Words & Emotion   Written by 奥杜レイ
 

「ダブルデート」

 


 陽介からの電話を受けたとき、おれは呆気にとられた。彼女ができたと聞かされたのは、数週間前だ。
「なんだよ、それ」
 答えるおれの声も呆れ返っている。
「いいからさ、頼むよ。おまえだったら誰か連れて来られるだろ」
 陽介の言葉に納得のいかないまま、おれは電話を切った。でも、あの陽介の頼みとあっては断りきれない。仕方なく、その場でミカに電話する。
「悪いんだけどさ、今度の土曜日、あいてたら付き合ってくんない」
「珍しいじゃない、康弘から誘ってくるなんて」
 電話の向こうでミカがくすくす笑っている。
「陽介に頼まれたんだ。ダブルデートだって」
 ミカのくすくす笑いは爆笑に変わる。
「ものすごい冗談ね。断らないあんたにも呆れるけど」
 それでもミカはおれの誘いに応じてくれた。こんなとき、おれのことをよくわかってくれている女友達がいるのは、本当に助かる。おれらしくもなく、何度もサンキュと言って電話を切った。


 約束の土曜日、おれは初めて陽介の彼女に会った。ほがらかな印象のキュートな子だ。陽介が彼女と付き合うことにしたのも頷ける。せっかくのルックスなのに、普段は口数も少なくそっけないようなヤツには、こんな和やかなタイプの方がいいんだろうな。
 ミカも陽介の彼女に会うのは今回が初めてだ。持ち前のさばけた性格を発揮して、陽介の彼女をリードする。おれの車の後部座席で、女の子たちはとりとめのないオシャベリを楽しんでいた。陽介は助手席に座って、なんだか不機嫌そうな顔で外を眺めてばかりいる。自分から言い出したくせに、どういうわけなんだか。
 サービスエリアで休憩をとった。女の子たちより先に車に戻ると、おれはさっそく陽介をたしなめた。
「おまえさ、自分から誘っておいて、その態度マズイんじゃねえの」
「わかってるよ」
「だいたい、付き合いはじめて一ヶ月ってんなら、普通、二人っきりでいたいんじゃねえの?」
 陽介は答えない。思いつめたような顔をおれに向けてくる。おれはため息をひとつついた。
 まったく、バカだよ、おまえ。言ってやりたい言葉が喉元まで出てくる。
 飲み物を買って戻ってきた女の子たちを乗せると、おれは海を目指して車を走らせていった。


 心地良い潮風に吹かれて初夏の浜辺をそぞろ歩いた。サーフィンを楽しんでいる奴等が波のまにまに見え隠れしている。女の子たちは、砂にまみれた貝殻をひろったり、岩場で小さな生き物を見つけたりして、それなりに楽しんでいるようだった。陽介はおれと一緒にそんな彼女たちを眺めているばかりで、ちっとも楽しそうじゃない。
 隣に立っている陽介に目を向ける。女の子にモテるのは誰もが認めている。当たり前だ、ルックスだけでもこれだけのものなんだから。学内でも評判の容姿を誇っているくせに、浮いた噂がないのも更にモテる要因のひとつになっていた。
 おれの視線に気づいて陽介が顔を上げた。目を合わせて、じっと見つめてくる。それこそ、何か言いたげに。
 バカだよ、ホント。おまえって、バカ。
 言いたいことはぐっと飲み込んで、おれは口を開いた。
「彼女、由梨ちゃんとさ、どうして付き合うことにしたわけ」
 陽介は顔をしかめる。
「なに、後悔してるって?」
「後悔って言うか。付き合っていけるって思ったんだけどさ。気が合うし、いい子だろ?」
「わかってんじゃん。なのに、そんな彼女をおまえの勝手で振り回していいのかよ」
 陽介は再び言葉に詰る。そんなヤツは視界から追いやった。女の子たちがにこやかな顔で戻ってくるのが目に入る。
「ま、気が済むようにすれば。それで、いい子の由梨ちゃんを傷つけることになったって、おれは知らないからな」
「そんな言い方……」
 顔も見ずに言い捨てたおれの言葉に、陽介は更に言葉を詰まらせた。
「やすひろ〜、カニがいた、カニ」
 ミカは駆け寄ってくると、ほら、とおれの手のひらにカニを乗せる。
「なんだよ、おまえ、カニ掴めるのかよ」
 慌てて手を振って、カニを砂の上に落としたおれをミカは大笑いする。
「康弘、あんた小心者〜」
 陽介に寄り添うように立って、由梨ちゃんまで一緒になって笑う。
「悪かったな、でかいナリして小心者で」
 おれが文句を垂れると、ミカはすかさず追い討ちをかけてくる。
「そうそう、しかもカッコよくって硬いのにね」
 はいはい。だけどね、硬い性格だから小心者なんだっての。ま、それは近々返上することになりそうかな。
 そんなおれたちのやり取りに陽介も笑っていた。なのに、目が合うとじっと見つめてきて、また、意味ありげな色を浮かべる。
 だから、おまえはバカだって。こういうときは、由梨ちゃんのかわいい笑顔に釘付けになってろっての。バカ。
 車に戻って、海沿いのドライブを楽しんだ。今度は陽介とミカが後部座席に座っている。海に突き出すように建っているレストランに着くまで、陽介はすっかりミカのペースにはめられていた。おれも助手席の由梨ちゃんと他愛もないことを話していた。
 陽介には聞こえないような小声で、こっそりと訊いてみる。
「もしかしてさ、陽介と付き合うようになったのってさ、由梨ちゃんからコクったわけ?」
 いきなりの質問に少し戸惑いながらも、ほんのりと頬を染めてコクリと頷いた。
「バイト先で知り合ったんだっけ?」
「そう。話してて楽しいし、なんだかいいなって、それで」
「陽介、優しい?」
「うん、まあ、多分」
 おやおや。言葉が濁っちゃったよ。
「優しいって言うか……すごく気を遣ってくれる」
 返す言葉が見つからない。陽介、ヤバいじゃん。見透かされてるよ、おまえ。
 レストランの窓際の席に陣取って、おれたちは思い思いに遅めの昼飯を注文した。おれの隣でミカが遠慮なく料理をパクつく。おいしいを連発するミカの腹の中にシーフードはすっかり納まった。
 食後のコーヒーを飲みながら、向かい合っている女の子二人は、またオシャベリを楽しんでいた。おれも二人の会話に引き込まれて笑う。ミカに付き合ってもらったのは正解だ。陽介の場違いな雰囲気もミカの明るさが緩和してくれる。
 陽介ときたら、おれたちの会話に気はそぞろで、なにかにつけ、おればかりを盗み見ていた。由梨ちゃんに話を振られると、答えに戸惑う。そんな陽介にミカは苦笑してる。そんなんじゃ、ミカどころか、由梨ちゃんにもバレバレだっての。おまえさあ、無神経すぎるよ。普段は気を遣いすぎるほど由梨ちゃんを気遣ってんだろ? だから、おまえはバカだっての。
 女の子たちが化粧室に立って、陽介と二人でテーブルに残った。おれの我慢もそろそろ限界に近付いている。ぼんやりと海を眺めている陽介に言ってやった。その横顔の美しさに怯みながらも。
「で、どうよ、気が済んだわけ?」
 唐突なおれの言葉に顔を向けてくる。
「よーくわかったわけ?」
 物言いたげな目を伏せて、陽介はコーヒーカップを両手で包んだ。
 だ・か・ら。おまえはバカだってんだよ。正直になれよ。その曖昧さが傷つけなくてもいい人まで傷つけることになるんだぜ?
 おれは深くため息をつく。煮え切らない陽介に腹立たしささえ感じる。
 窓の外を眺めると、遠く水平線がきらめいていた。ヨットが一艘、のんびりと流れていく。初夏の午後の海は、おれたちの気持ちとは無縁におだやかに横たわっていた。


