紺野とこんなふうになるなんて……俺は、一度でも考えただろうか――? 紺野を荷台に乗せて、俺の自転車を走らせる。ここで決めなきゃ男じゃない――そんな、わけのわからない理由で家に急いでいる。 夏の夕風を切って、駅前の通りを駆け抜ける。背中にピタッとついて、俺を後ろから抱きしめているのは紺野で――胸がいっぱいだ。 誰かを好きになるとか、恋をするとか……そういうことは、あまり考えてこなかった。 こうなって頭に浮かんでくるのは、中学生のときに泣かせた、あの女子で――もしかしたら、あいつは、あのときにはもう、今の俺と同じような気持ちを知っていたのかもしれないと思うと――今さらながら、もっとちゃんと謝っておくべきだったと反省してしまう。 本当に知らなかったんだ。こんなにも苦しくて、胸がいっぱいになって、その人を思うだけで泣き出してしまいたくなるなんて。 それが、その人からも好きと言われれば、ぼうっとしてしまって、何をどうすればいいのかわからなくなって、気持ちばかりが流れ出てしまうなんて。 紺野、好きだ――どうして、こんな気持ちになれたのか、わからない。わかるのは、この気持ちが嘘じゃないってことで……紺野を俺だけのものにしたくなる。 「ここ、川……」 風に散らされながら、紺野の声が耳元で響いた。 「空が、広い……」 気持ちよさそうな、つぶやき――。 もう、それで十分だった。俺は迷わない。 「家の人……いないわけ?」 俺の自転車に乗せて、連れ去るようにして来たんだから当然なのに、紺野は心配そうに言った。 「親はふたりとも仕事、アニキはいつも不明」 紺野を安心させるためにだけ言って、俺は玄関の鍵をあける。 「部屋――二階?」 顔を伏せて靴を脱いだ紺野の背中を押した。 「そう、二階。まだ何か気になる?」 ううん、と紺野は後ろ姿で首を振って――俺に押される格好で、階段を登っていく。 部屋に入ると、まずはエアコンを『強』に入れた。いくら紺野でも重さは人並みにあるから、自転車をかっ飛ばしてきて汗だくだ。 送風口の下に立って、シャツの裾を引っ張り出して、パタパタとあおぐ。――まいった。頭が働かない。トモダチじゃない、特別な誰かを部屋に連れてきたなんて初めてで、どうしたらいいのか……。 紺野だって、ガチガチに緊張してる。俺の後ろで、あ、とか言って、何もないところでつまずいたり、視線をさまよわせて、とりあえず鞄を壁際に置いたり、何をしたらいいのかわからないのが、丸わかりだ。 「こっち来いよ、涼しいから」 「……うん」 はー、俺って、マジ気が利かねえよな――。 「……何か、飲む?」 並んで送風口の下に立った紺野に言った。 「飲もうかな……」 緊張の解けない横顔で、紺野は答えた。 「座ってて」 ごめん、ひとまず逃げさせて――胸のうちで謝って、キッチンに駆け下りた。よく冷えた麦茶を三杯、がぶ飲みする。ペットボトルの緑茶は特定保健用食品でオヤジ専用だけど、紺野に頂戴した。 「紺野……」 戻ってドアを開けた途端、紺野はビクッと跳ね起きた。ベッドに座って、上体だけ横にしてたんだ。 「こんなんでいい?」 真っ赤な顔で、ペットボトルを受け取る。俺が隣に腰を下ろすと、眉を寄せた、なんとも言えない顔を向けてきた。 「これって……」 「緑茶じゃイヤだった?」 「そうじゃなくて――」 気難しい表情でキャップを開け、一口飲む。 「気をつけるように、してるんだけど」 「え?」 「やっぱ、ぼくって……食べすぎ?」 思いきり吹き出してしまった。しおらしい声で、紺野がそんなこと言うから――。 「違うって。ペットの飲み物、それしかなかったんだ」 「なんだ……」 笑いながら答えた俺に、ホッとしたようになる。 