Words & Emotion   Written by 奥杜レイ

 
 

「好きと言わないで」


「あー、なんか、ヤりてえ……」
 真悟の横顔が呟く。ネオンの逆光を受けて、吐息が目に見えるようだ。
「それなら、ナンパでもする?」
 ぼくが言うと、頬杖をついたまま、物憂げな顔でぼくを見上げた。
「たりぃ、つーか、めんどい」
 雑踏を目の前に、ぼくたちはビルの壁に寄りかかっている。真悟はさっきからしゃがんだままだし、ぼくはその横に突っ立ったままだ。
「なんかさあ、なんかヤなんだよな。ナンパしたってよ、こっちは突っ込めりゃーそれでいいのに、ナメたり、モンだり、カワイイだの、キレイだの言ってさ、こき使われるんだぜ?」
「それが楽しいんじゃないの?」
「たりぃっての。オレはオレだけ気持ちよけりゃ、それでいい」
「わがままだな」
「知るか」
 ぷいと顔を背ける真悟の髪がさらりと揺れた。ぼくはそんな真悟に見とれるのを忘れずに、ポケットからケータイを取り出した。
「――ミリ? うん、ぼく。今からいい? ……うん、友だち連れて行くけど。……うん。そう? 構わない? じゃ、十五分くらいで行くから」
 真悟は怪訝そうにぼくを見ていた。
「行こうよ、ヤらせてくれるって」
「って、なに」
 真悟は慌てて立ち上がると、先に歩き始めたぼくを追ってくる。
「なに? おまえのセフレ? そんなの聞いてねーぞ。あんだよ、おまえ、そんな顔してセフレがいんのかよ?」
 ぼくに並んでまくしたてる真悟は新鮮だった。いつもの余裕がない。ぼくはフレームレスのメガネをくいと指で押し上げ、そんな真悟を流し見る。
「……なんか、おまえ、わっかんねーよな。クソ真面目そうなのにさー」
 どうしてオレとつるむんよ、とは、先日も言われたことだ。楽しいから、とぼくは答え、ま、いっか、と真悟は笑った。


 そもそもの始まりはなんだったのだろう。
 クラス替えのあった四月。真悟ははなから有名人だった。のんびりとした昼休み、窓際の最後列の席で数人を相手に得意げに話していた。
「んー、ポイントはぁ、やっぱ、おもしろそうって思わせること?」
 肩まである薄茶色の髪を春の陽光にきらめかせて、形良い唇が小気味よく動く。饒舌なのは口だけではなく、話しながら手もよく動いた。ポーズを決めるように相手を指差し、その次には髪をかき上げる。指の合間からこぼれる髪がさらさらと流れた。
 大きな目はいたずらっぽい光を宿し、じっと相手を見つめたかと思うと、気まぐれに逸れる。細い眉だけは、どんなに表情を変えてもきりりと挑戦的だった。
「おまえ! そう、おまえだよ。なんだっつーの。オレになんかモンクあるっての」
 真悟を取り巻いている数人が振り向く。真悟がビシッと指差した先にいるぼくに視線が集まった。
「うぜえんだよ、なんかモンクあるっつーんなら、言えよ」
 ぼくは立ち上がると真悟の前に進み出た。訝しげに眉を寄せ、真悟はぼくを睨んでいる。
「あんだよ」
「違うと思うよ」
「あ?」
「きみは、きみだからナンパに成功しているのであって、きみの話を聞いたからと言って、誰もがナンパに成功するわけじゃない」
「はああ?」
「つまり、顔と体ってことだ」
 唖然とぼくを見つめる目と目と目。そんな中で、ぼくがにっこりと笑いかけると真悟もニヤリと笑みを返した。


