Words & Emotion   Written by 奥杜レイ




    真野くん!
    ‐6‐

    =お遊び企画/読者参加型連載小説=




      「えーと、一応、おじゃまします……」
       深大寺の家に来て、玄関で真野は弱々しく声を漏らす。中学生のときから何度も訪れたことがあり、深大寺の家は両親そろって働いていて、大学生の兄も含めて平日は夜の八時過ぎまで誰もいないと知っていても、祖父に叩き込まれた性根がそう言わせた。
      「どうぞ」
       深大寺が、はにかんで答える。
       いつもは、バーカ、って言うくせにぃ……。
       手まで差し出され、今日が特別な日になることを激しく意識させられた。
      「どうする? 何か飲む? 俺の部屋行って、先にエアコンつけとけよ」
       明日は雨かもしれない――そんな思いも湧いてこようと言うものだ。ことのほか深大寺がやさしい。なぜなのか嫌と言うほどわかるから、真野はまた赤面してしまう。
       学校を出て、駅まで一緒に歩いて、電車に揺られているあいだも、ずっと顔が熱かった。
      『うちに来な。今日じゃなきゃダメだ』
       今日じゃなきゃダメ、って――きっぱり深大寺に言われ、そのせいでドキドキが止まらなくなって、腕が触れるほどの近さから離れられず、そのくせ交わす言葉はほとんどなくて、目が合えばサッとそらし、赤の他人には不審に思えたほどじゃないかと恥ずかしい限りだ。
      「うん――」
       深大寺の手を取り、真野は玄関を上がる。ありえないと思う。心臓が、もうバクバクうるさい。
      「んじゃ、オレ、先に行ってるから――」
      「ああ」
       深大寺が照れくさそうな笑顔を見せた。
       なにこの上機嫌!
       自分もそうなのだから少しも責められない。ずっと好きだったと深大寺は言ってくれたけど、具体的にいつからなのか訊いてみたい気もする。
       オレ……ちっともわかってなかったし。
       もちろん自分も深大寺がずっと好きだったけど、出会った中学生のときからそうだったけど、あえて分類するなら、それは『友だちとして好き』だ。
       オレを抱きたいなんて……うれしいけど、いつから思ってたんだよっ。
       しかしそれを問うなら、むしろ自分にだろう。深大寺に抱かれてもいい、いっそ抱いてほしいと思えたのはいつなのか。
      「はー……」
       緊張でガチガチになって、真野は深大寺について廊下を進む。リビングに入り、キッチンに消えた深大寺から離れて、左の奥のドアを開けた。
       見慣れたはずの部屋が妙によそよそしい。エアコンのリモコンはいつもと変わらず机にあって、それを取り上げてスイッチを入れる。
       マンションの八階からの眺めも既に見飽きたはずが、今はやたら目新しく感じられる。片膝でベッドに乗り上げ、その向こうの窓に広がる景色に、目で捉えられるはずもない自宅を探した。
       自分たちが卒業した中学校は敷地が広く、すぐに見つけられる。そこから数ブロック隔てて二階建ての自宅があるのだが、小学校の学区が違うだけに、遠くてやはりわからない。日暮れにはまだ早く、目の覚めるような青い夏空が広がっている。
       ――オレ、なにしてんだろ。
       これから深大寺とどんなふうになるのかと思うと落ち着けないのは自分でもわかっているが、さすがに少し疲れた。緊張も限界だ。
       やっぱ……感じちゃうのかな。
       自分で思っておいて、きゃーっ、と叫びたくなる。深大寺に何かされて、ああん、とか言うのかと思ったら、一気に頭が沸騰した。
       でもでも! オレ、宮本にも織田にもされて感じちゃったんだし!