「紺野、ぜんぜん太ってないじゃん」 そうだよ……ちっとも太ってないどころか、ほどよく締まった、とてもきれいな体をしてるんだから――。 俺は、緑茶をおいしそうに飲む紺野を見つめる。すらっと姿勢もよくて、ベッドに片手をつく腕も、すらりと半袖から伸びている。ペットボトルに口をつけて、少し仰け反った喉――緑茶が通るたびにかすかに動く。細い顎、濡れている唇……俺が、キスした――。 「――琢己?」 紺野に覆いかぶさっていきながら、ボトルのキャップを閉めた。 「琢己……」 俺に押し倒されて、紺野の手からボトルが落ちる。 「琢己」 紺野の腕は俺の首に絡まり、俺の頭を強く引き寄せる。唇が、深く重なった。 「ん……」 ヤバイ……ものすごくドキドキする。 こういうときは、やっぱ先にシャワー浴びんのかな、とか考えていたけど、そんなのは、もう、どこかへ吹き飛んだ。 キスをしながら紺野をベッドに引き上げて、体を重ねる。ぎこちない手つきで制服の白いシャツのボタンを外せば、昼間のプールで目に焼きついた、なめらかな胸が現れた。 俺の手は、紺野の胸をさまよう。触ってみたくてたまらなかったそこに、指先で触れる。 「……は」 紺野がビクッと揺れた。吐息めいた声は俺の耳に甘く響いて、いっそう俺を焚きつける。 もっと、触りたい。隅々まで――。 胸を撫で回し、シャツをはだけ、体のラインを辿る。ベルトを外し、手を挿し入れ――。 「あ、た、琢己!」 ビクンと跳ねた勢いで、唇が離れた。紺野は胸を上ずらせ、潤んだ目で俺を見上げる。 「琢己……そんな……」 困りきった顔――たまらなくなる。 「ちょ……待って……」 起き上がりそうになったから、片手で肩を押さえつけた。俺は上体を浮かせて、紺野の顔を見つめる。 「や、琢己……」 「……色っぽい」 「だ、だって、こんな……!」 「――イヤ?」 きゅっと握れば、紺野は拗ねた目で俺を見つめる。そうしたって、唇は開いていて、かすかに震えていて、吐き出す息も震えている。 「硬い……ぬるぬるしてきた」 「い、言うなよ!」 「気持ちいい?」 プイと横を向かれた。ギクッとする。 「……紺野?」 呼んでも目を戻してくれない。 「紺野――」 握ったまま、もう一度体を重ねて、耳元で呼んでみた。 「……知らない」 ひっそりとした声が返ってきて、俺のが、ドクッと疼いた。 かわいい……とてつもなく――。 「歩夢……」 耳たぶを舐める。口に含んで、チュッと軽く吸う。ほっぺたにもキスして、あの小さな泣きボクロにもキスをする。 「すぐ泣くのは、このホクロのせい……?」 紺野は視線を流してくる。たまらなく色っぽい。顔を戻して、俺を見上げる。 「琢己のせいだ……みんな。ぼくを、どうしようもなくさせる――」 そう言って、また俺の首にかじりついてきて――。 「……ちゃんと、脱いでよ。裸で抱き合いたい――」 そんなこと言うから、俺がどうしようもなくなった。 「起きて」 起き上がる紺野に、俺も同じように起こされて、ベッドの上で向かい合う。 「歩夢――やっぱ、色っぽい……きれい」 はだけた白いシャツが、夕方の光に透けて見える。くっきりとした目が、じっと俺を見つめる。 「琢己だって――」 「……だらけきって、やらしい顔してる?」 すぐには答えないで、俺のシャツのボタンを外す。そっと開いて――吐息を落とした。 「やっぱ……すごく、セクシー……」 「な……っ」 ビックリした。まさか、そうくるとは思わなかったから――。 紺野のかわいい舌が目に入る。俺の乳首を舐めている。 「……琢己も感じる?」 「なんか……ヘンな気分」 俺の裸の胸に頬を寄せて、深い息を吐く。 