Words & Emotion   Written by 奥杜レイ

 
 

「石の声」


 
 

    「はじめまして。私がハヤミマサトです」
     橘はいくぶん怪訝な目で正面に立つ青年を眺めた。「私は」ではなく、「私が」と言って自己紹介する人物は初めてだと思ったのだ。
    『オフィス・サイレンス 代表 速水真佐人』
     手渡された名刺はシンプルで洒落たデザインのものだった。社のロゴマークなどはなく、所在地と電話番号があるだけで、淡い水色の名刺からは彼がどのような会社の社長なのかはわからない。
     不遜とも高慢とも取れる印象を橘は受けた。
     もっとも、彼にはそのような印象を与えて憚らない実績があるのを橘は知っている。
     『オフィス・サイレンス』の速水と言えば、業界では広く名を知られていた。ショーや店舗で流れる音楽、香りの演出などの環境デザインを請け負う会社の社長であり、実際にそれらを企画制作するのも彼なのである。わずか数人の社員を抱えるだけで、その急成長ぶりには目を見張るものがあった。
    「『花橘』の橘芳晴です。お噂はかねがね耳にしております。今回のお仕事で、また名を上げられることになりそうですな」
    「『オンブラージュ』さんには、いい仕事をさせて頂きました」
    「そうでしょうとも。落ち着いた雰囲気がとてもよく出ている」
     橘はやわらかな照明を受ける会場をぐるりと見回した。老舗フランス料理店『オンブラージュ』の改装の御披露目を兼ねた立食パーティーが開かれていた。
     店内は以前のアンティークな佇まいを裏切らないシックな内装に仕上げられている。フロア中央にある控えめな噴水が印象的だ。それも速水の提案なのだろう。気づくと、低く響く水音を心地よく耳が拾っている。
     招かれているのは常連客、割烹料亭を営む橘のような同業者、改装に携わった企業の代表が主であるように見受けられた。
    「今流れている曲も御社で――と言うよりも、速水さんご自身が作られた曲ですか?」
    「お恥ずかしながら」
     口ではそう言いながらも速水はどこか誇らしげだった。単なる企業人と言うよりも、クリエーターとでも言うのだろうか、そんな雰囲気を感じさせる。三十代なのは間違いないが、二十代でも通る美貌の持ち主でもある。
     線の細い面立ち、とりわけ顎の細さはいまどきの若者のものと同じだ。切れ長の目は涼しく、ふっくらとした唇と相成って、細い眉とすっとした鼻筋が与えるきつい印象を和らげている。屋内での仕事を主にする者らしい肌の色で、女性のようになめらかに見える。
     興味をそそられる。橘から見れば若輩とも呼べる年齢でありながら、華々しい業績を誇る会社社長なのである。それでいて、彼自身から感じ取れるのはあからさまな野心ではなく、実績に基づいた自信と余裕であり、しかも容貌はたおやかとすら形容できるのである。
     一言で言い表すのであれば、匂い立つような男、それがぴたりと合うと橘は思った。
     パーティーは佳境に入っていた。そこここで広げられる雑談のさざめきが華やいでいる。速水はボーイから赤ワインをふたつ受け取り、そのひとつを橘に渡した。
    「でも、私どもが橘さんからお仕事を頂けることはなさそうですね」
     ちらりと橘を窺い、速水は苦笑して言った。
    「改装のご予定があるとは思えませんし、なにより、『花橘』さんには環境デザインなど小賢しい演出にしかなりませんから」
     おや、と橘は思った。
    「うちの店においで頂いたことが――?」
     『花橘』の客はほとんどが常連である。一見は断っているし、新規の客は紹介がないと受けていない。
    「はい、一度だけですが。庭の水禽窟(すいきんくつ)が印象的でした」
     言われて橘は内心驚いた。水禽窟のある奥庭を臨む部屋は特別である。離れになっていて、使うのは得意の上客相手に限られていた。
