Words & Emotion   Written by 奥杜レイ




    レタス畑で愛をささやけ
    ‐12‐




     そうして夕食の席になって、佐伯の真意は明らかにされる。
    「……どうしたんだ。ケンカでもしてるのか?」
     佐伯と並んで座り、互いに無言で食べ続けているうちに父親が呆れたようにこぼした。
    「ま、なんだ。ケンカするほど仲がいいって言うしな――」
     どちらも何も答えなかったからか、ひとりでそう納得したようだった。
     ケンカするほど仲がいいって……そうならいいんだけど。
     ぼそぼそとごはんを口に入れ、純一は胸のうちでつぶやく。
     マジ、そうならいいんだけど――。
     やがて食事が終わり、父親が席を立とうとしたら佐伯が呼び止めた。
    「すみません。折り入ってお願いしたいことがあるんですが、聞いてもらえますか」
     まっすぐに父親を見つめ、いつにない改まった態度で言った。
    「いいぞ。なんだ?」
     父親も改まった態度になって返した。
    「俺を、婿にしてもらえませんか」
     きっぱりと、はっきりそう言った佐伯を見つめ、父親の口がぽかんと開く。純一も佐伯の隣で父親とまったく同じ反応をして、どのくらいしてからかハッとなった。一気に顔が熱くなる。
     な、なに言ってんのっ? ば、バカじゃねーのっ?
     声に出してののしったつもりが、まったく声にならなかった。いっぱいに見開いた目を向けて、ただ佐伯を見つめる。
     父親にもじっと見つめられているのに、佐伯は少しも怯まない。同じように見つめ返している。
    「それは、ずっとうちにいたいということか?」
     ようやく父親の口から声が出てきた。
    「そうです」
     やはり、きっぱりと佐伯は返す。
    「独立しないで、ずっとうちの畑でやっていきたいということなら、正直、助かるが――」
    「はい。それは、そのとおりです」
    「そうなのか?」
     急に明るく父親は返した。
    「いや、婿って言われるとあれだが、今も家族みたいなものだし、畑にも熱心でいてくれて、よろしく頼むと言いたいところだが、先のことはそれほど急がんでもいいだろう」
    「――わかりました。聞いてもらえただけでも、よかったです。覚えておいてください」
    「わかった」
     純一は一言も口をはさめなかった。それでいいのかと父親が心配になる。
     でも――。
     うれしさが込み上がる。たまらない喜びになって全身を満たす。佐伯はこの家を出ていかない。はっきり、そう言った。
     ――けど。
     婿にしてくれなんて、臆面もなく口にできる神経が信じられない。父親は佐伯が居続けると聞いて喜んだようだけど、半分だましたようなものではないか。
     だって、婿って。
     自分を抱くということだ。いつなのか、今夜なのか。思って、カァッと純一は顔が熱くなる。父親に悟られないように、佐伯にも知られないように、夕飯の片づけも入浴もすべて終えて、離れに戻ってから佐伯に噛みついた。
    「信じらんねーよ! なんであんなこと、お父さんに言うんだよ! 恥ずかしすぎるだろ! つか、ゼッテー通じてねえって!」
    「ま、通じるのもどうかってとこだな」
    「だったら言うなよ!」
     広縁に突っ立ち、赤みの引かない顔で純一はまくしたてるのに、フンと佐伯は鼻で笑う。
    「言わないと、誰かさんの機嫌が直らないからだろ」
    「あっ」
     一瞬の間に腕を捕られて佐伯の部屋に引っ張り込まれた。その勢いで畳に押し倒される。
    「おやっさんには申し訳ないけど、嘘は言ってない。バレたら、それで勘弁してもらう」
     息もつけずに、純一は佐伯を見上げる。今までに見たことのない、艶っぽい顔になっていた。
    「ん? どうした? ――ご希望どおり、楽しい初夜の始まりだぞ?」
