Words & Emotion   Written by 奥杜レイ




    真野くん!
    ‐2‐

    =お遊び企画/読者参加型小説=




       「抱いてくれ」が直球すぎたなら、なんて言えばいいんだ――?
       男に告白するにはそれが一番だと思っていた。なんと言っても、どのくらい好きなのか、どんなふうにつきあいたいのか、一発でわかる。だが、まさか返事まで「無理」と一発で済まされてしまうとは思わなかった。
      「うーん……」
       ない知恵を絞って、真野は考える。佐宗に告白して玉砕した翌日ではあるが、いたって元気だ。
       昨日は帰りに、深大寺がアイスをおごってくれた。それも、『バナナアンドストロベリー』に『チョコレートチップ』のダブルだ。
       どういう風の吹き回しか、それまでムスッとしていた深大寺がアイスをおごるなんて急に言い出すから、さすがにビクついて『バナナアンドストロベリー』をシングルで頼んだのだが、いつもみたくダブルにしろ、なんて言われたから、むちゃくちゃハッピーな気分になった。
       ――うん。三月って、マジいいヤツなんだよなー。
       深大寺がアイスをおごってくれた理由になど真野が思い及ぶわけもなく、その直前までバカだとののしられて怒られていたことさえ、あっさり頭から消えている。さらには、佐宗に次はどう告白しようか、今考えていたはずのことまで、昨日のアイスで既に消えていた。
       ……ん?
       鼻歌まで出そうな上機嫌で朝の廊下を行く真野だが、B組の前まで来て、いつもと様子が違うことにようやく気づいた。
       なんか……見られてる?
       もう、遅刻ギリギリの時間だ。教室だけでなく廊下にも生徒は多くいて、そのほとんどがちらちらと視線を投げかけてくる――気がする。なんとなく、笑われているような気も。
       えー……。
       顔に何かついているかと手でこすりながら自分の教室のA組に入ったら、一斉に視線を浴びた。ニヤニヤと見つめられたり、気まずそうに目をそらされたりして、席にいた深大寺に咄嗟に駆け寄る。
      「なあなあなあ! オレ、何かついてる?」
      「……バーカ」
       地を這うような声で返された。
      「自分が昨日したことも覚えてないのか?」
      「――え」
       思わず佐宗に振り返った。一瞬目が合ったものの、サッと顔を背けられる。
      「う」
       じわっと涙で目が潤みそうになった途端、ぱかん、と頭をはたかれた。
      「てっ」
      「んなの、あとにしろ。先生、来たぞ」
       教室に入ってきた担任の織田の険しい顔が目の端に映り、慌てて自分の席に着いた。
       それから昼休みになるまで、真野には珍しく溜め息が止まらなかった。なにしろ、佐宗があからさまに自分を避けている。視界に入れることすら苦痛とでも言うように、何度目を向けても、先に顔ごと背けてしまう。
       深大寺が、次は教室移動だの、体育だから早く着替えろだの、何かと気づかってくれているとわかっても、少しもいい気持ちになれなかった。
       こんな、嫌われちゃうなんて……。
       まったくの想定外だ。佐宗なら、動じずに受け止めてくれると思っていたのに。佐宗の顔を見ることすらかなわない。昨日までは、好きなだけ見ていられたのに。
       コクるんじゃなかった。
       距離を縮めるどころか、もう二度と越えられない距離ができてしまったようだ。
      「ほら。唐揚げやるから、少しは元気出せ」
      「うん――」
       昼休みには深大寺まで暗い顔になって、真野の弁当箱に、ひょいと唐揚げをひとつ寄越す。これまでは、ほしがっても滅多にくれなかったのに。
      「……ありがと」
       口に放り込み、いつもながらジューシーな深大寺のお母さん手作りの唐揚げに真野は笑顔になりかけるが、そこで止まってしまう。半端に歪んだ顔を伏せて視線を流せば、同じ教室に佐宗もいて、廊下側の自分の席で数人と弁当を食べている。