「おまえ、ほんっとーに、わっかんねーヤツだな」
 ミリの部屋から出るなり、真悟は呆れたように言った。
「3Pなら3Pだって、最初っから言っとけっての」
「普通、言わなくてもわかると思うけど。ぼくと一緒だったんだし」
「おまえさぁ……」
「もしかして、初めてだったの?」
 ちらりと流し見ると真悟はポッと頬を染めた。普段の真悟は自信満々で、頬を染めたりなんかしない。こんな顔を見られるのはぼくだけの特権だ。
 ほんの小一時間前の真悟が思い出される。ミリに十二分にご奉仕されて喘ぐ姿は最高だった。
『マグロになってていいから』
 動揺を負けん気で隠してベッドに上がる真悟にそう言ったのはぼくだ。ミリは手馴れたもので、真悟の体をくまなく愛撫した。真悟がミリの口の中に放つのをぼくはミリを背後から貫きながら見つめた。
 シーツに乱れた真悟の髪、快感に歪むきれいな顔。しなやかな体を反らせ、ミリの髪を手でかき回し、真悟は低くうめいた。
 にじむ汗に光る素肌がなまめかしかった。ミリを介して、ぼくは真悟と繋がっているような眩暈を覚えた。
 ぼくと真悟がバトンタッチしての第二ラウンド。真悟が面倒がっていた手続きはすべてぼくが済ませていたので、ご希望通り、真悟はなんの手順も踏まずにミリを揺さぶり始めた。
 見上げる真悟の表情は、さっきとは打って変わって猛々しい。腰を打ちつけるたびに髪が揺れて、青臭い色気が溢れていた。ミリではなくて、ぼくを貫いているようなイメージが湧いて、思わずミリに後ろもお願いと言いそうになってしまった。
『楽しかったわ』
 ぼくたちを送り出してくれたミリはご満悦だった。年下喰いのミリにしてみれば、タイプの違う十七、八の男を二人も同時に相手にできたのだから、それはあたりまえだと思う。
 いつも以上にセックスを楽しめたのはミリだけでなく、真悟もぼくもそうだった。サンキュー、ミリ。
「だけど、あんなオンナとどうやって知り合ったつーの」
 夜の街を帰りながら真悟はぼくに問う。
「元家庭教師」
「はあ?」
「勉強だけじゃなくて、それ以外のことも教えてくれたってわけ。いろいろとね」
 あんぐりとぼくを見る真悟はやけにかわいかった。


