Words & Emotion   Written by 奥杜レイ




    真野くん!
    ‐1‐

    =お遊び企画/読者参加型小説=




       男子たるもの、うじうじしているなど言葉にも及ばず、何事も真っ向から挑むべし。
       わざわざそんなふうに考えなくても普段からそうなのだが、昨夜改めてそう思ったらやけに気分がスッキリして、真野康史[まのやすし]は朝から放課後が待ち遠しかった。
       高校二年になって夏休みも目前の今日、勇気を出して佐宗実[さそうみのる]に告白する。男が男に告白するのだから、遠回しに言ったのではダメだ。どーんと体当たりで、それこそ真っ向勝負を仕掛ける。
       うん!
       小さな体でぐっと拳を握り、真野は何度も自分に言い聞かせた。実のところ相手は手ごわい。なんと言ってもクラスで一番、いや、もしかしたら学年で一番、ヘタすると校内で一番モテる男だ。
       だよな。去年の文化祭のミスターコンテストで準優勝だし。
       優勝は去年の三年生だったように記憶しているが、なにしろ佐宗しか目に入らなかったから、ほかに誰が出ていたかも覚えていない。
       三年生だったらもう卒業していないんだし、今はやっぱ佐宗が一番ってことだよな。
       実際、今日も佐宗の周りは朝から花盛りだ。女子の取り巻きなんて、こっそり読んだ姉のマンガでしか見たことがなかったが、本当にあるのだ。
       残念ながら、佐宗とは今年になって初めてクラスが同じになったから、去年も女子の花盛りだったかは知らない。文化祭のミスターコンテストで一目惚れして以来、たまに廊下ですれ違うくらいしか接点がなかったのだ。今年の四月、一学期の始業式の日に、女子に囲まれている様子を初めて目の当たりにして、『カッコイイ』と一番に思った。
      『それ、ヘンだから。男なら、うらやましいとか、ねたましいとか思うのが普通だから』
       友人の深大寺三月[じんだいじみつき]は呆れた顔でそう言ったが、そんなふうには少しも思えなかった。
       あの女子の輪の中心にいたいと思うよりも、あの女子の輪に入りたいと思った。一緒になって『佐宗くん、ステキ』と言えるなら、どんなにいいだろうと思った。
       さすがにそこまでできなかったのは、自分が男だという自覚があるからだ。群れなくては行動できないなんて、男には恥だ。男なら何事も真っ向から――以下略。
      「はー……」
       今も佐宗を見つめて真野は熱っぽい溜め息を溢れさせる。こっそり読んだ姉のマンガには『学園のプリンス』なるものが登場して、主人公の女子がベタ惚れするのだが、佐宗こそ、まさしく『学園のプリンス』ではないか。
       見事なまですらりとした長身に、爽やかな笑顔がまぶしい。端整な顔立ちとはあのような顔を言うのであって、テレビに出てちゃらちゃらしている男など比べるにも値しない。
       髪は、もちろん黒だ。長すぎず、短すぎず、体育の授業のあとも洗い立てのようにサラサラで、風にそよぐようで最高にいい。声もよくて、これもまた甘すぎず、低すぎず、腰に響くような感じがたまらない。
       女子にまつわりつかれても少しも嫌な顔をせず、常にやさしく、極めて紳士的な態度も好ましい。モテている自覚は当然あるだろうに、それを鼻にかけるような様子はまったく見られない。
       なんて言うのかな……悠長? 違うな、悠然? そう、悠然って感じ。
       瑣末なことに動じないようなところが特に惚れた。外見がいいだけでなく、実に男らしい。男の自分に告白されても驚いたりせず、ちゃんと話を聞いて、ちゃんと考えてくれるだろう。
      「いいよなー……佐宗」
       彼とつきあえたら、どんなに幸せだろう。恋人になれたら――抱き合ったり、キスしたり、もちろん、その先も――。
      「むふふ」
       下卑た笑いが漏れたそのとき、呆れた声が降ってきた。
      「また言ってんのかよ」
      「三月」
       見上げるのを待っていたかのように、頭をペチッと手ではたいた。
      「いってー、なにすんだよっ」
      「ばーか。いつまで惚けてんだよ。帰らないのか?」
      「えっ!」