       ……あそこに混ぜてもらいたかったな。
      「こら」
      「てっ! なんだよう」
       またもや、パカッと深大寺に頭をはたかれ、真野はジトッと上目を向けた。しかし深大寺は、困ったような、淋しそうな顔をしていた。
      「薄情者。俺をひとりにしたいのか」
      「え――?」
       口の中で、唐揚げの旨味がじゅわっと広がる。もぐもぐと噛んで、ごくりと飲み込み、あ、そうかと思い当たった。
       ……だよね。オレが佐宗と食べたんじゃ、三月、ひとりになっちゃうもん。
       窓際の、自分の席の前に移ってきて、一緒に昼食を取ってくれている友を改めて見つめた。今は顔を伏せて弁当に専念している。
       セルフレームのメガネに黒い癖毛がかかり、開いた窓から吹き込む風に揺れている。仏頂面に隠して何を考えているのか、ふと真野はそんなことが気にかかった。
      「あ! いたいた! 真野〜!」
       昼休みののどかな教室に、能天気な男の声が唐突に響く。
      「……宮本」
       顔を上げ、深大寺が面倒そうにつぶやいた。
       宮本は、笑顔全開で駆け寄って来るなり、意気込んで真野に言う。
      「おまえさ、佐宗にコクったって、マジ?」
       その瞬間、教室の空気ががらりと変わった。また一斉に視線を浴びた気がして、真野は首を縮ませる。
      「なあ、どうなのよ? ――ってぇ!」
       ドカッと音がして、宮本が飛び上がった。
      「んだよっ、深大寺!」
       どうやらスネを蹴られたらしい。
      「うるせーんだよっ」
      「蹴んなくたっていいだろ!」
      「慣れてんじゃねーの、毎日やってんだし」
      「はあっ?」
       ギリッと睨み合い、真野のほうがビクビクしてしまう。深大寺と宮本は一年のときからこうだ。仲がいいのか悪いのか、今はクラスが別でも、顔が合えば遠慮もなしに衝突する。
      「……へえー」
       先に緊張を解き、宮本はふんぞり返って笑った。横柄に深大寺を見下ろしてくる。
       やはり、真野のほうがビクッとした。宮本は一年からサッカー部のレギュラーで、図体がデカイ。ツンツン立たせた黒髪まで印象をいかつくさせるようで、圧迫感さえ覚える。
      「まだそうかよ。けど、今度は真野が言ったんだからな!」
      「えっ? オレっ?」
       いきなり自分の名前を出され、真野は焦りまくる。宮本が嫌いとまでは言わないけれど、話が見えないと気が引ける。
      「な、なに言ったかな、オレ――」
      「勘違いするな、宮本。バカがうつるぞ」
       宮本を上回る迫力で、深大寺が睨みつけた。
      「へーんだ、勘違いじゃないもんね。うつらなくたって、俺バカだし。バカ同士のほうが、うまくいくじゃん? な、真野」
      「え?」
       一向に話が見えず真野はきょとんとするが、宮本は再び笑顔全開になって見つめてくる。
      「俺、今日部活ないから、放課後また来るわ。待ってろよ、真野。んじゃな!」
       来たときと同じように、慌しく教室を出ていった。深大寺が悔しそうに漏らす。
      「ったく! 今日は俺、委員会だって知ってたな! 宮本のくせに」
      「――あ」
       今になって真野は思い当たる。ジトッと深大寺に目を向けた。
      「バカがうつるって、オレのこと言ったな」
      「るせ! そんなのどうでもいいから、俺が委員会に行く前に、おまえ帰れよ!」
      「なんでだよー」
      「宮本に絡まれたいのかっ?」
      「嫌だけど……」
      「なら、言うとおりにしろ! 絶対だぞ!」
      「――うん」