       そんなこと思い出すんじゃなかった。ドッと一気に落ち込んだ。
      「はー……」
      「康史?」
       げっそりしたところで自分を呼ぶ声を聞き、真野は背筋がピンとなる。そんなつもりはないのに、ベッドの上で正座した。
      「――康史」
       目の前まで来て、深大寺は困ったような、照れたような、どちらともつかない顔で覗き込んでくる。左頬がまだわずかに赤い。だが、はれるほどではなかったようだ。
      「ほら。とりあえず飲め」
       アイスミルクティーの入ったグラスを差し出した。真野は口元がゆるむ。ペットボトルから注いだだけかも知れないが、深大寺が自分の好みをちゃんと考えてくれたとわかって、うれしかった。
      「……ありがと」
       素直な気持ちが口をついた。喉はカラカラに渇いていたし、ごくごくと飲み干す。空になったグラスをつかんできて、深大寺が間近で笑う。ドキッとした。グラスを放せずに、真野はじっと見上げる。
       メガネの奥で深大寺の目がやさしい。これまで深大寺はこんなにもやさしい目をすることがあったかと、ほわんと見つめてしまう。
       ふと、首を伸ばしてきた。真野は目を丸くするだけで、あっさり唇を奪われる。
       ――あ。
       アイスミルクティーで冷えていたからか、深大寺の唇がひどく熱く感じられた。やわらかい感触にも溶かされるようで、自然と唇が開く。ぬるりと滑り込んできた舌は唇の熱さを上回り、耳までカッと火照った。
      「ん……っ」
       やけに甘い声が漏れたことに驚き、真野はグラスを放してしまう。深大寺が取り上げて、ヘッドボードの棚に置いた。
       そうして両肩をつかんでくる。唇を押しつけて片膝でベッドに乗り上げ、真野を胸に引き寄せる。
      「ん……んっ」
       真野は恥ずかしくてたまらない。深大寺とキスをしていることが鮮やかに胸に刻まれる。
       抱くって、言ったけど……マジで抱くって言ったけど! できちゃうんだ――。
       どうしよう、どうしようと、そればかりが頭を駆け巡る。これが生まれて初めてのキスで、しかもいきなりのディープであることも忘れて、先の不安に揺れた。
       しかし、もたらされる感覚は蕩けるほど甘く、素直にそれに浸っていく。もはや後ろ首まで熱くて、胸はずっとドキドキして苦しいし、口の中で深大寺の舌が動くと、ちゅくっとかすかな音が響いて、背筋が震えて余計にドキドキが高くなる。
      「ふ、……ん」
       息苦しいものの、うまく息を継ぐ方法も、キスから逃れるタイミングも、真野はわからない。すがることすら頭になくて、深大寺に一方的にされるままだ。
      「は、あ……っ」
       ようやく唇が解放され、大きく喘いだ。頭がくらっとして背後に倒れかけるが、後ろからがっちり支えられる。
      「……康史」
       自分を呼ぶ声が甘い。こういう響きを濡れていると言うのだろうか。ぼうっとする頭で、そんなことを考える。
       体がくたっとして正座が崩れた。腰に両腕が回り、胸に引き寄せられて背でもたれる。
      「三月……」
       安堵して、顔を仰向けた。唇が降りてきて、またふさがれる。ザッと胸が熱く染まった。
       ――気持ちいい。
       舌が絡まり、指先まで痺れる。二度目のキスは酔わされるばかりで、もうどこにも力が入りそうにない。深大寺に包まれる背が熱い。腰に回った腕も熱く感じられ、その重みが心地いい。
      「ん、んっ、……ふ」
       仰け反った喉を鳴らし、真野は気持ちのままに応える。上からかぶさるキスに没頭させられ、深大寺の右手が這い上がってくることに気づけないでいた。
      「はっ、ん!」
       するっと胸を撫でられ、ビクッと肩が跳ねる。キスが解け、真野は潤んだ目で深大寺を見上げた。
      「あっ……や――」
       しかし一言の間もなく、夏服の薄いシャツの上からあからさまに乳首をいじられ始める。
      「あ、あん!」
       まさか、次にこうされるとは思わなかった。それなら何をされると思っていたかと問われるなら、真野は答えられない。
       でもでも!