     低い声で、ひっそりと甘くささやくから、真っ赤になって固まってしまう。
    「あんなにかわいくおねだりしたのに、ビビったか?」
    「な、ない!」
     それだけは、どうにか言って返せた。
    「――そうか」
     佐伯の唇がゆっくりと降りてきて口をふさぐ。熱く濡れた舌が強引にねじ込んでくる。
    「ふ、ん」
     ねっとりと舌を絡め捕られ、やわらかく口中をまさぐられ、これまでにないディープなキスに純一は意識を持っていかれる。体中が熱くなって、手首を押さえつけられている指の先まで力が抜けていく。鼓動が高まり、胸が溶かされて、欲望が硬く起ち上がった。それを、股間に膝をついている佐伯に知られたと思う。でも、それでいいと思う。
    「そのまま、おとなしくしてろよ?」
     糸を引かせてキスを解くと、くすっと笑って佐伯は離れた。押し入れを開けて、敷布団一枚を畳に広げる。そうしても、部屋の明かりを消すでもない。
    「――来いよ」
     佐伯が呼ぶ。甘い毒を感じさせる、誘惑に満ちた低い響きで。
     ゾクッと全身が震え、純一は心臓をつかまれたように感じた。佐伯は布団の上であぐらを組んで待っている。這うようにして佐伯の前まで行った。たちまち抱きすくめられた。
    「純一――」
     頬を重ねてきて、佐伯は耳元でせつなく呼ぶ。肩に顔をうずめてくる。
    「愛してる」
     熱く、深い吐息と共に聞かせた。
     あ――。
     純一は息が止まりそうになり、大きく開いた目がじわりと潤んだ。
    「俺が言うんじゃ、信じられないか? けどな――そうとしか言えない」
     掠れた低いささやきは、胸の底まで真摯に響き渡り、純一を熱く満たした。
    「信じさせてやるから。たっぷり、教えてやるから」
     目を覗き込んできた眼差しは、まっすぐに純一を射抜き、芯から痺れさせた。
    「はっ、ん――」
     唇を奪われ、純一は佐伯の胸に背でもたれるように抱き直される。そうしてもキスは解けず、いっそう深く貪られながら、佐伯の両手に体中をまさぐられ始めた。
    「ん、んっ」
     胸を這う手は、湯上がりに着た薄いTシャツの上から丹念に乳首を刺激して、もうひとつの手は、大胆に下肢に伸びてハーフパンツの中にもぐり、純一の硬い欲望をじかに包んであおる。
    「は、あ、ダメ……っ」
     またたく間に射精感が募り、純一は身をよじった。熱くてたまらない。ぐったりと佐伯に身を預け、浅い呼吸を繰り返す。
    「いいから、イっちゃえ。これじゃツライだろ」
     甘ったるく耳に吹き込まれ、背筋がゾクッとする。執拗にまさぐられる胸からも快感が湧き出るようで、腰がくねって止まらない。
    「……かわいいいよ、マジ」
    「は、あん!」
     ぐりっと、欲望の先端をえぐるように指の腹でこすられ、喉が仰け反った。そこに、きつく吸いつかれる。
    「あ、あ、あ」
     額に汗が滲む。息が続かない。心臓が破裂しそうに鳴り響く。佐伯の胸に包み込まれ、成す術[すべ]もない。
    「――純一」
     ことさらに甘く呼ばれ、下肢をむかれた。嫌でも目が行ってしまう。佐伯の大きな手の中で、はち切れそうなほど充実した自分の欲望が露を吐き出している。
    「ここも、やっぱりきれいだ」
    「や……あっ」
     こらえようがなかった。ぐっと強く、数度ほど淫らな刺激を加えられただけで、佐伯の手を白くべっとりと濡らしてしまった。そのすべてをまざまざと目に焼きつかされた。
    「お、オレ……!」
     うろたえる純一の口を佐伯はまたふさいでくる。唇を唇で押すやさしさで、純一をゆったりと横たえた。片手でTシャツをめくり上げて引き抜き、純一を全裸にする。
    「は、あ」
     純一は胸が上ずってならない。かたわらで佐伯もTシャツを脱いだと知れても、目も向けられない。視界が潤んでぼやけている。そんなつもりは少しもないのに、まばたいた端からしずくがこぼれて、こめかみを伝っていく。