「こうすると……気持ちいい。ホッとする」 うっとりと言われて、胸にじんときた。 「――俺も」 互いに相手のシャツをシーツに落として、抱き合った。温かい――。 「ぼくは、こんなふうにできるだけでも、よかったんだ。琢己の匂いがする――ベッドと同じ……」 「なあ――」 俺は紺野の耳に唇を寄せる。 「全部、脱いじゃおう……?」 紺野はコクッと頷いて、俺を見上げて――ニッコリと笑った。 「歩夢――」 俺のベルトに手をかける紺野に言う。 「その笑顔……ずっと見たかったんだ」 うっすらと頬を染めて、紺野は、かすかに首をかしげた。 胸がぎゅっとなる。苦しくなって、気持ちを吐き出したくなる。 「誰にも渡さない――俺だけのものにしたい……歩夢!」 「琢己……!」 紺野にのしかかって、ふたりしてベッドに倒れて、その流れで全部脱いだ。 胸を合わせて、脚を絡ませる。腕に抱いて、強く引き寄せる。肌のこすれ合う感触が、たまらなく気持ちいい。ふたりとも、すっかり硬くしていて、互いにバレバレだ。 「やっぱり……いれたい、よね?」 紺野の上ずった声が、熱く耳元でささやく。 「――琢己の、すごい」 「バカ」 小さく言って、紺野の頭を肩に抱えた。 「いいよ、そんなの……今日じゃなくても」 本音では、そうじゃなかったけど。 「今日じゃ……なくても?」 「――予習、してないし」 プッと吹き出して、俺の胸で紺野は震える。 「しょうがねえじゃん、だって、こんな急に」 俺の唇を指先で押さえた。また、ニッコリと笑う。 「一緒に気持ちよくなろう?」 胸にグッときた。 「俺は、歩夢を気持ちよくしてあげたい……」 「ぼくも同じだ――」 申し合わせたわけでもないのに、互いに手をまさぐって、相手のものを握った。俺が紺野の先っぽを指の腹でこすり上げると、紺野はドキッとすることを言う。 「いつも……こんなふうに、してるんだ――」 「お、まえだって――」 しなやかに絡んだ指で、いきなりきつく扱き下ろされて、喘ぐ声で答えた。 「はっ……」 顔を伏せ、紺野は熱い吐息を俺の首に吹きかける。ものすごくドキドキしているのは、紺野だけでなく、俺もそうで――。 「う」 恥ずかしい……今まで誰にも聞かせたことのない声が出てくる。 「ん、琢己……」 顔を上げて、目を閉じて、紺野が唇を近づけてきて――。 「歩夢……」 キスをした。舌が絡まる……気持ちいい。 「あっ」 紺野が身をくねらせる。片手で、俺の肩にぎゅっとつかまる。 「……イきそう?」 「ダメ……ッ」 握るものが、ドクンと響いた。指の隙間から生温かく溢れる。 「……早すぎとか……言わないでよ」 「んなこと」 答えている隙に紺野は俺の胸にもぐりこんできた。 「歩夢……?」 ビックリしすぎて、俺が何も言えなくなっているうちに、俺の股間に顔を近づけていく。 熱く湿った息が、握られているそこにかかる。見なくてもわかる、今、紺野のかわいい舌は口から出て、俺のに――。 「く、うっ」 「あっ」 「うわっ……歩夢!」 跳ね起きた俺を紺野はゆっくりと見上げた。 「ご、ご、ご、ごめ――」 口はごめんと言おうとしているのに、目は紺野の顔に釘づけだ。エ、エロい――。 髪は淫らに散って、口はぽかんと開いて、頬にはベットリ、俺の放った白い粘液が……。 「そんな――謝らなくたって、いいってば」 丸くなって俺を見つめていた目が、すっと、やわらいだ。 「け、けど、おまえ、これは……」 ものの見事に――顔射。 「えーっと……」 紺野は何か言おうとしたけど、俺は慌ててティッシュを取った。箱ごと渡され、くすっと笑って紺野は言う。 