       宮本にも織田にも、されてしまったことを思う。そして今は深大寺にされて、比べようもないほど感じる。深大寺を見上げたまま、ずるずると体が下がった。
      「……やっぱ、感じるんだ」
       湿っぽく深大寺が漏らす。
      「や、やだっ」
       何を言われたかわらかなくて真野は焦るが、きゅっと強くつままれた。
      「あ、はん!」
      「やだって……俺はどうなるんだよ? 宮本にもされて、こんな、感じたんじゃ――」
      「ぜ、ぜんぜん!」
       深大寺が何を言ったか、ようやくわかる。見上げる先のメガネの奥で瞳が沈んでいる。
      「宮本なんて、すっごく気持ち悪かったし! だから、大っ嫌いって言ってやったし!」
       必死に言い募った。宮本にされたときのことを深大寺がどう聞いていようと、あのときと今はまったく違うのだ。
       だって……だって! 三月だと、いっぱい感じちゃう――。
       しかしあまりに恥ずかしすぎて、そこまでは言えない。
      「――え?」
       ボッと顔を赤くする真野を見つめ、メガネの陰で目がきょとんと丸くなった。
      「おまえ……宮本に大嫌いって言ったのか」
      「言ったよ! あたりまえだろ!」
       一瞬のあと、深大寺はプッと吹き出した。顔を少し背けて喉の奥で低く笑う。
      「な、なに……?」
       その振動が体に伝わり、真野はくすぐったいような、バツの悪いような気分になるが、深大寺は澄まして答えてくる。
      「べつに?」
       真野を胸に引き上げ、メガネをはずした。腕を伸ばして、さっきのグラスの横に置く。
      「――三月」
       戻ってきた深大寺の目を見つめ、真野は息を飲む。どう言ったらいいのか、うっすらと冷たさが感じられた。
       ゴクッと真野の喉が鳴る。深大寺はそれも見ている。
       そこはかとない緊張の中、背後から回った手が、真野のシャツのボタンをはずし始めた。
      「ちょ、三月……」
       戸惑って真野は呼ぶが深大寺は止まらない。肩に顎を乗せてきて、耳元でささやく。
      「宮本にされたなんて、俺が消してやる」
      「って、なに――ああっ!」
       じかに触れられ、ビクンと背が反り返った。
      「や、三月……ああん!」
       とんでもない声が出る。恥ずかしくて抑えたいが、少しも思いどおりにならない。
      「康史……エロい声」
      「なっ……、い、言わな――あ、はっ!」
       ヒクヒクと腹がひきつるように震える。背筋はゾクゾクして、勝手に腰が揺れ始める。
      「――たまんない」
       耳に吹きかかる深大寺の息が熱い。呼吸も荒く、だけど胸にしみて響いてくる。
      「なんか、俺……ダメかも」
       おぶさるように背にのしかかってきた。首にキスされる。襟のはだけた肩に、喉元に、鎖骨の上に、次々とキスが散らされていく。
      「はっ、あ、……三月?」
       そうやって前に回ってきた深大寺に押されて真野は仰向けに倒れた。右腕だけ、シャツの袖が抜けている。
      「あ、きゃっ」
       変に高い声が出て自分で驚くが、そんな間もすぐになくなる。
      「あ、あーっ」
       顎が仰け反って、背が弓なりにしなった。
       深大寺が視界から消え、されていることに意識を持っていかれる。やめてほしいような、もっとしてほしいような、自分ではどうにもならない気持ちがせり上がって、胸に顔をうずめる深大寺の頭を両手できつくつかんだ。
      「あん、ん、んっ」
       もう恥ずかしがってもいられない。深大寺の舌が右の乳首に絡みついて、いやらしく動いている。
       こんな感覚ももちろん初めてで、制服のズボンに隠れて既に勃ち上がっていた興奮が、いっそう硬く充実していく。
      「や、三月……そんな!」
       左腕からシャツが引き抜かれた。当然のように、深大寺の目に新たにさらされた乳首がいじられ始める。
      「あ、はっ、は……」
       深大寺の頭をつかんでもいられなくなって、両手ともパタンと脇に落ちた。腰が揺れて、知らないうちに深大寺の体に興奮をすりつけている。
       やだ、も、……こんなのっ!
       深大寺は、自分を抱くと言ったのだ。これはまだ序の口だと、いくら自分でもわかる。
       オレ、どうなっちゃうの……?
       佐宗にも深大寺にも、『抱いてくれ』と自分は言ったが、もっとこう、ロマンチックだと思っていたのだ。それこそ姉のマンガで見るような、背景に花びらが散る、あんな雰囲気だと思い込んでいた。
       抱き合ったりキスしたり、胸がきゅんきゅんして、ドキドキもするだろうけど、こんな、破裂しそうなほどバクバクするとは思いもしなかった。裸になって体を重ねるにしても、こんなふうに肌を舐め回されて息を荒くして、体中が火照ってべとべとになるなんて、知るはずもなかった。
       乳首を刺激することひとつ取っても、自分でするのとはぜんぜん違う。深大寺にされると、とんでもなく感じて自分ではなくなってしまうように思える。
      「あ! や、やんっ」
       カチャカチャと音を立てて、制服のズボンのベルトが解かれる。信じられない手際よさで深大寺の手がもぐり込んできた。
      「はっ、あ――」
       息が詰まり、声が消えた。ひやりと感じたのは、それだけ自分が火照っているせいか。硬く張りつめた興奮を深大寺の手に包まれる。
      「……あーっ」
       詰めていた息が一気に溢れ、声も一緒に流れ出た。
      「み、三月――」
       熱心に刺激される。前を開いただけのズボンの、その下のトランクスの中にもぐり込んだ手が、先端の割れ目まで指先でいじくる。
       こ、こんなの!