    「純一」
     熱く感じる手で両目の涙を拭われた。視界を覆い、佐伯は蕩けそうな笑顔で見つめてくる。
    「怖いか?」
     怖くはない。どうしようもなく、自分が頼りないだけ――弱く、小さな生き物になったように感じるだけ。
     だから、首を振った。それすらも、弱々しい動きにしかならなかった。
    「ん――大丈夫だ。心配するな」
     吐息を溢れさせて佐伯は体を重ねてくる。しっとりと素肌が合わさり、純一はまた喘いでしまう。
     ……気持ちいい。
     熱くて、でも心を溶かす温かさで、ああやっぱり佐伯だと、それだけを思った。
    「……純一」
     佐伯が呼ぶ。何度も、何度でも。
    「純一」
     そうして広い胸で包み込むように純一に抱きついてくる。
    「かわいい……どうしようもなく」
     額に、濡れたこめかみに、頬に、顎に、次々とキスの雨を降らせていく。肩に、喉元に、胸のささやかな粒に。
    「はっ、や――」
     どうしてそこがそんなにも感じるのか純一にはわからない。だけど佐伯の熱い舌に転がされ、たっぷりと舐められ、やわらかく吸われていると、じんじんと疼いてきて腰にまで伝わる。
     ピクッと、また欲望が起ち上がった。その裏の、ずっと奥に、佐伯の手が伸びていく。誰にも触れられたことのない、自分ですら触れたことのない、未開の谷間をえぐり始める。
    「あっ」
    「大丈夫だ、力を抜け」
     跳ねそうになった腰は佐伯の重みで押さえられた。
    「ほら、膝立てられるか? おまえは、おとなしく感じてろ」
    「や、ああ、んん――」
     熱い舌が絡みついてきて、起ち上がった欲望はたちまち硬度を増す。ずっぽりと佐伯の口の中に納められ、ダイレクトな快感が純一をせめぐ。
    「は、あ、あん!」
     背がしなり、顎が仰け反った。ふるふると全身がわななく。たまらない。また吐精しそうになるのを我慢できない。
    「イきたいなら、イっとけ」
     甘く低いささやきが純一をそそのかす。純一の欲望を舐め回し、唇でしごき、びしょびしょにして追い上げていく。
    「はっ、あ――」
     身をくねらせ、純一は悶えた。片脚がせつなくうごめき、性感が高まるばかりの間に、佐伯の指に侵入を許してしまう。それはもはや深いところまでもぐり込んでいて、純一の中で淫らに動いていた。
    「は、だ、ダメ」
     口走るも、何がどうダメかなど自分でもわかっていない。燃えそうに体が熱い。欲望の中心も、佐伯に探られる中も。
    「ヤ、もっ……」
     やるせなく、顔に乱れた髪を手でかき上げる。そのまま額を押さえて、強烈な快感に耐える。
    「純一――」
     胸を締めつけそうな、吐息交じりの声が聞こえた。
    「きれいだ、すごく……たまらない、色っぽい――」
    「あ……ああっ」
     濁った嬌声を上げ、純一はまた達する。ぎゅっと、今一度強く佐伯にしごかれたのもあって、ひとたまりもなかった。だけどそれよりも、佐伯の声に感じてしまった。
     色っぽいって……あんたのほうが、極悪に色っぽい――。
     顔を覗き込んできた佐伯の表情に目が釘付けになる。何もかも奪われると予感させられる。
     乱れ髪が額に散り、笑みを刷[は]いた濡れた口元も、うっとりと細めた陰で力強い光を放つ瞳も、圧倒的な男の色気を滴るほどに感じさせる。
     熱く湿った吐息が湧き上がった。佐伯に見惚れ、純一は薄く開いた唇から細く息を吐き出す。
     もう、どうなってもいい。この男のものになるのだから、何をされても構わない。この男のものになってしまいたい――。
    「純一」
     フッと佐伯が笑う。今にも泣き出しそうな笑顔に見えたのは気の迷いか。
    「……俊哉」