「こういうのは、男の勲章?」 「へ?」 「舐める前に、イかせてやったぜ」 「ば、ばか……」 俺の声に力が入らなかったのは当然だと思うんだけど、紺野はくすくす笑いながら顔を拭き、俺に手を拭けと言う。それなら紺野の腹も拭いてやると言って、そうしたら、くすぐったいなんて言って、笑い転げた。 「琢己!」 ティッシュが散乱するベッドで紺野は俺に抱きついてくる。 「もう少し、こうしていよう?」 「ああ」 抱き寄せて、肌を合わせる。 「……気持ちいい」 「うん――」 紺野が俺を見上げる。手のひらで、そっと頬を包んだ。 「歩夢……」 気持ちを込めて、呼びかけて――。 「好きだ」 やっと言えた言葉は、重なった唇の中に消えて、胸の奥深くまで落ちていった。 「えーっと……」 翌日の食堂で、麻生は、怪訝そうに俺たち四人を眺める。 「昨日はいったい、何があったのかなー……」 「なんだそら?」 向かいから、繁がとぼけた声で言う。紺野は今日もパンで、相変わらずサンドウィッチが三個だ。ディフォルトの菓子パンがないのは、昨日の緑茶のことを少し気にしているのかもしれない。 「ずいぶん雰囲気が違うようなんだけど」 「いつもと同じだろ?」 さりげにスルーして、俺は今日もBメニューのご飯をかき込む。おかずは冷しゃぶだ。物足りなくて、いまいち、ご飯に合わない。 「それ言うなら、昨日の琢己」 繁の横から靖男が口を出してきた。 「呼んだのに、なんで無視したんだよ」 あのときのことか。紺野を探してる途中で、バッタリ会っちゃったんだよな。 「ったりまえだろ? おまえら、ケーキがどうのこうのって、話してたじゃん」 ヘンに突っ込まれたら答えられなくなるから、正直に言った。 「あのあと、どうせ靖男の家だったんだろ?」 「それ、ひがんでんの?」 「琢己、ひがむくらいなら来ればいいじゃん。おまえがケーキ買って」 やっぱ、そうだったんだ。麻生じゃないけど、俺も、いつも以上にふたりが仲いいように見えるんだよな。なんつーか、靖男を見る繁の目がやさしい? 「行くか、っての。ケーキ食いながらゲームなんてさ」 ちょっとした出来心でカマかけてみた。 「昨日は、それだけじゃなかったぞ?」 ……え。 「何したの?」 紺野が口を挟んだ。うわ、それはマズイんじゃね? 逆襲されたら……。 「靖男のアルバム見た」 サラッと答えたくせに、繁は、笑いが込み上げてくるのを押し殺すような顔になる。 「繁……」 靖男がムスッとした声を出したら、途端に吹き出した。 「だって、こいつ。中学生のときの写真、まんま女子なんだもん」 「繁!」 「二年前だぞ?」 「だから、あれはしょうがないって、昨日も言っただろ!」 「なんだったっけ、文化祭? 女子の制服、似合いす――」 「黙れよ、繁! 隠しておいたの、おまえが勝手に見たんだろ!」 靖男は箸を持った手で繁の口を塞いだ。麻生が、やれやれと肩を落とす。 「で、そっちも何かあったわけ?」 隣にいる俺に顔を向けてきた。爽やか好青年が、意味深に笑う。 ……ったく、食えねえぞ、麻生。中年教師の緒方と変わんねえじゃん。 「歩夢?」 あー、てめー、『歩夢』って呼ぶんじゃねえ! 俺を越えて紺野に問いかけても、目の端で俺の顔色をうかがっている。 「ぼく?」 ひょいと俺の横から顔を出して、紺野が答えた。 「いつもと変わらないよ」 「そうかな」 わかった、麻生。昨日、俺にゴムくれたことも含めて、おまえ、むっつりスケベ断定。 「あえて言うなら……」 紺野が続けて話し出したから、ドキッとした。そっと、横目で盗み見る。チラッと目が合って、口元でニコッとした。 「しっかり復習して身についた、って感じ?」 