 その数日後のことだ。帰宅してしばらくすると、真悟がやってきた。真悟とつるむのはいつも週末だけ、週半ばに学校の外で会うのは初めてかもしれない。
 ぼくの両親は二人ともフルタイムで働いている。両親不在の家で、ぼくがキッチンでコーヒーを淹れる様子を真悟は物珍しげに見ていた。
「どうしたの。誘いに来たわけじゃないんでしょ」
 夜の街に繰り出すのに、駅への途中にあるぼくの家に真悟が立ち寄って誘うのがぼくたちの習慣になりつつあった。
「まあな……」
 いつになく歯切れの悪い真悟をまじまじと見つめた。ぼくからマグを受け取っても、なかなか口をつけない。リビングを見回して落ち着きのない素振りを見せる。
 ぼくは、そんな真悟を初めてぼくの部屋に通した。
「やっぱ、優等生の部屋ってカンジじゃん」
 一言感想をもらすと、真悟はベッドに腰を降ろす。ぼくの部屋に椅子はひとつしかない。ぼくは学習机の前からその椅子を引いて座った。
「おまえ、やっぱ、わかんねーヤツだな」
「どういうこと?」
「学年トップのくせに、オレとつるんでさ。ナンパは軽くこなすし――てか、まー、そんだけのツラしてりゃ、あたりまえかもしんねーけど、それに、このあいだのオンナみたいなのもいるし」
 言われてぼくは苦笑した。
「そんなこと言いに来たわけ?」
 途端に視線を逸らし、気まずげに俯く真悟を見る。くすっと笑ってしまった。
「なんだよ」
 バツが悪いのか、上目遣いにぼくを睨む姿は本当にかわいい。
「じゃあさ、どうして真悟はぼくとつるむわけ?」
 立ち上がって、真悟の隣に腰を降ろした。
「ぼくが真悟とつるむより、そっちのほうが不思議じゃない?」
「それは……」
「ん?」
「だから。おまえと同じだよ、おもしれーっつーか、なんか、みょーに気が合うし」
「うれしいね」
 かわいい。ぼくは真悟の肩を抱く。驚いたようにぼくを見る目が、ぼくをそそる。ミリに喘がされた真悟を思い浮かべた。
「な、なんだよ」
「はっきり言えば? ミリとまたヤりたくなっちゃったんでしょ?」
 うっと息を詰まらせる真悟を間近で見る。
「そうだよね、ミリは慣れているし、つべこべ言わないし、男に抱かれるよりも男を抱くような女だもの。そんなによかった?」
「わ、わりぃかよ……」
「悪くなんかないよ。ぼくだってミリにハマってたときがあったもの」
「じゃ――」
「教えない。ミリの電話番号は教えないよ。それに、もう会わせない」
 じっくりと見つめるぼくを真悟は眉を寄せた顔で見つめ返してくる。
「やっぱ、おまえのオンナだからか……?」
 ぼくは小さく噴き出してしまった。何もわかってない真悟。何もわかってないから、ますますぼくを煽ってくれる。
 こんなこと、学校で話せばよかったのに。何が真悟をためらわせたのか知らないけどさ。ぼくの家まで押しかけたのが運の尽きだよね。
 ぼくはメガネを取ると真悟にくちづけた。驚いてもがく体をベッドに押し倒す。両腕ごと抱きしめて、耳元で囁いた。
「気持ちよくされるのが好きなんでしょ? このあいだの真悟、すっごくイイ顔してた」
「な、なんだよ!」
「気持ちよくしてあげるよ。ぼくに任せて」
 すっと腕を伸ばして真悟のそこを探る。布越しにいじるには、ジーンズじゃ硬いので、すかさずボタンを外してファスナーを降ろした。
「や、やめろって、んだよ、おまえ!」
「やめないよ? ミリよりもよくしてあげる」
 甘ったるく言えば、真悟はうろたえた。その隙に真悟のものを握った。
「うっ……」
 聞きたかった声が耳元に響く。たまらず、手を動かし始めた。
「や……な、に、すんだよ!」
「何って――ほら、こんなんなってるよ?」
「うっせー、や、やめろって!」
 やめるわけないじゃない。じたばたともがく体を押さえつけ、鼻と鼻がぶつかるほどに、ぼくは真悟に顔を突きつけた。
「ねえ、知らないの? 感じなければ女は濡れないし、男だって、その気がなければ勃たないんだよ?」
「ば、か、言ってんじゃねー!」
 殴られそうになるのをかわし、真悟の体が跳ねた隙にジーンズを手早く降ろした。もちろん、かっこいいボクサーブリーフも一緒にだ。手放しになった真悟のものを慌てずに口に含む。
「ほら、暴れると痛いよ?」
 一言で真悟の動きを封じ、舌を巧みに使って舐めねぶった。
「くっ……」
 食いしばった歯の合間から真悟の声がもれる。たっぷりと唾液を絡めて舐め上げた。先端を舌先で割る。ぴちゃぴちゃと、意図的に淫猥な音を立てた。
「あっ……はっ……」
 場数を踏んでいる真悟でも、こんなフェラは滅多なことでは経験できないんだろう。なんてったって、ぼくのテクはミリから盗んだものだ。ミリに骨抜きにされた真悟だから、たまらないのは一目瞭然だった。