       納得はいかないものの、深大寺のいないところで宮本に絡まれては正直つらい。断りきれず、好きなだけ振り回されて、ヘトヘトになるのがオチだ。一年のときだが、ゲーセンについでカラオケにつきあわされ、挙句にファミレスに連れて行かれて夜遅くまでふたりで遊び回る羽目になり、体力気力とも消耗しきった過去がある。
       あのときも、あとから三月に怒られたんだよなー。危ないマネするな、って。
       宮本につきあうとヘトヘトにされるから確かに危険だと、一度つきあったからわかったわけで、あのときは先に知る由もなく、全部おごると言われて断りきれなかった。
       真野は、そろそろと深大寺を見る。あのとき宮本におごられたことを深大寺は知らない。宮本につきあって疲れたと漏らしただけで怒られたのだ。全部宮本のおごりだったなんて、言えるはずがなかった。
      「なんだよ」
       ムッとして深大寺が見つめ返してくる。
      「な、なにも! オレ、今日はさっさと帰るから! 心配しなくても大丈夫だから!」
      「……心配なんて」
       口ごもり、曖昧に目をそらした。弁当の残りをかき込むようにして、不機嫌に食事を終える。真野も、気まずいまま弁当を平らげた。
       そうして放課後になり、自分の席から監視するような視線を送ってくる深大寺に、真野はへらへらと笑って返しながら鞄をまとめた。
       深大寺も帰り支度を済ませると、わざわざ真野の前までやってくる。
      「いいな? 速攻で帰れよ」
      「わかってるってー」
       ここまで言われると、ちっとも信用されてないみたいで、さすがに悲しくなる。
      「オレだって、そこまでバカじゃないし」
       つい、うな垂れてこぼしたら、くしゃっと髪をつかまれた。見上げれば、深大寺はほほ笑んでいる。ホッとする笑顔だ。
      「うん。じゃ、俺は行くから」
       乱した髪を直すように、やさしく撫でた。
      「委員会、がんばってこいよ!」
       何をどうがんばるのか、そこまで考えずに真野は口にしていた。深大寺は苦笑して教室を出ていく。
      「オレもマジに急いで帰らないと」
       あたふたと席を立ったときだ。すらりとした長身に行く手をふさがれた。
      「――佐々木?」
      「ごめん。ちょっと、いいかな?」
       にこやかに笑いかけられ、そろそろと椅子に戻る。佐々木は周囲を気にするようにして、真野の前の席があくと、そこに腰を下ろした。
       机をはさんで身を乗り出してきて、また、にっこりと笑う。
       ――う。
       至近距離の笑顔に真野は怯んだ。
      「な、なに? オレ、急いでんだけど――」
      「ん。じゃ、ぶっちゃけて言うね。佐宗じゃなくて、おれとつきあわない?」
       えーっ、と叫びそうになった口を大きな手に素早くふさがれた。これ以上ないほど真野は大きく目を瞠るが、佐々木はにこやかに見つめ返してくる。
      「驚くのも無理はないけど、佐宗の二の舞は、ちょっとね」
       ゆっくりと手を離しながら、そう言った。
      「……マジ?」
       おのずと声を低め、真野は上目で探るように佐々木を見つめる。
      「うん」
       にっこりと笑い返された。
      「でも……佐々木だってモテるのに、て言うか、なんでいきなり」
      「真野も、いきなりだったじゃない。佐宗となんて、ほとんど話したことないでしょ?」
      「――うん」
       言われて、うな垂れてしまう。そのとおりだ。佐宗を前にするとドキドキして、告白した昨日まで、まともに話もできなかった。
       ――あ。そうか。だからフラれて……。
      「真野? 今は、おれの話聞いてくれる?」
      「あ、ご、ごめん!」
      「うん。そういう素直なトコ、好きなんだ」
       ドクン、と心臓が跳ねた。
       す、好き、なんて――。
       鼓動が駆け出してしまう。佐々木に告白されているということが、唐突に実感された。
       こ、こんなの初めてじゃね?