    「あの水禽窟にお気づきでしたか」
     水禽窟の奏でる音はかすかなものだ。その在り処を教えられないと気づく客は少ない。
    「仕事柄、音には敏感なのです。それに」
     言葉を切って、速水は橘を探るように見た。
    「実は、私の家にもおもしろいものがあるのですよ」
    「おもしろいもの?」
    「ええ。水禽窟に特別なご興味がおありであれば、楽しんで頂けるかと」
     淡く笑みを浮かべ、速水は言った。それが速水の自宅への招待であると、橘は即座に気づいた。案の定、茶の席を用意するから来てはみないかと誘われた。
    「午後の開店前のお時間なら、ご迷惑をおかけすることもないかと思われますが」
     迷惑も何も、接客は女将に任せている。そう言って、橘は招待を受けた。
     去っていく後ろ姿はすらりとしている。スーツの仕立ての良さは遠目でもわかった。橘の視線の先で、速水はさっそく、橘の知るイタリア料理店オーナーと話し始めた。
     営業チャンスを逃さない心がけは経営者として当然のことだ。ならば、関わってもなんの得にもなりえないと思える自分に速水が近づいたのはなぜなのだろうと、橘は思った。
     それが、ひとつの罠の始まりだと、橘はその時既に承知していたのかもしれない。


     その部屋に通されて橘が最初に気づいたのは、秋晴れの爽やかな日であるのに障子が閉められていることだった。
     やわらかと言うよりも、薄ぼんやりとした陽射しを満たす室内に、植物系のほのかな香りが漂っている。
     畳の部分は六畳、板間の部分は二畳ほどの広さであろうか。正面には円月の窓がある。
     左手は床の間になっていて、そこに掛かる軸に橘は目を見張った。水墨で描かれた軸は名品である。小さな香炉はその下にあった。ほかには何もない簡素な部屋だった。
    「さ、どうぞ」
     上座の座布団を示され、橘は腰を降ろした。来訪の名目である茶の席は既に済んでいた。この部屋に通されたのは、速水の言うところの「おもしろいもの」を楽しむためである。
    「これは……」
     向かいに速水が腰を降ろし、橘はその音に気づいた。
    「水禽窟――とも、違うようですね」
     言えば速水はにっこりと笑みを浮かべる。
    「さすが橘さんですね。この微妙な違いにお気づきになられるとは」
    「どこに――」
    「板間の床下です。ちょうど窓のところに」
     示された場所を見れば、その部分に継ぎ目が認められた。
    「ちょっとした遊びなのですよ。一般の水禽窟は、土の中に瓶(かめ)を逆さに据え、瓶底に開いた小さな穴から中に水が滴る仕組みなのはご存知ですね。中の水位は一定に保たれて、水面に落ちる滴の音と瓶との共鳴を楽しむものです。ですが、この水禽窟の瓶の中には大きな石が入っています。水面の上に覗いている石に水滴が落ちる仕掛けになっています」
    「なるほど」
     橘の耳に届くのは、瓶との共鳴によって響く、澄み切った音ではなかった。ぴしゃん、と跳ねる音が混ざり、聞きようによっては不快とも受け取れるきわどい響きだった。
    「おもしろいものです。不協和音の楽しみにも似ている。あるいは、原始の音とでも言っていいのかもしれません。ごくわずかずつ、水滴が石を穿つ音なのです」
     変わっていると思った。風流とも違う。日々、ショーや店舗の雰囲気を魅力的に整える仕事をしていると、このように、調和よりも不調和を楽しむようになるものなのだろうか。
     速水は水禽窟のある場所をじっと見つめ、しばし口を閉ざしていた。橘もその音色に聞き入っていた。
     閉ざされた室内の弱々しい明るさの中、植物系のほのかな香りに包まれ、こうしてかすかな水音に耳を傾けていると、まるで、太古の洞窟の中にいるような錯覚に陥ってくる。