 真悟のものを口で愛撫しながら、Tシャツの裾から手を忍び込ませ、体のあちこちをまさぐる。真悟の弱いポイントを探り当て、そこを徹底的に攻めた。
 やがて、さまよっていた真悟の手はぼくの頭を掴む。髪をかき回し、ぼくの頬に伸びてきた。
 こうなってしまえば、ぼくの勝ちだ。抗うことをあきらめた体は、快感にさざめき始めていた。
「どう? いいでしょ?」
 口での愛撫を手に換えて訊いた。まだ意地を張っている口は何も答えない。そんなところが、すごくいい。ぼくは、俄然、張り切りたくなってくる。
 ぼくの手の中にそそり立つ真悟のものを見て、吐息がもれた。ぬらぬらと光るそれは雄々しさの象徴だ。じわりと胸の奥で熱が増した。
 さて、どうしようか。まずはイかせて、それからが問題。
 ぼくは、せっせと真悟のものを口で刺激した。強情な口からも、次第に喘ぎがもれてくる。くねる腰を押さえて、強く吸った。
「うっ……!」
 真悟の体がビクビクと震える。口中に放たれたそれを手のひらに戻した。それを使って真悟の後ろを探る。
「な、な――!」
 怯む体に乗り上げた。押さえつけて、その顔をうっとりと見つめた。
「駄目だよ、そんなに硬くなっちゃ」
「くっそー、てめー、そういうつもりかよっ」
「どっちでもよかったんだけど、どうせなら真悟の喘ぐ顔が見たいから」
 うん、今のイくときの顔、見逃しちゃったし。
「んだよ、オレをヤりたくて、オレとつるんでたのかよ!」
「んー、真悟をヤりたくて、て言うか、真悟とヤりたくて、かな?」
「同じじゃねーかっ!」
「違うよ。なんだったら、ぼくをヤってもいいんだよ?」
 まんまるになった目がぼくを見上げる。こんな顔も最高にいいね。あんまりいいから、ぼくは真悟にくちづける。深く舌を滑り込ませ、ねっとりと絡めた。
「ふ、んん――」
 真悟の声が鼻に抜ける。力も抜けたその隙に、くっと指を進めた。
 あったかい。指が探る感触に吐息をつく。ここまで冷静にやってきたぼくだけど、ぼくだって、もう、こんなに昂ぶっている。
 体で真悟を押さえつけ、片手で真悟のそこを探り、もう片方の手で器用にボトムを脱いだ。なかなかの高等テク――なのかな?
 ぼくの屹立が真悟の腹で擦られる。いいね、これ、クセになるかもしれない。
「う、ぷはっ」
 首を振って真悟はくちづけから逃れた。まだ抵抗するかと思ったのに、潤んだ瞳でぼくを見上げた。いいね、いいね、脅えたように眉を寄せた顔は格別だ。ぼくは容赦せずに、真悟の中の指をぐるりと回した。
「あ、ああっ!」
 仰け反る喉元をきつく吸う。どうやらヒットしたそこをさらに指で擦り続ける。Tシャツを捲り上げて、浅黒い肌の胸を舐め回した。一番敏感な箇所は、かすめるほどの刺激にしておく。
「んんん」
 体の内部で受ける強い刺激と、ぼくの舌が与える曖昧な刺激。もだえる真悟は壮絶に色っぽい。ここまで喘いでいるくせに、まだそれを認めないつもりなのかな。
「ねえ、どうするの? ほら、真悟の、触ってないのにまた勃ってるよ?」
 言えば、顔を真っ赤にする。こんなにウブだなんて思わなかったよ。あんまりかわいいから、胸のそこをじっくりと舐めてあげた。舌先で感じる硬い尖りは、ぼくをさらに煽ってくれる。張り詰めたぼくのものと真悟のものを片手で束ねて握った。ゆるく擦り始める。
「う、う、う……」
「どうするの、ぼく、もう、本当にヤバイんだけど。入れてもいい?」
 真悟が頷くはずもなく。ぼくには、もう、一刻の猶予もなく。ぼくは指を引き抜いた。咄嗟に真悟の腕が上がる。ぼくの肩を押さえつけた。
「オレのこと、好きだって、言うのかよ」
 苦しげにもれてきた声に顔を上げた。
「こんなことしたいほど、好きだったって、言うのかよ」
 ぼくを見上げる眼差しは真剣だ。だけど、ぼくは首を傾げた。
「なんで? 好きとかそんなこと、気にする真悟じゃないでしょ?」
「って、おめー、男のオレに、ここまですんだから、そーなんだろっ」
 切羽詰まって真悟は声を振り絞った。
「好きだって言ったら、それでいいわけ? そう言えば、ヤらせてくれるわけ?」
 束ねて握った手を大きく動かすと、真悟はアアッとうめいた。抜いた指をもう一度もぐりこませ、後ろもぐりぐりと刺激する。
「ねえ。気持ちよくされたかったんでしょ? 気持ちいいんでしょ? 不満?」
 今にも泣き出しそうな顔を覗き込む。そんな顔されたって、ぼくは興奮するばかりだ。
「もっと気持ちよくしてあげる。もう、選べないからね」
 そう、真悟の猛々しい表情もステキだったけど、ぼくは今のこの顔のほうが好きだ。
 どっちにするか、決めた。
「入れるよ?」
 ぼくのものをそこにあてがう。一瞬強ばった体は無視した。ぐっと押し入る。苦しげな声を上げた口を口で塞いだ。