       自問するまでもない。何度過去を振り返ろうとも、男子はもちろんのこと、女子に告白されたことも一度もない。バレンタインデーに友チョコをもらったのが、せいぜいだ。
      「そ、それって――」
       喘ぎそうになりながら真野は言う。
      「お、オレを……だ、抱きたいって――」
      「うん!」
       言い切る前に、華やいだ笑顔で返された。
      「男同士は、話が早くていいね」
      「う、うん――」
      「もちろん、無理強いするつもりはないから。いきなりに思えるなら、友だちから始めてもいいよ」
      「佐々木……」
       胸がじんとした。始終にこにこしている佐々木から目が離せなくなる。
       イケメンなのだ。佐宗とはタイプが違うけれど、さっきも思わず言ってしまったように、佐々木も女子にモテる。
       すっきりと整った細面に茶色い長めの髪で、どことなく中性的な雰囲気がある。だけど背は高く、すらりとスタイルもよくて、今は、このやわらかな笑顔だ。
       ど、どうしよう――。
       断る理由が見つからない。友だちから始めてもいいと言ってくれているのだ。何より、自分を抱いてみたいと。
       そ、そんなこと言ってくれる男子なんて、ほかにいないかも――。
       自分がホモという確固たる自覚があるわけではないが、抱いてみたいと言われて悪い気はしない。佐々木になら抱かれてもいいかもしれないとまで思えてしまう。
       だって、佐々木ってやさしいし。
       教室で見る佐々木を思い返していた。大声を出したことなど、一度もないのではないか。女子には、モテているのもあってか、親切に見えるし、男子にも人気のように思える。
       だよな。三月みたいに、ぽかぽか人の頭たたいたりしないし。三月もいいヤツだけど、三月はすぐ怒るからなー。
       人を評価するとき、どうしても深大寺が基準になってしまうのも、真野の『仕様』だ。中学からのつきあいで、この高校に入ったのも深大寺にけしかけられたからだった。
      『俺と一緒のほうがいいだろ? 勉強は俺が見てやるから、がんばれって。ビリでも合格は合格なんだから』
       思い出したら、なんだかムッとした。学年ビリの成績は、深大寺のせいにも思えてくる。
      「真野?」
      「あ! ご、ごめん!」
      「ん。やっぱ、考えちゃうよね。まだ一日しか経ってないし。佐宗に、あきらめがついてからでもいいよ。おれは待てるから」
      「佐々木……っ」
       胸がきゅんとなって、顔が火照ってきた。ドキドキが止まらない。
       そこまで言ってもらえるなんて、これは夢ではないのか。思いがけず、天から降ってきた夢。甘酸っぱい思いが胸に満ちて、佐々木をうっとりと見つめてしまう。
      「真野――」
       佐々木もうっとりとした目になり、静かに手を伸ばしてきた。そっと頬に触れる。
      「真野〜!」
       しかし、教室を突き破るような能天気な声を耳にして、真野は震え上がる。宮本だ。
      「遅くなったけど、待っててくれたか〜!」
       違う、と返そうとした声は、背中にのしかかってきた宮本の重みで消された。
      「ぐへ」
       代わりに、佐々木に聞かせたくないような声が口から飛び出た。
      「さあ、帰ろうぜ! 鞄持って、ほら!」
       真野の肩越しに宮本の手が机の上の鞄に伸びるが、それをぴしゃりと佐々木が払った。
      「真野は今、おれと話してんだけど」
       きりっと眉を寄せて、宮本をねめつける。
      「誰だよ、おまえ」
      「そっちこそ誰だ。よその教室に入ってきて、よく言えるな」
      「俺は真野と約束してたし」
      「し、してない!」
       宮本の重みで首がもげそうに痛いが、真野はがんばって顔を上げて言い放った。
      「ど、どけよ、宮本!」
      「――宮本?」
       目の前で佐々木が眉をひそめる。フンと鼻で笑った。
      「どきな。真野が痛がってる」
      「んだと!」
      「わからないのか? がさつな上にバカか」
       ――バカ?
       真野がギクッとした。佐々木がバカと口にするとは意外に感じられた。
      「ヤダね」
       宮本は後ろの机に腰を下ろし、真野を両腕ごと抱きしめてくる。
      「こうすれば痛くないだろ?」
       痛くはない、確かに。しかし、余計にまずいことになったと、真野にもわかる。佐々木の顔が大きく歪んだ。
      「真野から離れろって言ってんだ!」
      「だから、ヤダって言ってる!」
      「ちょ、ふたりとも――」
       真野はどうしたらいいかわからない。とりあえず宮本を離そうと、力いっぱい両肘を開いた。そうしたら、今度は脇をくぐって宮本の腕が回ってきて、胴体をしっかりホールドされてしまう。
      「真野は渡さねーぞ。どうせ、おまえも真野狙いだろ?」
      「――えっ」
       思わず宮本に振り返った。唇がぶつかりそうになり、慌てて前に戻す。
       おまえ『も』って――『も』って!