「ブッ!」 「きったねえな、琢己。なんで噴くんだよ」 繁に言われて慌てて謝るのだけど――。 「わ、わりぃ……」 紺野……復習って、復習って! 「けど紺野。もうすぐ夏休みで大した授業してないのに、復習してんのかよ」 「ぼくは転入生だし」 「あー、そういうことか……」 けろっと繁に答えた紺野の声に、麻生の声が重なった。 「ま、転入生じゃなくても、思いのほか授業が楽しかったりすると、復習したくなるしね」 「言うことが違いますね、優等生は」 靖男が嫌味っぽく言ったのなんて、気にならなかった。 麻生――嫌味なのは、やっぱ、おまえだ! 「これ、返すから!」 俺はポケットに入れっぱなしだったものを取り出して、バンッ、とテーブルに置いた。 「これは……」 繁が生唾を飲む。だからって、毎回、突っ込んでなんかいられないっての。 「そんなの、持ってたんだ……」 唖然とした声を出したのは紺野だ。速攻で弁明する。 「昨日、麻生がくれたんだよ」 「え! 麻生が?」 靖男じゃなくたって驚くって。 「生徒会のファイルに入れてたんだぜ?」 意地悪く言ったのは、もちろん、わざとだ。 「使わなかったんだ?」 なのに、あっさり斬り返してきやがった。 「なんで俺が使うんだよ!」 「だよなー」 「……だね」 繁と靖男が、揃って哀れむように俺を見る。 「使ってもよかったのに……」 ボソッと紺野の小声が聞こえて、マジに、ビビった。麻生を睨んで、どうにか、紺野に振り向かずに留まる。 「おまえが使うんだろ? 返す」 麻生の前にズッと差し出したら、繁が言う。 「もらっとけ。今後の覇気につながるじゃん」 「それは、おまえだろ!」 「じゃ、僕がもらうよ」 「靖男……?」 みんながきょとんとする中で、紺野がつぶやく。 「あ、そうか」 そうか、って……なんだよ紺野。 「いいよ、靖男にあげる。それ、前に生徒会主催で性教育セミナー開いたときの残りだから、使うなら早めにね?」 「大丈夫だろ? こういうの、保管さえしっかりすれば、結構もつんじゃなかった?」 さらりと答えて、靖男はポケットにしまう。 「靖男……詳しいな」 「そっちの予習は、ちゃんとできてるから」 感心して言った繁に、軽く返した。 「そうだな、何事も、予習と復習は大切だ」 麻生が言って、チラッと俺を横目で見る。 ……くっそ〜。なんだよ、この余裕――。 ハッとする。麻生が、こんなに余裕あるのって……と言うか、男同士のつきあいに抵抗ないのって、もしかしたら――。 「麻生のカノジョって、本当にカノジョなんだろうな?」 「それ、僕も気になった」 靖男が、すかさず同意してくれた。 「なんで?」 麻生は、またしても余裕で返してくる。 「だってさ、こういうの自分じゃ買いにくいし、せっかくタダで手に入ったなら、フツー、他人にあげないじゃん。もしかしてカノジョじゃなくて、まだトモダチの関係とか?」 論点は違うけど、いいこと言った、靖男。 「見せろよ、麻生。ケータイに写真あるだろ? マジに『カノジョ』なら」 『カノジョ』を強調して言った俺に、麻生は嫌そうな顔になる。 「……しょうがないな」 ポケットからケータイを取り出した。 「ほら」 「どれどれ」 繁と靖男がテーブルに身を乗り出してきた。紺野も俺の横から首を伸ばす。 「……え?」 繁が小声を上げて――。 「きれいな人だよ」 紺野はそう言って――。 「うん。なんだろう……凛々しい感じ?」 そう、そんな印象だ。ケータイの画面に映し出されているのは確かに女子なんだけど、靖男に激しく同意――。 「て言うか、琢己に似てねえ?」 爆弾発言をしたのは、もちろん繁だ。 