Words & Emotion   Written by 奥杜レイ
 

「一発キノコ」

 


 窯を開けて、何枚もの大皿を取り出す。やわらかな布で、ひとつひとつ丁寧に灰を払い、大きな台の上に次々と並べた。
 彰雄は東京だ。僕は年に数度、山にこもるのだけど、付き合い始めた頃は休みの日には必ず来てくれていたのに、次第に回数が減って今回は一度も来てくれていない。
『おまえな、いいかげんにしろよ。そんな道楽が俺よりも大事なのかよ』
 ここに来る数日前、忌々しげにそう言った。
『俺には仕事があるんだ。いちいち、あんな遠くまで行かされる俺の身になってみろってんだよ』
 さんざん僕をいたぶった後、タバコをふかしながら言った。そのときの僕は蕩けきっていて、その意味がわからなかった。
 はあ……。
 ため息が出る。こんなにも彰雄に会えないのは初めてのことだ。
 最後の皿を台に置き、僕は窯に振り返った。小さな焼き物が、窯の隅にちょこんと残っている。灰や炭の残骸の合間から先っぽを覗かせて、それは森の奥で見つけたキノコのようだ。
 ちゃんと焼けただろうか。
 窯の入り口に腰をかがめ、僕はそっとそれを取り出す。手のひらで灰を払うと、余熱を残したそれは温かかった。
 ふふ。
 笑みがこぼれてしまう。まさか、ここまでちゃんと仕上がるなんて。
 明るい冬の陽射しを浴びて、それは濡れたように光っていた。上薬のノリもよく、手触りは申し分ない。手に馴染んだ形――スーパーリアルな彰雄モデル。
 正直、僕は、彰雄に会えない日が続いて、かなりブルーになっていた。ろくろを回していても、気づけばぼんやりと彰雄を思っていた。
 彰雄の言った意味がわからずに、ここに来てしまった僕だ。今ごろ、彰雄は浮気しているかもしれない――。そんなことを考え、いやいや、彰雄に限って、僕に会えないからと、そんな理由で浮気をするわけがないと、何度も首を振っていた。
 深いため息をもらしながら最後の皿を造り上げて、残った土を片づけようとしていたときだ。僕は、手にした土をなんとなく再びこね始め、何を造るつもりもないままに、それをかたどり始めてしまったのだった。
 そうそう、こんな感じだった――このへんのくびれはこう、あ、ここはもう少し太くて――。
 自分が何をしているのか気づいたときの慌てよう。誰もいない小屋の中で、ひとりで真っ赤になっていた。
 だけど、造りかけのそれを眺めてみれば、我ながら、なかなかの出来映えだった。
 慣れとは恐ろしいものだ。きっと、目に焼きついた記憶を頼りに造ろうとしたら、こんなにリアルにはできなかっただろう。頭ではなく、手が記憶していたその形に、僕はつくづく感心した。
 そうだ。どうせなら、ちゃんと仕上げてしまおう。
 そう決めてしまえば、あとは早かった。ヘラまで取り出し、よりリアルになるように、筋やら割れ目までキチンとかたどった。
 うん。上出来かも。
 そして、着色をほどこし、上薬もかけ、焼き上がったそれは、今、僕の手の中にある。
 色、艶、握って手が捉える形状。どれをとってもカンペキなんじゃないか?
 自画自賛しながら、僕は小屋に向かう。手にしたそれを眺めながら、ホクホクしている。
 一仕事終えた喜びを、コーヒーを飲みながら実感した。カップの横に置いたそれをしみじみと眺める。
 明日は土曜日だけど、やっぱり彰雄は来てくれないんだろうか?
 今日まで、何度かケータイに電話した。だけど、今忙しいんだの一言で、通話を切られていた。
 相当、怒っているのかもしれない。僕が考えている以上に。