      「やっぱりな。なら、おれも引けないな」
       佐々木の手が腕をつかんでくる。思いがけない強さに、真野は息を詰めた。
       ど、どうなっちゃうのっ?
      「真野から手を離せ、バカ!」
      「おまえにバカと言われたくないなっ」
       これでは小学生のケンカだ。真野にもわかるほどの低レベルの言い争いに、まだ教室にいた生徒がざわめきだした。
       ――佐宗!
       今再び目が合い、真野の心臓は凍りつく。佐宗は体のどこかが痛んだような苦しい顔をして、サッと目をそらした。
       オレ……そんなに嫌われちゃったの――?
       急に全身から力が抜けた。へなへなと宮本に寄りかかってしまう。
      「ほら見ろ!」
       頭上で勝ち誇ったような声がしたが、真野の耳には届かなかった。ぐいと、佐々木に腕を引かれて前のめりになる。
      「あんっ」
       そのはずみで、宮本の手が胸を滑った。どんな偶然か、夏服の薄いシャツの上から乳首を強く引っかかれた。
      「――真野」
       耳元で、ゴクリと喉の鳴る音がする。その拍子に、熱い吐息が首筋を撫でた。
      「は、ん」
       目の前で、佐々木の顔が引きつる。見る間に高潮していく。
      「あっ」
       今や宮本は背中に被さっていて、肩に顎を乗せるほどになっている。今度はわざと乳首を引っかいたとわかった。
      「やんっ」
       変な声が出る。ビクッと佐々木が仰け反り、それでまた腕を引かれて、机に突っ伏すまでになる。
      「あ、やめ……っ」
       宮本から逃れようと身をよじるが、元から力で宮本に勝てるはずもなく、いっそう強く両腕で締められてしまった。
      「あっ……はんっ」
       左右の乳首を布の上から同時につままれる。ねちねちと太い指でこねられ、背がしなり、顎が突き出て、佐々木の顔が迫る。
      「ま、の……」
       頬を染め、驚いた顔で見下ろしていた。
      「嫌、助けて――」
       言うが、自分が感じてしまっていると真野はわかっている。佐宗に抱かれたらどんな感じか、実は、乳首を試したことが何度もあるのだ。
       けど……けど、宮本にされても感じちゃうなんて!
       悔しくて涙が滲みそうだ。ギリギリのところで歯を食いしばり、助けてほしいと佐々木に目で哀願するのだが、佐々木はますます顔を赤くするばかりだ。
      「……三月」
       不意に唇からこぼれた。しかし、深大寺は委員会に行って、ここにはいない。
       ――佐宗。
       胸のうちで呼んで、視線を流す。もはや頬は机に張りついて、それが精一杯だった。
       しかし視界は潤み、佐宗を捉えることすらできない。
       無駄……だよね。
       変な声を漏らさないように口を引き結んでいるのもあるが、たとえ声にして佐宗に助けを求めても無駄に思えた。
       こんな――みっともない。これじゃ、佐宗にもっと嫌われちゃう……。
       佐々木とならつきあってもいいかと、一瞬でも思った罰なのか。
       深大寺に言われたとおりに、何があっても即座に帰らなかった罰なのか。
       それより、こんなにも自分の体が淫らとは思いもしなかった。そっちのほうが、よほどショックだ。
       宮本は図体がデカイから、背中から自分に被さっているから、何が起こっているのか、佐々木以外の生徒には具体的にはわからないかもしれない――佐宗には。
       でも……やっぱ、こんなの嫌だ!
       自分の非力を呪うも、胸から伝わる刺激は確かな快感となって、腰まで甘く痺れさせていた。股間で起ち上がった先が、強く布にこすれる。


      つづく


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