Words & Emotion   Written by 奥杜レイ
 

「夢の惑星」

 


 するりとトランクスが床に落ちた。
 スケベ心丸出しで見つめていた俺は、一気に酔いが覚める思いだった。
「ない……」
 唖然としている俺に、そいつは冷ややかな声で答える。
「だから初めに申し上げたように、わたしは異星人なんですよ」
 目は一点に据えたまま、俺はカクンと顎を下げて頷くしかなかった。


 ことの始まりは一時間ほど前。したたかに酔っていた俺は、街角でそいつを見つけた。
 プラチナブロンドのような髪は、いまどき、さほど珍しくもない。金髪銀髪にしているヤローなど、掃いて捨てるほどいる。だが、そいつの髪はそれ自体が光を放っているかのように輝いていた。
「きれーだなあ」
 俺はそんなことを言って近寄ると、ふと、そいつと目を合わせた。目を合わせるなり、さすがにぎょっとした。
 そいつはカラーコンタクトをしているのか、目が青かった。だけど、ただ青いだけじゃない。中心に向かって微妙なグラデーションになっていて、あろうことか、真ん中の瞳孔の部分は紫だった。
「外人か?」
 酔いの回った頭に今さら浮かんだのはマヌケな一言だ。でも、その一言では済まされない異質な雰囲気が漂っている。
「いえ、異星人です」
 返ってくるとは思いもしなかった声を聞かされ、俺は吹き出した。
「そっか、宇宙人か」
「いえ、宇宙人ではなくて、異星人です」
 何がおかしいのか俺はけらけらと笑い出し、そいつを連れ帰ったのだった。