    「そうですね、一般の水禽窟がとても人工的なものに思えてきます」
     橘が言うと、速水はゆっくりと顔を戻した。にっこりと橘に笑む。
    「うれしいです。橘さんならわかってくださると思っていました」
     破顔した表情は親しみを感じさせた。実年齢よりも若く目に映る美貌が、さらに際立つ。速水固有の色が立ち昇るかのようだった。
    「この響きの楽しみをわかってくださる方は少ないのです。世俗から切り離されたような方でないと、なかなかわかってくださらない」
     急成長を遂げる会社社長の言としては、不釣合いなことを言うなと、橘は思った。
    「あなたのように、すべてを手中に納めた上で、執着の一切から無縁な方でないと、このようなものを楽しむ余裕を持ち合わせない」
    「それではまるで、私は仙人のようですな」
    「仙人ではないでしょう。すべてを手中にされての話ですから。金で買えるものとそうでないものの違いをご存知だと申し上げているのです」
     ほう、と橘は目を細めた。わかったような口をきく速水を僭越とは思わなかった。
    「たとえば? ひとの気持ちは金では買えないとか?」
     橘が言えば、速水は苦笑する。
    「ご冗談を。買えないことはないと、橘さんもお考えでしょう?」
     ふっと失笑して背けた顔に、橘ははっとした。記憶の片隅に残る人物に、その角度の速水の顔が重なる。
    「守っているもの、とりわけ、隠しているものがそうでしょう。そのようなものは金で代価を支払えるものではない。橘さんはそのようなものに惹かれませんか?」
    「そこの掛け軸のようなものですか」
    「お気づきでしたか」
    「私はあれを別のお宅で拝見したことがあるのですよ。秘蔵の一品として。よく手に入れられましたね」
    「譲り受けました」
     正面から橘をまっすぐに見つめ、速水は薄く笑みを浮かべる。そこに淫靡な影を見つけて、橘は納得のいく思いだった。
     あのパーティーの前の週だったはずだ。橘は速水を自分の料亭で見かけていたのだ。上客でもある、橘の古くからの知人の連れだった。紹介がなかったので忘れていたのだが、とても綺麗な男だったのは印象に残っている。ふたりを通した部屋も、確か、水禽窟を配した奥庭を臨む特別室だったはずだ。
     橘が以前あの軸を見たのは、その知人の自宅であった。彼とは、橘が性の奔放の限りを尽くしていた頃に始まった付き合いである。男の味を橘に教えたのも彼だった。
    「今日は橘さんを迎えるために、あの軸を掛けました」
    「――そういうことですか」
    「お察しの早い」
     自身に男色の嗜好があると告げているようなものだ。しかも、あの軸を手に入れられるほどの何かが自分にはあると、それも橘に伝えたいらしいと受け取れる。
    「おかしなことを考えられる。私には成人した息子がふたりいます。妻も健在です」
    「しかもあなたは経営手腕も高く評価される老舗料亭のオーナーです。富も名誉も地位も幸福も、すべてがあなたの手の中だ」
    「それを言うならきみもそうでしょう。業界で知らない者はいないほどの会社の経営者だ。それに、まだ若い」
     言えば、速水は嘲るような笑みを浮かべた。
    「つまらないものです。確かに私の会社は鰻登りの成長を遂げた。だけどそれだけです。そこにはなんの魅力もない」
    「傲慢ですな」
    「まさか。その程度のことで傲慢と言われるのは心外です。私はもっと貪欲ですよ」
     橘はまじまじと速水を見つめた。
     その日の速水は和装だった。茶の席に招かれたので橘も和装であるが、橘を迎えるにふさわしい装いだった。
     濃紺の鮫小紋は色白の速水には顔映りもよく、凛とした美しさを品良く醸し出していた。しかし、今の速水に浮かぶ表情は、その装いを裏切る不埒なものだった。
