Words & Emotion   Written by 奥杜レイ

 
 
「白衣隷属」
−2−





「わかっていると思いますけど、これは契約です。ぼくが先に報酬をもらう形になりますけど、その点は変わりませんから」
 六条のマンションに来て、奥の部屋に入ったのはこれが初めてだった。今までは玄関かダイニングキッチンで事足りていた。
 白衣一枚を着た姿のまま、ベッドに仰向けになれと言われた。シーツから枕から、寝具のカバー類すべてがチャコールグレーなことがかなり意外だった。どうしてだろう。
 六条らしくないと感じられたからだけど、こうして六条の言いなりになってベッドから六条の寝室を見渡している自分を思うと、何が六条らしくて、何が六条らしくないのか、わからなくなってくる。
 俺の目に映るのは、壁面を覆い尽くすほどの本棚と、そこから溢れて床に積まれている書物の数々。机とパソコンと、その脇には論文の下書きと思われる紙の山。クローゼットに並ぶ本棚にはハンガーにかけて吊るされた俺のスーツ。
 そもそも俺は、六条のことなんて、ほとんど知らなかったんじゃないのか? 六条が、どんなヤツなのか。俺にも欲情するなんて。男に欲情するなんて。
 足元のあたりでマットレスが深く沈んだ。そろそろと目を向けると、上半身だけ裸になった六条が覆い被さってきた。
「おかしいですよ、新堂さん。そんなに硬くなっているなんて。もっとリラックスしてもいいんじゃないですか? こういうことが初めてなわけではないでしょう?」
 目と鼻の先でクスッと笑われてムッとした。もちろん初めてじゃない。女となら。
「でも、これはぼくの報酬ですから。つまらないことはしないでください」
 ああ、もちろんそうするよ。俺はマグロになっていればいいんだろう?
 強がりでも、そう思うしかなかった。自分からは何もする気になれないのが本音だ。
 どうなるんだろう……これでよかったのか。
 俺の迷いなんてよそに、六条は俺の腿の上に馬乗りになった。俺の白衣の前を開いていきながら、そこをじっくりと見つめている。
 六条の頬に、色濃く紅が差す。ボタンをはずす手が、かすかに震えるように見えた。
「は、あ」
 六条の唇から湿った吐息がこぼれ落ちる。俺を脱がしていくだけで、そんなに興奮するのかと思った。
 すっと六条の手が上がり、開いた俺の胸にそっと触れる。首筋から鎖骨、それから大胸筋にかけて、ゆっくりとなぞった。また、熱い吐息をこぼす。
「新堂さん……同じ研究室にいた人とは思えない体です。気がついてから、ずっと触ってみたかった」
 睦言とも受け取れる言葉を浴びせられて、俺はおかしな気分になる。六条は学部生のときから俺に目をつけていたとでも言ったことが思い出された。
 この変態め。
 俺の内心の罵りになど気づくはずもなく、六条は俺の肌に手を這わせ続ける。わずかな摩擦熱と六条の手の温度で、じわじわと体温が上がるようだった。乳首をつままれる。
「うっ」
 うっかり声を漏らして身をよじった俺を六条は笑った。うっすらと、艶めいた笑顔で。そうしてから俺の胸に顔を近づけてきて、突き出した舌で俺の乳首を舐めた。たっぷりと。
 それは知らなかった感覚だ。こんなことは、誰にもされたことがない。嫌なことになってくる。そこから刺激が伝わり、腰に甘く響く。
 いいのか、こんなことで。俺は、本当に。
「ここ、少し赤くなってプツッと起ちました」
 六条の報告を聞いて、醒めた気分でいられなくなる。このあともずっと、こんなことをいちいちレポートされるのか。
「ああ、その顔もすごくいいです。見られるなんて思わなかったな。そんな悔しそうな顔」
 余計に六条を喜ばせるとわかっていても、俺は唇を噛み、顔を背けてしまう。六条が俺に何をするか、早くも見ていられなくなった。
「いいですよ、それで。ぼくは、ぜんぜん構わない。そうやって力を抜いていてください」
 あきらめるんだ。あきらめていればいい。
 それからも六条は熱心に俺の体をさすったり舐めたりした。本当にしつこく、執拗に。
 まるで愛でるようだと思ってしまうのも仕方なく、俺は六条に愛撫されているのだから。そう、愛撫だ、これは。六条は、俺が性的に興奮するように仕向けてくる。
「ふうん。少しは硬くなってくれるんですね」
 緊張を言ったんじゃない。その証拠に、六条の手が俺の股間にもぐり込んでくる。掴まれた。
「……もらいますよ、本当に」
 俺の意思なんて関係ないくせに。今さら確認を取られたってシラけるだけで――。
「うっ」
 まさか、そうくるとは思わなかった。ねっとりと生温かい粘膜に包まれて、俺は嫌でも昂ぶっていく。そっと視線を流し、六条を盗み見た。そんなこと、するんじゃなかった。六条の口の中で、俺のものがぐんと硬くなる。
 尻を高く突き上げ、上体を伏せて、六条は俺の股間に顔をうずめて夢中になって俺のものをしゃぶっている。
 伸びすぎの黒くまっすぐな髪が、色白の小顔を覆ってサラサラと揺れる。垣間見える頬は、もうすっかり薄い紅に染め上げられている。目が大きければまつげが長いのは当然で、薄く開いた眼差しに際立って目についた。
 そして六条の小ぶりの口は大きくいっぱいに開いて、怒張した俺のものを喉の奥まで咥え込んでいる。やわらかく、ねっとりと絡みつく舌の小ささが意識された途端、俺の興奮は格段に跳ね上がった。
「六条……」
 うめきが漏れる。たまらない。これは、いったい何だ?