「どうですか、これで納得できましたか?」
 素っ裸を晒して、そいつは落ち着いた声で言う。
「もう、服を着てもいいですね?」
「ちょっと待て!」
 トランクスを拾い上げ、そいつは怪訝そうに眉を寄せた。
「いや、あの、そりゃ、裸は恥ずかしいだろうけどさ、ちょっと気になることが――」
「別に裸は恥ずかしくなんかないですよ、ただ、この姿のままだと寒いから――」
「恥ずかしくない?」
「恥ずかしいんですか?」
 互いにきょとんと目を合わせてしまった。
「普通、恥ずかしいもんだぞ?」
「なぜです?」
「なぜって、そりゃ、恥ずかしいところを人に見られるのは」
「恥ずかしいところ?」
「ほら、毛とか、ケツとか、アレとか」
 とは言っても、こいつには毛もアレもないんだけど。
 ああ、と頷いてそいつは答える。
「生殖器のことを言っているのですね。ご心配には及びません、わたしたちの生殖器は外見からではわかりませんから」
「じゃ、どこにあるんだ?」
「口の中です」
 思わずそいつの口を見てしまう。途端に恥ずかしそうにそいつは顔を背ける。
 異星人だと言われ、なるほど不思議な顔つきで、おっぱいもなければアレもないのはわかったけど、こんなふうに感情表現が俺たちに似ていると、どうも妙な気分になってくる。
「じゃあさ、股の間はどうなってんだ?」
 単なる好奇心と再び湧いてきたスケベ心とで尋ねてみれば、そいつはあっけらかんと大股開きになってくれた。
「ほお」
 まじまじと見つめても少しも恥ずかしそうじゃない。つるりとした肌の谷間に穴がふたつあるだけだ。排泄のしくみは俺たちと同じってことか。
「性器じゃなくても、排泄器を見られりゃ恥ずかしいんじゃないのか?」
「べつに」
 無用な気遣いだったようだ。
 あらためて俺はこの自称「異星人」を眺め回した。
 男物の服を着ていたせいか、一見、男に見える。しかも、地球人なら美形の類だ。それもモデルなみの容姿。
 ゲイとして百戦錬磨の俺は、がぜん張り切りたくなってくる。いいさ、異星人だろうが何だろうが、突っ込むところはあるんだから、この際、頂けるのなら頂いちゃおうじゃないの。
「そんなカッコさせて悪かったな、服、着ろよ。酒でも飲まないか?」
 ごそごそと衣服を身に着けながら、そいつは答える。
「酒、ですか。飲んでも構いませんけど、わたしは酔いませんよ?」
「酔わない?」
「一緒に酔いたいという誘いなら、酢酸をください。無用のものを下さる必要はないです」
 どうやら異星人はなかなか気配り上手らしい。お言葉に甘えて、俺は歳暮でもらった「健康酢セット」を出してやった。だいたい、ひとり暮らしの男に「健康酢セット」なんか贈るヤツの気も知れないけど、こうして役に立つなら酢も本望だろう。
 りんご酢から始まって、純米酢、黒酢と飲み進めるうちに、そいつはすっかり酔っ払ってしまった。相手が何を飲んでようが、今夜の俺は既にできあがった後だ、一緒になってへべれけになっていった。
「だからですね〜、何度も申し上げているようにですね〜」
 俺にもたれかかって、そいつは熱心に故郷の星について話すのだけど、美形にくだまかれて俺が何も感じないわけがない。
 何万光年離れている惑星から地球には観光でやってきたとか、乗ってきた宇宙船はどこかに隠してあるとか、ツアーにはぐれてしまって困っているとか、言葉が通じるのは脳に直接学習するノウハウによるものだとか、そんなことを聞かされても、右の耳から左の耳へ抜けてくだけだった……って、案外、ちゃんと聞いてたんだな、俺。
「で、セックスはどうやってすんだよ」
 一番聞きたいのはそのことだ。
「せっくすぅ?」
 俺を覗き込むように見上げた目は、とろんとしているだけでなく、緑っぽくなっていた。
「な、なんだよ、目の色、変わってるぞ?」
「ああ、酔うと血が昇って、血の色が混ざるんですぅ」
「って、なんだよ、青に赤が混ざっても緑にはなんないぞ」
 はあ? と小首を傾げる仕草がなんとも色っぽくて、俺のアレは勃ってしまった。
「あー、そうでしたよねぇ、違うんでした、わたしたちの血の色はぁ、黄色いんですぅ」
 俺の首筋に熱い息を吹きかけながら話す。
「……あ、セックスって、生殖活動のことですね」
 セックスを生殖活動と言われてもなあ。
 一瞬萎えかけた俺の頬を両手で包んだかと思うと、いきなり唇を押し当ててきた。
「お……」
 なるほどね。口の中に生殖器があるって言ってたけど、要は、セックスはキスなわけだ。
 キスがセックスだというだけあって、こいつはやたらとキスがうまい。しかも相当感じているのか、瞳の色は見る見るうちに黄緑色になってしまった。
 俺はすっかりその気になった。のしかかって、そいつを床の上に押し倒した。
 なんてったって、相手は異星人様だからな、そりゃあもう、これ以上ないってほどやさしくしてやって、いよいよソコに指を入れた。
「よくないか?」
「だって……排泄器ですよ?」
 そっか、こいつには前立腺なんてないんだ。
「う……ん、変ですねえ、生殖活動なのに、どうして排泄器を?」
 む。それを言うか? 異星人相手に異性愛だの同性愛だの説明しろっての?
「男同士でするときは、ここを使うんだよ」
 面倒だから一言で済ませた。
 そいつはきょとんとした顔で俺をじっと見つめる。
「複雑ですねぇ、地球人って」
「複雑って言われてもなあ」
「わたしたちには性別なんてありませんから」
「じゃあ、子どもとか、どうすんだよ」
「相談して、どちらが産むのか決めます」
「雌雄同体ってことか?」
「んー、ちょっと違いますけど、まー、似たようなものですねぇ」
「――待てよ。じゃあ、誰に惚れてもいいってことだよな?」
「そうですねぇ、そうとも言えますねぇ」
 でも血縁者はやっぱりダメですねぇ、とか言ってるそいつの横で、俺はその星について思いを巡らす。
 他人であるのなら、誰に惚れても許される惑星――。
 夢のようだ。
 今夜、俺は長年想いを寄せた親友に手ひどく振られた。
『おまえがホモだったなんて』
 そうか――そんな惑星なら、俺みたいに不幸なやつはいないんだ。



2002年10月30日




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