     軽く眇めた目で橘を眺めている。薄く開いた唇が濡れたような艶を放っていた。
     明らかに待っているのである。自ら仕掛けなくとも結局はそうなるであろうと、そんな心積もりが窺えた。
    「わからないな。私の何が欲しいのでしょう」
    「金に代わらないものですよ」
     すっと緊張を解き、速水はさらりと答えた。
    「守っているもの、隠しているもの、ですか」
     この歳になって、いったい何を守ったり隠したりしているのかと、橘は思う。そのような執着など、橘はとうに失ったはずだ。
     経営は安泰、ふたりの息子は成人し、妻は老舗料亭の女将の座に満足している。そんな今の状況は、速水ではないが、むしろつまらないものである。経営を拡大したいと野心を抱くこともなく、それよりも、欲望の限りを若い頃に尽くしてしまった橘は、日々飄々と生きているようなものだった。
     橘は訝しげに速水を見つめた。
    「わかりませんか?」
     速水は問う。
    「安定が長く続くと、落ちてみたくはなりませんか?」
    「何を……」
     橘は昏く笑った。
    「それで、きみは何を手に入れると?」
    「――終わってみればわかることです」
     なるほど、罠か。
     そう思えば、橘はどこか滑稽に感じられてならなかった。若輩者。今の速水こそ、そう呼ぶにふさわしいだろう。
     速水はわかっているのだろうか。
     罠とは、自ら落ちるものだ。どんなに巧妙に仕組まれた罠でも、獲物が自ら落ちなければ何も捕らえることはできない。
     橘は眩暈にも似た陶酔が蘇るのを感じた。ひどく甘美な罠の味わいだ。
    『子どもができましたの』
     妻を迎えたのは、その一言ゆえからだった。
     若かった頃、性の奔放を尽くす橘に枷はなかった。病を患う危険は避けたが、それ以外のことに用心は必要なかった。
     橘は子を成せない体なのである。
     それは、その当時の橘の周囲には公然の秘密だった。
     妊娠の責を問われた際、うろたえなかったと言えば嘘になる。だが、橘は代々続く老舗料亭の跡取りであり、老いた両親のためにも、その罠に自ら落ちたのだった。
     驚くことに、もうひとり子どもが欲しいと漏らせば、妻は見事に妊娠した。
     あれ以来、橘は生に実感をもてない。速水の言うように、世俗から切り離されたような、一切の執着から無縁のような、そんな印象をひとに与えるのであれば、それは間違いなく、半ば夢の中に生きているような心地をずっと抱いているからであろう。
     もう一度、罠に落ちる――。
     うつつの波間に浮かんでいた自身が、夢の淵に再び深く沈むような、そんな誘惑だった。
     それはむしろ、生を鮮明にさせるのではないか。
     橘は速水の水禽窟の響きに耳を傾けた。石を穿つ原始の音は、荒々しい源を呼び覚ます。
     橘は、忘れていた性愛の歓びが静かに思い起こされるのを感じた。かつて橘を漲らせた相手は男が多かった。
     今一度、あの歓びに浸る――。
     慎んでいたのではない。単に忘れていただけだ。自身に隠れていた欲望を橘は見つける。
    「まずは、リスクを冒すサスペンスが欲しいと、そういうわけですな」
    「おわかりいただけて痛み入ります」
    「きみに不満はない」
    「あなたほどの方にお相手願えて光栄です」
    「こんな年寄りに何を」
    「ご謙遜を。――あなたは十分に美しい。穢れを捨てた流れのようだ」
     橘は身を乗り出し、速水の腕をぐいと引いた。しなだれるように速水は橘の胸に背を預ける。胸元から自分を見上げる速水を、橘はふんと鼻先で笑った。すると、速水も喉の奥でくつくつと笑う。
     愚かな。
     一瞬、頭に浮かんだ侮蔑は、速水へのものなのか、自分へのものなのか、橘はわからなかった。
