
           浅葉といれば幸せだ。もう、幸せだった。
           ひとりベッドを離れ、小宮は隙間のあいたカーテンに手をかける。窓の外には、真冬の都心の景色が広がっていた。
           四月の終わりのあの日、ベッドに眠る浅葉から離れて、同じようにして似たような景色を見たことを思った。
           あのときとは何もかもが違う。夕暮れに沈む街ではなく、朝の光にまばゆい街を見ていることも、ベッドに眠る浅葉との関係にしても、本当に何もかもが大きく違っていた。
           いっそう胸が温かくなる。希望とは、自分で作るものかもしれない。だとしても、浅葉と寄り添っていられるから見られる夢もある。
           これからも何度も、同じような朝を迎えるだろう。そのたびに蜜のように蕩ける幸福を思って、小宮は熱い吐息を落とした。


          おわり


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    素材:ivory