 つい先ほど、六条が少年のように感じられたことを思った。六条の見た目からは、もともと小動物のような印象を受けることを思い出した。
 目に映る六条の白く細い肩、俺の草むらにもぐり、俺のものをしっかりと握る小さな手。
 とんでもない背徳感に襲われる。いたいけな幼少の者を虐げているような感覚。実際はそうでなくても、天才と噂された六条が俺にひれ伏し、こんな奉仕をしているのは現実だ。
「六条、いいのか……? ――出そうだ」
 立ち消えそうな理性が俺にそう言わせた。次の瞬間には六条の口に放ってしまいそうだ。
 顔を覆う髪に隠れて、六条がニヤッと笑ったような気がした。きつくすぼめた唇で、俺のものを根元から強く扱き上げる。それを追うようにして、小さな手が絞り上げてくる。すさまじい快感だ。耐え切れず絶頂に達した。
「あっ」
 そのとき目が捉えた光景に絶句した。全身が射精の快感に痺れるのに、気持ちが急速に引いていく。
 違う……これは、知らなかった快感だ――。
 六条の恍惚とした表情に釘づけになる。俺の腿に馬乗りになったまま、顎をのけぞらせ、背をしなやかにそらせて、突っぱねた手で俺の腰を痛いほどきつく掴んでいる。
 乱れて顔に散る黒髪。その陰で、俺の放った白い飛沫が赤く染まった頬を濡らしていた。
 六条は、薄く開いた目で俺をじっと見下ろしている。濡れて色づいた唇から熱く湿った吐息が溢れ、それは俺の耳にも聞こえた。
 動けなかった。どのくらい、そうして目を合わせていたのか。ほんの数秒だったはずだ。
 俺の鼓動は変に乱れる。息を継ぐのも苦しく思えるほど激しくなる理由は何なのか。
 わかっていた。認めたくないだけだ。目に映る六条が、ひどく色っぽいからだ。放ったばかりなのに、また起ち上がりそうだからだ。
 六条は、俺の目を見つめて、しなった背をゆっくりと戻してきた。そうなっても俺から目を離さずに、緩慢な動作で頬に散った飛沫を確かめるように指先でなぞった。そして身をかがめてくると俺の白衣の裾を引いて、それで濡れた頬を拭った。
「……脱いでくれませんか」
 ひそやかに胸に響いた声を聞き、反応して俺のものは硬くなる。六条に見られている。わかっているのに、そうなる。
 言われたとおりにした。上体を浮かせて脱いだ白衣を六条に差し出した。それを六条がどうするかなど頭になかった。見つめる先で六条が袖を通し、そのときになって、なんでと思った。六条は膝立ちになって、まだ穿いていた下を脱ぐ。淡い草むらから突き立っているものを目にして、理性が戻ってきた。
 そうだった……本番は、これからだ。
 俺の腿に腰を落ち着けた六条を見る目が、不安に揺れる。何を考えているのか想像してみても無駄だった。
 俺の白衣は六条にぶかぶかで、前を開いただらしない格好は、六条をいっそう幼く目に映す。襟元を引き寄せて顔をうずめ、握った端を鼻に押しつけて、うっとりと目を閉じる。その一連の行為に、何か意味があるのか、俺にはまったくわからなかった。
 ただ固唾を飲んで六条を見守る。六条が、次にどんな行動を起こすか――。
 俺は今、六条のおもちゃなのだから。
 ふと、六条が俺に目を向けた。夢から覚めたような顔になって口元でニヤリと笑う。