     濡れたような艶を放つ、ふっくらとした唇をもらった。速水の貪欲な舌は橘をたちどころに翻弄した。年甲斐もなく、橘は激しい昂ぶりを感じる。
     首に回る腕のなめらかさも、屹立を押す腰の細さも、橘が失った若さの象徴だった。
     速水の首筋からは、うっすらと香りが匂い立った。これほどの接触がなければ気づかない、そんな香りだった。欲情をそそる動物系の香りは、清潔な色気を感じさせる平素の速水には似つかわしくなく、なるほどこれも罠のひとつなのかと、橘は苦笑した。
     苦笑して、愚かさが愛しさに通じる。
     いっそ愛でてやろうと、橘は速水の情欲を煽った。懐に手を挿し入れ、その箇所を執拗に愛撫する。首筋に舌を這わせ、丹念に舐め回した。耳にかかる速水の吐息が湿るのを感じ、橘もまた、情欲を深くするのだった。
    「は……あ」
     体は忙しく悶えても、速水の漏らす声は慎ましかった。着物の裾がはだけ、細い腿が覗く。そこにも手を伸ばし、橘は撫で擦った。
     そろりと手を移すと、速水は下に何も着けていないのがわかった。それが和装のたしなみだとしても、必ずやことに及ぶ自信があったのだと受け取れて、橘は愛しさを募らせた。
     若々しくそそり立つ速水に手を添えた。ぬるりとした感触もまた、愛しいものだった。
     やがて速水は到達する。着物を汚すなど瑣末なこととばかりに少しも厭わずに、座したままの橘の前にすぐに伏せ、その裾を割った。
     橘のものを念入りに愛撫する。手も口も使い、十分に漲らせた。
     その様子を見下ろしながら、橘は深い酩酊を覚えた。地位も富も備えた若い美丈夫が屈する姿は、橘に別の満足ももたらした。
    「そこの香炉をお取りください」
     上気した顔を上げて速水は言う。その蓋を開けて見ると、香りの正体は練り物だった。
     橘はそれを指に取り、じっくりと速水に塗り込めた。その最中にも速水の息づかいはさらに熱を帯びる。
    「お楽しみください」
     そう言って、速水は橘に腰を落とした。橘の肩に掴まり、絶妙な動きで橘を追い上げていく。緩急をつけた締め付けに、橘は忘れて久しい声を上げた。
     速水の口元から密やかな笑いが漏れる。それはやがて、高らかな笑い声に変わった。
    「あなたは最高です。たまりませんよ、その表情」
     速水の火照りきった顔にさらさらと髪が揺れる。その奥から、橘を射抜くほどに燃え立つ目が覗いた。
    「ありがたく頂戴します、今のあなたを。こんなあなたを知るのは私だけだ」
     速水の腕が回る。ひとつは橘の懐に入り、もうひとつは繋がりの下を探った。
    「うっ――」
     橘の上げた声を呑み込むように、速水は橘の唇を吸った。ねっとりと、速水の舌が橘の口腔を蹂躙する。
     体を支えるのに手一杯で、そのすべてを橘は受けるだけだった。
     つまらない言葉を浴びせられても、萎える気持ちはなかった。
     円熟を遂げた男の内に隠れていた昏い欲望を暴き、男がその欲望にまみれる姿を見るのが速水の楽しみだったとしても、橘はそこになんの屈辱も感じなかった。
     愚かな、そして、愛しい――。
     速水はまだ知らないのだ。無自覚の底に隠れていた欲望まで満たされるのなら、それこそ、無欲の彼岸に到達できるということを。
     罠と知って自ら落ちていく陶酔も、また、速水は知らないのだ。
     捕らえた獲物がどんなものでも、獲物がかかるのなら、罠は、確かに罠だな――。
     昏い愉悦に浸って橘は昇り詰めていく。それとも、深い淵に沈んでいくのであろうか。
     甘美な陶酔に朦朧とする中で、橘の耳には穿つ音だけが響いていた。それは、速水の水禽窟の奏でる音だったのかもしれない。



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素材:StudioBlueMoon