 明日は来てくれるのかどうか、もう一度電話して訊いてみようか。それより、やる事は終わったのだから、急いで皿を箱に詰めて、さっさと宅配で送って、明日中に東京へ帰ろうか。
 でもなあ……会ってくれるかな。もしかして、本当に浮気してたりして? でも、彰雄は浮気するようなヤツじゃないし。となると、もしかして、僕ってば捨てられてたりなんかして?
 ガクッと肩の力が抜けた。ゴツンと額をテーブルに乗せた。顔を横に向ければ、目の前にそれがある。
 彰雄……。
 あんなに何度も愛し合ったのに。あんなに僕を欲しがって、あんなに僕を抱いて、喘がせて、くたくたにさせて、好きなだけ貫いたのに。
 ここに来る前の最後の夜が思い出された。さんざん嬲られ、それ以上に彰雄を喜ばそうとした僕だ。心と体に満ちる悦びに浸っていた僕に、コトが済んでからベッドで聞かされたのは、彰雄の苛立ちだった。
 悲しいよ、彰雄……。今、すぐにでも会いたい。
 僕はそれを手に取った。小窓から射し込む光の中、艶やかなそれは、眩暈がするほど彰雄のものと瓜二つだ。
 目を閉じて指先でなぞる。ああ、このカーブ。彰雄のだ。こうやって、下からすくうように握って、大きく手のひらで包んで、何度も撫でさすったっけ。それから、人差し指で先端をいじると――。
『う……』
 彰雄はかすかにうめく。その声がうれしくて、僕は何度もそうしたっけ。
 それに、ここ、裏側の筋に沿っても、何度も指先で辿った。くびれに沿っても指先で刺激した。そして――。
 僕は、パクッとそれを咥えた。陶器のなめらかさは舌にも心地よくて、僕はうっとりしてしまった。
 うん、つるりとしたこの感じ、それに、この硬さ、太さ。
 ――彰雄。
 すぼめた唇の合間に、それを出し入れする。舌に乗せ、喉の奥まで突いては出した。
 弾力こそないものの、それは、まさしく彰雄の形をしているんだ。夢中になって、舐めねぶった。舌を絡ませる。
『あ……ダメだって』
 なに言ってんだよ、ダメって、イイんだろ、彰雄。
 大きく口を開いて、舌で舐め上げる。指が辿った箇所を舌でべろりと辿る。先端に舌先を刺し入れる。
『はっ……ダメだって、そんな、すんな』
 ウソばっかり。じゃ、なんで、腰が揺れてんだよ。
 そんなとき、うっすらと目を開ければ、ヘソの下、生え際にある彰雄のスケベボクロが目についた。そこにも指を伸ばせば、なんだか知らないけど、彰雄はやけに感じたものなんだ。だけど――。
 彰雄……ここに、いない。
 僕は、いっそうそれを口で愛撫する。溢れた唾液が指を濡らした。それを動かす手の動きも速まってくる。それと同時に、僕の口からは、ぴちゃぴちゃと淫猥な音がこぼれ始めた。
『だ、ダメだって、出るって』
 彰雄は腰を引く。僕の口からそれが抜けそうになる。それを逃すまいと、僕は吸い付く。
『ば、ばか』
 強く引かれて、それはスポッと口から飛び出した。
 僕は、慌てて肌着ごとズボンを脱いだ。テーブルに手をつき、尻を突き出す。後ろに回った僕の手が、それの先端をそこにあてがう。
 くっ、と差し入れた。
 ああ、彰雄……。
 このふくらみ。よく知っている形。腰を落として、深くそれを迎え入れた。僕の口でほのかな熱をもったそれは、僕の唾液ですべりもよく、信じられないスムーズさで奥深くに達した。
「ああっ、彰雄!」
 無意識のうちに、声が出てしまう。無意識のうちに、手が彰雄の動きをまねる。
『どうだ?』
 打って変わって、誇らしげな彰雄の声が耳の奥に蘇る。頬を寄せる彰雄の唇から熱い吐息が漏れ、僕の頬にかかったように感じた。
 僕はそれをぐっと刺し込み、ゆっくりと引く。また、ぐっと刺し込み、ゆっくりと引く。いつもの彰雄のやり方。始めはゆったりと攻めてくるんだ。