「匂います、これ。新堂さんの匂い」
 背筋がすっと冷える。白衣を放し、六条が何か取り出した。半透明のプラスチック容器に入った何かだ。二本の指で中身をすくい、俺に見せつけるように差し出した。
「やっぱりゼリーは天然でないと。動物性ゼラチンは人間の体温で溶けて、ちょうどいい」
 このときになって俺は恐怖にすくんだ。六条の顔に浮かぶのは残忍な笑いだ。小動物を思わせる顔立ちとの落差に眩暈がする。
「今さら逃げられませんよ」
 六条は萎えた俺のものを捕らえる。六条の手にこすれ、ぬるぬるとゼリーが溶けていく。指を絡めて亀頭を締めつけ、鈴口を指先で割ってえぐるようにいじくる。
「あっ、くぅ」
「新堂さんにも硬くなってもらわないと」
 俺は苦痛とも快感ともつかない刺激に身をくねらせるのに、六条は声を弾ませてそんなことを言った。固く目を閉じ、顔を背けて六条を視界から追いやる。
 どうすればいいんだ。こうして、最後まで六条の言いなりになるのか。六条に犯されるんだぞ、子どもにしか見えない六条に。その屈辱に耐えてでも手に入れるに値するのか、俺が望んだものは。
 本気を出せば六条なんて簡単に跳ねのけられる。抵抗されても容易にねじ伏せられる。あとは逃げればいい。何も六条の言いなりになることなんて、ないんだ。
 そう思うのに、痛みを交えた強烈な快感に追い上げられていく。ぬるぬると塗りたくられたゼリーの感触にも興奮を覚え、気持ちを裏切って俺のものは硬く充血する。
 おかしい。おかしいんだ。六条にヤられるなんて屈辱でしかないはずなのに、六条に導き出される快感は倒錯的としか思えないのに。
「あん、はあぁ」
 そのときになって気づいた。俺の腿の上で六条の腰が跳ねている。小刻みに、不規則に。
「ん、ん、はん」
 耳に響いてくる声は艶めいた喘ぎにしか聞こえず、俺は恐る恐る目を開き、六条に向けて視線を流した。
「あ、あん!」
 俺の視線を受け止め、六条が大きく悶える。白衣はすっかりはだけ、細い肩から落ちていた。丸見えになった胸まで淡く染まり、その下で天井を向いて突き立っている六条のものは、溢れたしずくに濡れていた。
 一目では状況が飲み込めなくて、六条の片手が見当たらないことに一瞬唖然とした俺に、六条はいやらしい視線を投げかけ、そうしてゆらりと腰を浮かせると、再び落としてきた。
「ろ、六条っ?」
 声が裏返ったのも当然で、俺のものがずぶずぶと六条の中に埋まっていく。なめらかなゼリーの感触、まといつくような粘膜の感触、狭い器官を押し入っていく感触。
 熱くて、きつくて、たまらなく心地いい肉の中に根元まで呑まれた。
 じっとしていられなくなる。六条は自分で動いて快感を追い始めている。
「あんっ、あんっ、あん!」
 信じられない光景だ。少しの遠慮もなく淫らな声を上げて、六条は文字どおり腰を振る。
 膝を折って俺に跨り、胸を突き出して俺の腰につかまり、はだけた白衣は肘まで落ちて、桃色の乳首も細い腰も、しずくを溢れさせる六条のものも、何もかもを目の当たりにした。
「そんなに、いいか」
 言わずにはいられなかった。俺の体を使って、ここまで乱れているんだ。
「いい、いい」
 喘いで答える六条がいじらしく思えたって仕方ないだろう?