 カーコンポから流れる軽快な音楽とは裏腹に、おれの気持ちは次第に沈んでくる。後部座席の女の子たちも、すっかり口数が減っていた。ミカには近いうちに今日のお礼をしなくちゃいけないな。もっとも、お礼をしなくちゃならないのは、陽介の方だ。ミカが欲しがってたあれ、陽介に買わせよう。
 高速を飛ばして、帰宅の途についていた。初夏の遅い夕暮れが、車の背後から追ってくるように辺りを染めはじめていた。
「康弘」
 後ろからミカが話しかけてくる。
「次のインターで降りてよ」
「え?」
「あたしたち、電車で帰るから」
 そう来たか。でも、ま、それも妥当かも。
 それよりも、今日のツケをミカが払ってくれるって言うんだから、感謝、だよな。二人が電車に揺られながら何を話すのか、わかるようで心が痛む。何も答えない陽介も、そのくらいのことはわかるだろう。
 ま、自分のバカさ加減を思い知るには、今日はいい機会だったかもな。
 車はインターの緩やかなカーブを降りていった。最寄りの駅で、女の子たちを降ろす。またね、と明るくミカが笑ってくれたのが救いだった。由梨ちゃんも寂しげな笑顔を浮かべた。
 車を降りて二人を見送った陽介が戻ってくると、おれは途端にぶちキレた。アクセルを踏み込み、乱暴にロータリーから大通りへと出て行く。
「やっぱり怒ってる?」
 助手席の陽介がおれの顔色を窺う。
「ったりめーだろ!」
 すっかり日が暮れて、すれ違う車のライトが眩しい。道の両脇に建ち並ぶビルからも照明がもれ、それぞれにネオンサインを灯しはじめていた。
「あのな。どーせ試すんなら、もうひとつの方を試せっての」
 陽介は押し黙っている。
「惚れてるわけでもないのに、友達としか思えないのに、女の子と付き合うんじゃねえよ」
「ミカと付き合ってるおまえになんか、言われたくない」
「なに言ってんだよ。ミカはおれがゲイだって知ってるぜ? おれが誰に惚れてるのかもちゃんと知ってるさ」
 陽介は驚いたような顔を向けてくる。
「何もわかっちゃいないのは、おまえだけだ」
 おれはハンドルを切ると、駐車場に乗り入れた。そこがラブホの駐車場だと気づくと、陽介は更に驚いた顔を見せる。
「バカだよ、おまえ。いいかげん、ハラくくれっての」
 呆気に取られている陽介の上にのしかかった。シートのレバーを引いて、陽介ごと倒す。
「何も言わなくてもわかってんだよ。おまえ、おれが好きなんだろ?」
「な、なんだよ、いきなり」
「だから、いいかげん、自分に正直になれっての」
「そんなこと――」
「言わなくてもわかるって言ってんだろ」
 おれは陽介にくちづける。抵抗はしてこない。当たり前だ。
「で、でも、そんなこと」
 唇を離すと、まだゴタクを並べようとする。
「うるせーんだよ」
 おれは正直な陽介の体に手を伸ばした。
「もう認めろよ。おれだって、ずっとおまえが好きだったんだ」
 再びくちづければ、陽介は応えてきた。
 あったりまえだっての。恋する気持ちをごまかすなんて、誰にだってムリな話なんだから。




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