     広い背中に両腕を絡めて純一は抱きつく。触れた肌が汗に湿って感じられることにも、佐伯も荒く呼吸を乱していることにも、胸いっぱいに佐伯の匂いを吸い込んだことにも心が満ちた。
    「ん――」
     たっぷりと深いキスをもらう。佐伯の指は純一の中にあって、今また動き始めた。ゆるゆるとほぐされ、それを体が受け入れていることを純一は感じる。
     熱く、やわらかく、全身が溶けていく。佐伯の指の形まで感じて、内壁がうごめく。
    「ちょ、……おいっ」
     慌ただしくキスを解き、佐伯が悔しそうに漏らす理由がわからなかった。ずるっと指を引き抜かれ、覚えのない喪失感を知る。
    「ったく、そんな、あおるな」
     体がからっぽになったみたいで純一は淋しい。身を起こした佐伯を目で追う。かたわらで膝立ちになって、穿いていた薄手のイージーパンツを下ろす。
    「あっ――」
     カッと顔が火照り、純一は大きく息を飲んだ。たまらず、目をそらす。
     あ、あんな、デカイの――。
    「こら。今さらビビるな」
     笑い含みにささやいて、佐伯は体を重ねてくる。
    「で、でもっ」
    「うるせー。とっくにトロトロになって、俺の指を咥え込んだくせに、言わせないからな」
    「――えっ?」
    「だから――」
     純一の頭を胸に抱き寄せ、佐伯は腰を合わせた。硬く滾[たぎ]りきった怒張[どちょう]が、ぬるりと純一の股間に滑り込んでくる。
    「おまえは、気持ちよく感じて溶けてろ」
    「んっ」
     ぴったりと口をふさがれる。いっそう熱を帯びた舌に、とことんなぶられる。うまく息ができなくて、胸が上ずって、純一は応えることもできない。胸をまさぐる手の動きにも感じて、腰がくねる。佐伯にしがみつきたくても腕に力が入らない。
    「はあっ」
     唇を解放され、吐息が溢れ出た。
    「あ、んっ」
     その間に佐伯が入ってきた。ぐいっと、一息に。
    「あ、あ、あ」
     驚きに顔が歪む。佐伯を探して目が泳ぐ。目が合って、じわっと涙が溢れた。
    「……痛くはないだろ?」
     少しだけ、ほんの少しだけ、気弱そうに漏らした佐伯に、余計に涙が溢れる。
    「――ん」
     痛くはなかった。本当に。だから、小さくうなずいた。
    「かわいい……」
     たまらない吐息を漏らして佐伯が額にキスする。唇に欲しくて顎を突き出した。
    「ん……」
     自分をいっぱいに満たす佐伯を感じる。深く納まり、だけど動こうとはしないやさしさを胸いっぱいに感じた。
     キスが甘くて、どうしようもなく甘くて、心も体も溶ける。本当に、トロトロになっているんじゃないかと思う。指の先まで痺れて、全身が沈んでいくように感じる。
    「ほら」
     佐伯に腕を捕られた。片方ずつ、佐伯の首に絡められる。
    「ほら」
     笑顔で、またキスされた。自分から舌を絡めて、欲しいだけ貪った。
     ゆっくりと佐伯が腰を使い始める。ずるっと内壁をこすり、じっくりと小さな動きで純一の中を行き来し始める。
    「ふ、んっ」
     キスでふさがれていても声が出た。佐伯の首に絡めた腕に力が入る。
    「はっ、ん!」
     ズッと、佐伯の張り詰めた肉の先が、内側から純一の体を突く。
    「あ、ああんっ」
     また、同じところを。
    「純一……」
     キスが解け、顔を離して佐伯が見つめてきた。だけど、純一は目を合わせられない。勝手に口から飛び出していく嬌声を抑えられない。
    「は、あっ……ん――あっ、あ、あ、はぁっ!」
     佐伯の首にかじりついた。どうして自分がこんなふうになるのかわからない。もう佐伯にも知られている。再び起ち上がった欲望は既に硬く、ぬるぬると佐伯の腹にこすれている。
    「あ、いや……っ、な、んんん」
    「こら。我慢するな」