       とっくに放課後になっていたようだ。慌てて教室を見回すが慌てるまでもない。今の今まで佐宗に見とれていたわけで、佐宗はまだ教室にいる。
       だが鞄を取り上げ、席を立った。すぐに女子がふたりやってきて佐宗に話しかける。足止めされたように見えたが、そのまま三人で話しながら戸口に向かって歩き出した。
      「ヤベェ!」
      「って、なにが――」
       深大寺の声など耳に入らず、ガタッと音を上げて真野は立ち上がった。机の上には六時間目の授業で使った――正しくは出しただけの英語のテキストが閉じたまま置かれていて、それが床に落ちたが気にしてもいられない。
       物は大事にしなくちゃいけないんだけど!
       祖父に叩き込まれた性根が出そうになったが、そこはこらえた。佐宗の後ろ姿を追って、廊下に飛び出す。
       佐宗は帰宅部だ。生徒会も委員会もしていない。向かう先は下駄箱のほかにあるはずもなく、女子ふたりを引き連れてどんどん先に行ってしまう。
       歩くの、速っ。
       単に下校する生徒で廊下が混雑していて、佐宗の存在感と真野の存在感の差で、歩きやすさが違うだけの話なのだが、とにかく真野は思うように先に進めない。
      「康史、どこ行くんだよ! 鞄は?」
       深大寺の声が追ってきた。あたりまえだが振り向く余裕は今の真野にはない。
      「佐宗!」
       思わず叫んだ。A組からE組の前まで来るだけで、もう息が上がっている。もっと体を鍛えなくちゃダメだ――余計な思いが湧いて、激しく頭を振った。無駄にくらくらする。
       あー……オレって!
       空回りは得意中の得意、だが反省はあとだ。呼んだのに佐宗は聞こえなかったのか、まるで気づかずにさらに先を行く。
      「佐宗! 待って、佐宗〜!」
      「ちょ、康史! おまえ、なに言って――」
       肩に手がかかった。深大寺とわかったが振り払う。佐宗が振り返った。止まってくれた。
      「佐宗……!」
       ようやく目の前まで来て、真野は息を切らせて佐宗を見上げる。
       やっぱり男前だ。当然ながら男前だ。
       この顔を前にすると声が出なくなってしまうから、今日まで告白できずにいた。今も心臓はバクバクうるさいし、口からはハアハア乱れた息しか出てこない。
      「どうしたの、そんなに慌てて。ぼくに何か用? ――真野?」
       真野! 真野って、佐宗が呼んでくれた!
       いちいち感動してしまうのは真野の『仕様』だ。胸がじーんとして、じわっと涙が出た。
      「え……? 真野?」
       また!
       佐宗が困ったように見下ろしてくる。でも、とてもやさしい眼差しだ。
       どうしたの、真野。言いたいことがあるんだろう? 言ってごらん?
       心の声が聞こえた。
       ありがとう、佐宗……ありがとう、ありがとう!
      「佐宗、オレ――」
       唇が震えそうだったけど、開いたらちゃんと声が出た。それに勇気づけられ、真野は思い切って言う。
      「オレ、佐宗が好きだ! 抱いてくれ!」
       きゃー、と聞こえたが、空耳ではなかったのか。
       周囲にいた何人もの生徒が一瞬で引いた。佐宗と一緒にいた女子ふたりも、仰け反るみたいに後ろに下がった。
       時が止まったように、それきり誰もが動かない。真野と佐宗を中心に、遠巻きに人の輪が出来上がっていた。
       真野は、佐宗をじっと見上げる。もともと大きな目をさらに大きくして、佐宗の返事をひたすらに待った。
      「真野……」
       やがて聞こえた声は、上ずっていた。それまで目を丸くしていただけの佐宗の顔が、見る間に苦しそうに歪む。
      「無理」
       そう言った途端、冷ややかな目になった。
      「て言うか、冗談は休み休み言え」
       ガーン……姉のマンガになら、そんな効果音が書かれる場面に違いない。
       またそんな余計な思いが頭に浮かんだときには、佐宗は後ろ姿を見せていた。一緒に教室を出てきた女子ふたりに声をかけて、一度も振り返らずに廊下の角を曲がって消えた。