 あ、そこ、イイ……。
 単調なその繰り返しに、息が上がってくる。閉じているには既に苦しく、だらしなく開いた唇からは、妖しい吐息が絶え間なく続いた。
『ほら、もっと声、出せよ』
「う……ん、あ、はぁ……」
 くすっと彰雄が笑ったように感じた。それの動きは激しくなる。細かいリズムを刻み、僕の内壁をえぐる。そうかと思うと、ズルッと引いて、ねじ込むように深く貫く。
「はあっ、んー、あ、あ、あ」
 額に汗が滲む。胸の奥深くから噴き出す熱い吐息が、ぽっ、ぽっ、と冷たい空気に白く浮かぶ。
『イっちゃえよ。もう、イきそうなんだろ?』
 カクカクと頷いた。何度も貫かれて、膝に力が入らない。
『なんだよ、前も欲しいのか?』
 僕はテーブルに額を乗せ、体を支えた。もう片方の手で、自分のものを握る。
『ほら、これでどうだ?』
 性急にしごいた。
「うっ、イ、イイ……も、だめ」
『なら、イけってんだよ』
 乱暴に吐き出された声に、僕は痺れる。背に感じる重みまで蘇ってくる。
 あーっ、イイ――もっと、もっと!
 リズミカルに自分のものを手で刺激し、それはそれで僕のそこを貫き続けた。
 彰雄、も、ダメ、ああっ、ダメ。
『くっ、そんな、締めつけんなって』
「あ、ああーっ!」
 パリン!
 たっぷりと手を濡らした僕の耳に、異質な音が響いた。
 ……パリン?
 はっと我に返り、振り向いた。
「だーっ! な、な、な!」
 手の中の破片を思わず見つめた。
 ど、どうすりゃいいっての……。
 あー、そっか、ちゃんと焼けるように空洞にしちゃったんだ。それに、カンペキな円筒形じゃなかったから、外側からの力には弱かったんだーっ!
 僕の内部にはヘンな感触がある。割れたそれの残骸が残っている――?
 慌てて後ろを探る。だけど、思うように指は届かない。もう、涙が出てきた。
 僕はいったい、何やってんだよ!
「あきおぉ〜、なんで、来てくれないんだよぉ〜」
「来たぞ」
 え? ウソ?
 だけど、声に振り向いた僕の目は、戸口に立つ彰雄をとらえた。
「……おまえ、何やってんだ?」
 下半身丸出しの僕をまじまじと眺めた。呆れ果てた顔で、僕に近づいてくる。涙でぐしょぐしょになった顔で、僕は彰雄を見つめた。
「どうして、彰雄がいるんだ……」
「どうしてって――無理して仕事切り上げて来たのに。て言うか、だから、おまえ、何やってんだよ」
 僕は、メソメソと彰雄に抱きつく。うれしさとみっともなさで、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
 どうしていいのかわからなくて、恥ずかしさをこらえて状況を説明した。彰雄は呆れ返って、笑いもしない。
「とにかく、見せてみろ」
 しゃがんで僕のそこを指で探る。慎重に片割れを取り出した。
「ったく、何やってんだか。少しは懲りたかと思って来たのにさ」
 立ち上がって僕を覗き込んだ。
「よいしょっと」
 僕を背負うと、怒ってるんだか、なんなんだか、よくわからない笑みを向けてくる。
「ほれ、あとは洗い流せばどうにかなるだろ」
「あきお……」
「まったく、おまえってヤツは。俺がいないとダメだな、ホントに」
「――怒ってる?」
「浮気されるよりかは、マシだよ」
 言って、くすりとほほ笑んだ。彰雄の背にもたれて、僕はちょっぴり幸せだ。
 だけどさ――彰雄にも見せてやりたかったな、あれ。


2002年12月23日



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