 濃厚なくちづけ。指で胸の尖りを刺激する。ゆるゆると腰を回し、少しずつぼくのものを埋めていった。十分に解されたそこは、ぼくのものを呑み込んでいく。真悟がどう思っていようと、開かれた体は正直だった。
「はあ、あ、あ」
 真悟の口からは短い吐息が飛び出していく。潤んだ瞳に涙が溢れ出る。唇を解放し、こぼれた涙を舐め取った。
「かわいいよ」
 耳元で囁いた。耳たぶを甘く噛む。その中まで舌で愛撫した。
 気持ちいい。すごく、いい。これが真悟、これがぼくの見たかった真悟――。
 ぼくは貫く。真悟を貫く。深く納まって、真悟とひとつになって、真悟を突き動かし、真悟を揺さぶり、快感を追い求める。
 いい。すっごく、いい。激しい昂ぶりが体を駆け抜ける。スパークしそうな極みをやり過ごす。まだまだだ。まだ、駄目。もっと、もっと。
 真悟のものを再び掴んだ。どう言っていても、真悟も快感に溺れているのはわかってしまう。ぼくの手をぬるりと濡らすそれが明らかにしていた。
「ね、いいでしょ?」
 ぼくは囁く。真悟は頷かない。
「ね、いいって言ってよ」
 腰を打ちつけた。真悟の体がびくびくと震える。さらに打ちつけた。真悟の震えは止まらなくなる。
「ああ、あ、あ、あ、あ、あ」
 もう、限界なんだろう。飛び出す喘ぎに途切れはなく、そのときが近いことをぼくは知る。
 ぼくだって、もう、駄目だ。こんな真悟を貫いて、満たされて、気持ちよくって、今までに知った以上の強烈な快感が襲ってきた。
「あ、も、イく」
 らしくもなく、ぼくは口走った。ぼくの手が、下腹部が、熱く濡れる。その途端、ぼくも弾けた。
 真悟の上に体を重ねた。荒い呼吸が絶え間ない。真悟に目を向けると、固く閉じた瞼も睫毛も震えていた。
「よくなかった?」
 問えば真悟はうっすらと目を開ける。ぼくを睨んだ。
「……っるせー……」
 訊くまでもなかったね。ぼくは汗ばんだ真悟の額にチュッとくちづけた。なめらかな頬をやさしく撫でさする。
 真悟は頼りなく目を閉じた。目を閉じたまま、小さな声で言う。
「こんなにしておいて、まだオレを好きだって言わねーのかよ」
 へえ、こんなんなっておいて、まだそんなこと言うかな。
「おまえ、あのオンナとヤったときより、イイ顔してたぞ」
 ぼそりと言われた。ぱちっと見開いた目でぼくを見つめる。
「オレが好きなんだろ?」
 黙っているぼくを咎めるように重ねて言う。
「好きだって言えよ」
「それなら、真悟もよかったって言ってよ」
 真悟の眼差しが戸惑うように揺れる。
「よくなかった?」
「訊くな」
「じゃ、ぼくも言わない」
「くっそー……」
 悔しそうに睨んだって駄目なんだからね。
「すっげー、イイ顔してたくせに」
 悔し紛れに呟く真悟に軽くくちづけた。真悟は抗わない。
 だいたいさ、本気でイヤだったんなら、ぼくの舌を噛むでも何でも、最初からもっと抵抗すればよかったんだよね。
「ぼくにハマっちゃったんなら、ぼくはいつでもいいから」
 言えば、真悟は再びぼくを睨む。
「そんなに好きだって言われたいの?」
 ゴリ押しに訊いてみた。真悟の目が泳ぐ。
「好き、なんて言葉の代償にヤらせてもらえるなら、安いもんだ」
 そうだよ。体の中に他人が入ってくるんだよ? 好きと言葉にするだけでそれを許されるのなら、お安いご用さ。ぼくはイヤだけどね。好きと言われても、許したりするもんか。真悟は別だけど。
「じゃ、どういうつもりだってんだよ」
 真悟は弱々しく呟く。
「ねえ、真悟。好きだって言われれば、気持ちよくしてもらえるなら、誰にされてもいいの? ぼくはイヤだ。真悟じゃなきゃイヤだな」
 真悟は驚いたように大きく目を見開いた。
「って、おまえ、それって……」
「ぼくを抱いてもよかったんだよ? でも、面倒なんでしょ? ぼくは真悟を気持ちよくできて楽しかったけど」
 ふうっと深く息をついて、もう一度、真悟の甘い唇を味わった。真悟はそれをぼくに許す。やわらかな感触がたまらなくて、もう一度ヤりたくなる。
「ね、気持ちよくなりたくなったら、また、ぼくに任せて。マグロになってていいから。うんとかわいがってあげる」
 ぼくは真悟の髪を撫でた。それこそ、愛しくてたまらないというように。
「おまえ……すっげー、ひねくれ者。オレのこと、好きなら好きって言やあいいじゃん」
 呆れたように真悟は呟いた。
「ふうん。言えば、またヤらせてくれる?」
「まだヤるつもりかよ」
「うん。真悟とするの、好きだもん」
 真悟は目を丸くした。目を丸くして、ふっと口元を緩めた。
「言ってんじゃん……好きって。――あ。言わなくていい、好きって言うな!」
 かわいい口振りにぼくはメロメロになってしまう。蕩けた目で見つめれば、真悟は怒ったように頬を染めた。


 
 
 
 

作品一覧に戻る