       そうなって、やっととでも言うのか、周囲にざわめきが戻った。くすくすと笑う声まで聞こえてくる。
       しかし真野は呆然としたままだった。それぞれに動き始めた生徒たちが周囲から消えていっても、自分は動けないでいた。
       ぽん、と肩に手を置かれる。のろのろと振り向いたら、深大寺だった。
      「まー、なんて言うか。お疲れさん」
      「は?」
      「あの佐宗に、よりによって廊下でコクったんだから、今日は褒めておくよ」
      「え?」
       メガネの奥から哀れむような目を向けられて真野は戸惑う。深大寺が何を言っているのか、本気でわからない。
      「康史――」
       深大寺は急に顔を曇らせる。うろたえたように視線をさまよわせ、改めて見つめてきた。
      「からかうようなこと言って、悪かったよ。おまえマジだったんだな。そんなにショック受けるなんて――」
      「いや? ぜんぜん?」
      「え」
       今の告白は失敗だったことは自分でもわかるが、深大寺が気づかうほどショックではない。それより、別のことが気になっていた。
      「なあ。『休み休み言え』って言われたけどさ。それって、どう言えばいいんだ?」
       深大寺は頭がいいから知っているだろうと思い、そう尋ねてみた。
      「どーんと体当たりで行くのがいいと思って、そうしたんだけどさ。ちょっと直球すぎたかな? 休み休み言えばいいのはわかったんだけど、オレ、そういうの知らなくてさ」
       深大寺はぽかんとした。真野にもわかる。文字どおり、口がぽかんと開いている。
      「三月? 聞いてる?」
       ハッとしたように深大寺は口を閉じた。真一文字に引き結び、真剣な目でじっと見つめてくる。
      「……前から思ってたんだけど」
      「うん?」
      「おまえ、真性のバカだな」
      「……しんせい?」
       またもや新しく聞く言葉だ。しんせい……神聖? いや、新制? オレが神聖なんてないし。いやいや、自分でも純粋なほうだと思うから、やっぱ神聖?
      「――アホ」
       パコッと頭をはたかれた。
      「いってー。なんでだよう」
      「おまえが考えることなんて、簡単にわかるんだよっ」
      「なんで、どうしてっ」
       わめくも深大寺に手を引かれて教室に連れ戻されてしまう。その間にも、次々と言葉を浴びせられた。
      「真性っていうのは、生まれつきって意味だ。純粋ってことだよっ」
      「やっぱ、合ってるじゃん」
      「おまえが考えてるのは、違う! 生まれつきのバカだって言ってんだよ、俺は!」
      「ひどっ」
      「佐宗のほうが、もっとひどいぞ! おまえがマジにコクったのに、冗談だって言ったんだからな!」
      「えー。なら、やっぱもう一度コクらないと」
      「違うだろっ」
       どうしてそんなに深大寺が怒っているのか、真野はわからない。教室に入ると、深大寺に監視されるようにしてテキストやら何やら鞄に詰め込んだ。
      「ほら! 今度こそ帰るからな!」
      「……そんなに怒るなよー」
      「おまえがバカすぎるからだ!」
       あんまりだと思う。佐宗への告白は失敗に終わり、深大寺に怒られるのでは、立つ瀬がないではないか。
       教室を出て廊下をしばらく行ってからだ。深大寺が急に足を止めた。
      「ちょ、なに?」
      「おまえさ――」
       怖いほど真剣な顔を向けてくる。
      「マジ、佐宗に抱かれたいわけ?」
      「そうだけど――なんで?」
      「いや……いい」
       ムッとして深大寺は顔を前に戻す。それまでよりも早足になって、先に歩き出した。
      「ちょ、待てよ三月!」
       急いで追うが、真野は納得がいかない。
       三月……なんでそんなに怒ってるんだよー。
       ちょっと泣きたい気分だった。


      つづく


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