「ほら」
「はっ、ああん!」
 突き上げてやれば、素直に反応した。俺が知っていた六条とは、まったくの別人だ。
 だから、言ってしまったんだ。
「もっとよくしてやろうか」
「もっと、もっと!」
 俺がなぶって六条が喜ぶなら、いくらでもそうしてやりたい気持ちになった。なぶってやりたい。高慢な六条を徹底してひれ伏せさせたい。才能に、あぐらをかいている六条を。
「来いよ」
 呼び寄せて、六条の腰に腕を回す。そうして白衣ごと六条を抱えて体を返した。ふわりと軽い手ごたえに少し驚く。六条は、本当に軽い。
 シーツに六条を横たえてわかった。どうして寝具はどれもチャコールグレーなのか。
「あ……」
 かすかな声を漏らして半眼を開き、少し背けた顔で六条が俺を見上げる。肌の白さが、シーツの色に映える。その下でよじれている白衣までもが。
 紅潮した頬も、淡く染まった胸も、乱れて散る黒髪も、チャコールグレーの背景で、いっそう色っぽく感じられる。そこまでを計算してベッドを整えているなら、俺が知らなかった六条とは、とんでもないヤツだ。
「いやらしい」
 思わず呟けば、六条はうっとりと俺を見た。
「早く、続き」
 急きたてられて俺は六条を貫く。六条を喜ばせて激しく揺さぶる。自分の快感を追って、六条を突き動かし続ける。
「あ、んん、あ、は、ああん!」
 聞こえるのは六条の甘ったれた声だけで、静かなものだった。窓の外で降りしきる雨も音はなく、しんしんと湿っぽく、いっそう淫猥に沈んでいくようだった。
 六条の顔から目が離せない。今はもう涙で潤んでいる目も、だらしなく開いて口角から唾液を垂らしている唇も、やけに幼く見える顔に不似合いで、俺を駆り立てるだけだった。
 男を犯す背徳感。そんなこともないだろう。これは六条が望んだことだ。六条に言わせれば、六条の報酬だ。
 ならば、もっと徹底して与えたっていいだろう。六条がぐちゃぐちゃに乱れて、しばらく足腰が立たなくなるまでに。
「あ、いい、もう、もう!」
 本当だよ、まったく信じられない。六条がこんな淫乱だったなんて。それなら、最初からこうしておけばよかったんじゃないのか? 俺を刻みつけて、六条が俺の言いなりになるように。
「イヤ、出ちゃう、イっちゃう」
 それがそんなに嫌なことなのかと言いたくなるくらい、六条は絶頂の際で激しく悶えてのたうつ。
 べつに、握ってやって補助してやるくらい、どうってことないんだ。だけど、六条が何もするなって最初に言ったからさ。
 一応、訊いてみた。
「ここ、触ってほしいか?」
 自分のものとは思えない、情欲に染まった、ひどくいやらしい声を聞いた。
「イヤ、いらない、もっと突いて!」
 こいつ、マジに好きモノだな。
 俺は首に絡みついてきた六条の腕を払い落とした。逆に押さえつけてやって、もっと深く突き上げてやる。
「あああ、いい、すごくぅ」
 びくびくと震える六条を押さえ込む。ヤバイ。俺が先にイきそうだ。どうして。
 目の前に迫った小さな唇に、むしゃぶりつきたくなった。六条にキスなんて、なんでだ。
 ちらちらと見える赤い舌先が俺を誘う。キスしたら終わりだと、俺の中で何かが警鐘を鳴らす。
 どうするか。六条の体は、たまらなくいい。溺れ始めている自分を感じ、そのこともまた快感だった。
 戻れなくなる。それでも構わないんじゃないか? 六条を抱くことで六条を意のままに操り、そうしてやっていけるのなら。
「俺が、欲しかったか」
「ん、とても」
 聞かされて、満足だ。
「これからも欲しいか」
「欲しい、欲しい」
 かわいいじゃないか、六条。
「俺が好きか? 惚れてたのか?」
「そう、いうことは……わからない」
 こいつ――。
 乱れているわりに、けっこう冷静じゃないか。ちゃんと会話になっている。それも聞き取れる声で。
 まあ、いいさ。
「イきな。もう、イっちゃえ」
「ああんん」
 ぐりぐりと六条をかき回し、六条の奥深くまで突き続ける。たまらない快感だ。全身から汗が噴き出す。したたって、六条を濡らす。
「今、は……あなたが、最優先――」
 揺れる眼差しで俺を見上げ、俺の頬を六条は手のひらでなぞった。
「――ドーパミンが炸裂だろ?」
「は、ああん!」
 途端に腹に散った六条の飛沫を感じ、俺は笑った。研究者なんて、こんなもんだ。
 六条に深く突き刺し、俺も放つ。
「あ、あ、あ」
 それにも感じたのか、六条は痙攣したようになる。いい眺めだった。
 倒れて、六条に並んで横になった。息が上がっていて、体のすみずみまで心地よく痺れている。
 六条を見た。胸を上ずらせて、たどたどしい手つきで、体の下になった俺の白衣をたぐり寄せていた。
 鼻に近づけて匂いをかぐ。そうしてから、俺に目を向けた。
 たとえば、ここで尋ねることもできたはずだ。俺が来るとわかっていて先に風呂に入っていたのはなぜか。俺にも風呂を勧めたのはなぜか。ゼリーを作ろうと思ったのはなぜか。
 だけど、そのすべてがどうでもよかった。俺は六条の耳に口を寄せてささやく。
「俺がまた最優先になったら、言いな。抱いてやるから」
 これまでとは別の意味合いで、六条の頬が染まったと見えた。その頬を俺は手のひらで包む。唇を近づけ、高鳴る警鐘を振り切って、六条の唇に重ねた。


おわり


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