     そんなことを言っても、余裕のない響きだった。純一は、佐伯と目を合わせる。
    「――あ」
     その表情に感じた。胸が熱くなる、どうしようもなく、じっとしていられなくなる。
    「俊哉、俊哉!」
     ぐっと唇を引き結び、眉をひそめた顔は明らかに快感に耐え、男くさい色気を滴らせていた。自分の体とつながってそんな顔をしているのかと思ったら、また涙が溢れた。
    「俊哉――」
     頬をすり寄せ、純一は佐伯を呼ぶ。もっと、もっと深くつながりたいと、腰を突き上げて揺らめかせる。
    「くそっ」
     悔しそうな声にも感じた。切羽詰まったように、突然に始まった熱っぽい抜き挿しさえ、またたく間に純一を絶頂に押し上げた。
    「あ、あ、あーっ」
     ほとんど叫びにも似て、純一は快感を訴える。佐伯に振るい落とされないように、しっかりと首にかじりつく。
    「くっ」
     佐伯の漏らす声も快感を訴えるものだった。純一は、もう何も考えられない。感じるままに吐き出す。
    「い、あっ、いいっ」
    「純一、純一!」
    「いいっ、そこ……っ、あ、ああんっ」
     どれほど甘ったれた声が出ても、自分の耳には届いてなかった。佐伯の力強い律動に揺さぶられ、意識のすべてが佐伯に向く。佐伯の表情を拾い集め、佐伯の漏らす声を聞き集め、胸がいっぱいになり、幸福で満たされて、精を放つ。
    「はあん、い、……ああ――」
     ぐったりと布団に崩れ、佐伯の首から腕がほどけるが、佐伯も崩れてくる。
    「くぅっ……」
     体の奥深いところに佐伯の熱が散ったと感じた。
    「……純一」
     汗で濡れた髪をかき上げ、佐伯が額にキスする。閉じていた目をうっすらと開ければ、唇が重なってきた。
     今一度、たっぷりとしたキスをもらう。意識が遠のいていくようで、ひどく重く感じられる腰が快感の疼きを残していた。
     そのあとどうなったか、純一はあまり覚えていない。ゆらりと抱き起こされた感覚があった。濡れたタオルで体を拭かれた感覚も。
     軽く揺すられて目が覚めた。間近に佐伯の顔を見て、真っ赤になった。部屋の明るさから朝と知る。今まで生きてきた中で、一番幸福な朝だった。


     洗いたてのような太陽が視界一面の畑を照らしている。夜のあいだに水分をたっぷり吸ったレタスは見た目にも瑞々しく、爽やかな緑色だ。
    「おい、大丈夫か?」
     隣に来て、耳打ちするように佐伯が言った。
    「平気」
     答えて、にっこりと純一は笑って見せる。照れて、佐伯が頬を染めるのがひどく新鮮だ。腰はだるくても心は軽い。
    「ヤバイな……」
     ぽつりと佐伯が言った。
    「なにが?」
     尋ねれば、いっそう照れたように答えてくる。
    「その顔。おやっさんにバレそう。俺も、そそられてヤバイ」
     引き締めて見せようとしたがダメだった。レタスしか見ていない中で、純一はキスをねだる。つっと、佐伯の唇に唇を寄せた。
     たちまち抱きすくめられ、望んだ以上のキスになる。ぴったりと体が合わさり、布越しにも佐伯のたくましい胸を感じた。キスが解けて、浅く息をつく。佐伯の肩に頭を預け、うっとりと酔う。
     そう――まだ、言ってなかった。あんなにもたくさん愛されて、自分がどんな気持ちか。
    「俊哉――」
     純一はささやく。佐伯の耳に唇を寄せて。
    「愛してる」
     誰よりも、いつまでも。
     あと数ヶ月もすれば、この畑も一面の緑に染まる。そのときにも佐伯はいて、収穫の喜びを分かち合いながら、きっと、もっと深く愛し合っていることを思う。
    「俺もだ。――純一、愛してる」
     しっかりと返された声を聞いて、もう一度唇を重ねた。


    おわり


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    素材:あんずいろ