「言っとくけど、中学のときから、ずっと! 続いてるんだからな」 何が言いたいのか、麻生はそんなふうに言いわけした。 「うん、よく覚えておくよ、麻生」 それを言ったのは紺野で……え? 「琢己。剣道がんばって、もっと鍛えてね」 「お、おう……」 紺野にニッコリ言われて即答したけど、ぜんぜん話が見えねえ。……ま、いっか。 「どっちにしたって、夏休みも部活ばっかだし。誰かのせいで」 「地元の道場通う余裕は、取ってあるだろ?」 繁はあっさり言ってくれたけど、それ、いつもと変わりませんから……。 「それなら夜か」 紺野がつぶやき、またドキッとさせられる。 「いいんじゃない? どこかで花火やろう」 靖男が言い出して――。 「川原だな」 「駅向こうの?」 「ちょうどいいじゃん、琢己の家近いし」 みんな、口々に好きなことを言って、食事に戻りながら会話が弾む。 「琢己」 ケータイをしまった麻生に小突かれた。 「予習は、しっかりな」 小声で言ってきたのは仕返しのつもりか。 「おまえも、予習は生かせよ」 珍しく、うまいセリフが口から飛び出た。 「……わかったよ。悪かった。もう煽らないから、そっちで勝手にやってくれ」 うんざり返されて、笑えた。でも、これだけは釘を刺しておく。 「もう、『歩夢』って呼ぶなよ」 「呼べるか。さっき、『麻生』って呼ばれたし」 こそこそと話しながら、サッと向かい側に目を走らせた。繁と靖男に気づかれないように、改めて麻生に尋ねる。 「おまえ、なんで最初からわかってたんだ?」 一瞬、きょとんと俺を見て……思い当たったようにハッとして――麻生は、呆れたように肩を落とした。 「わからなかったおまえが鈍すぎるんだ」 ボソッと言って、箸を取る。 「最初の日。ここで。つきあってるやつ、いるのかって……おまえに訊いてたじゃん」 「え……」 俺は、そっと紺野に目を向ける。今の話が聞こえていたのか、コクッと頷いた。 「ものすごく……遠回りしたんだな」 しょんぼり本音を漏らした俺に紺野は笑う。 「これからでしょ」 これから――。 「夏は、これからだよ」 明るく響いた紺野の声に、靖男が乗った。 「だな、これからだよね?」 「そう、これから。がんばろうな!」 何をがんばるのか……けど、意味不明なまま、みんなコックリ頷く。 「今度の土曜日、行くから」 紺野は両手で持ったパンにパクつきながら、上目づかいに俺を見る。 「岩田先生紹介の、スイミング・クラブ」 「マジ? それは、がんばらなきゃな!」 繁の能天気な声を聞きながら、俺は顔も胸も熱くなる。色っぽく見つめられるだけでなく……テーブルの下で、脚が触れてきたから。 「予習して……おけよ?」 思わず言えば、サラッと返してきた。 「楽勝、わりとすぐだけど」 「おまえら、言ってること意味不明〜」 靖男が天然で言ってくれて、紺野が説明する。クラブは三つ先の駅が最寄りなんだけど駅近なのに道が入り組んでるからさ――。 大丈夫、俺には伝わった。土曜日は明後日だけど、予習しておくから泊まりに来い――。 昨日は、あれから一緒にシャワーを浴びて、ベタベタになっていた体を流し合った。風呂場でも、また同じようになったのは言うまでもない。 「これからだな」 俺が気持ちを込めて言えば、紺野はやわらかな笑顔で答える。 「そうだよ、これからだ」 テーブルの下で、触れていただけの脚が絡まってきて――俺はときめく。 歩夢……おまえ、マジ、情熱的だよ。ホント、俺、がんばらなくちゃ。 「キモ〜、琢己がホホ笑んでる〜」 「うっせ! おまえだって、もっとがんばるんだろ靖男!」 「え」 了 ◆BACK ◆作品一覧に戻る |
素材:KOBEYA