       自分のやり方とは、ぜんぜん違っていた。少しの躊躇もない。あまりにダイレクトだ。
      「は、あ、三月……ダメ。そんな、しちゃ」
       なんだか朦朧としてくる。熱くて、特に頭が沸騰したみたいに熱くて、深大寺にいじられているところももちろん熱くて、深大寺がぴったりくっついているから余計に熱くて、全身に汗が浮いて、湿った息がせわしなくて、胸が苦しい。
      「み、つき……ダメ――」
       強烈な快感に身をよじることもできなくなり、真野はか細い声を漏らす。絶頂に届きそうで、深大寺の手をじくじくと濡らしていた。
      「も、出ちゃう……」
       どうしていいかわからない。達しそうだと口にしたら、余計に射精感が募った。
      「……康史」
       深大寺の声が甘ったるい。そろそろと目を向けたら、うっとりと自分を見つめていた。
      「すごい、……エロい顔」
       そんなふうに言われると、余計に昂ぶる。慌てて額で腕を交差させて顔を隠した。
      「ダメ、見たい――」
      「いやっ」
      「いいよ、イって」
      「やだっ」
      「なんで」
       抱かれているのだから達して当然と、それはわかる。だけど、とにかく恥ずかしいのだ。
      「いろいろ――、よ、汚しちゃうし……っ」
       クスッと深大寺が笑った。ちゅっと、顎にキスされる。それで離れていき、なんだろうと思った。こっそり深大寺を見る。
       ベッドのフレームとマットレスの隙間に手を突っ込んでいた。取り出したものを見せつけてくる。
      「な、なに……?」
      「気になるなら、康史もつける?」
       きゃーっ、と叫びたかった。だけど声にはならない。
       そ、それって――。
       実物を見るのは初めてかもしれない。いや、きっと初めてだ。
      「つけてやるよ」
      「み、み、み、三月!」
       そんなことで、またぐんと興奮が高まるのだから、もう両手で顔を覆うしかなかった。
       一度にすべて脱がされ、硬く勃ち上がった先から、くるくるとぬめり気のある膜をかぶせられる。
      「……なんでー」
      「康史が言ったんだろ?」
       そうだけど、そうだけど!
       衣擦れがする。心臓が、本当に破裂するんじゃないかと思う。顔が熱くて、エアコンの風が冷たく感じるほど体が熱くて、膜の中の興奮が熱い。
      「康史……かわいい」
       驚くほど間近で言われて、ビクッと肩が跳ねた。顔を覆っていた手をどかされる。
       三月――。
       裸になっていた。自分にかぶさり、前髪の陰で眼差しを蕩けさせる。口元でやわらかく笑った。
       こんなときに、どうしてそんなやさしい笑顔ができるのかと思う。トクン、と胸が鳴る。今までとは、まったく違う響きだ。
      「康史――」
       唇が近づいてきた。薄く開いた中に、濡れた舌が見える。自分の吐く息が湿っている。胸の奥深いところが、じわりと温かくなる。
      「ん――」
       真野は、深大寺の舌を味わった。溶かされて、体がベッドに沈んでいくようだ。
       なんか……ふにゃふにゃになる――。
      「……気持ちいい?」
      「ん――」
       真野の前髪をかき上げて、深大寺が目を覗き込んできた。
      「好きだ」
      「……三月」
       どうしてかわからない。泣きたくなる。
      「もう誰にもさわらせない。俺のものにする」
       深大寺の眼差しが熱い。蕩けているのに、目はくっきりと開いている。
      「宮本にも佐々木にも、手出しさせない」
      「三月……!」
       せり上がる気持ちのままに、しがみついた。両腕を首に絡ませ、ぴたりと肌を合わせる。
      「オレも、好き。三月が好き、三月がいい!」
       脚も絡まり、腿の内側に硬いものが当たる。ゾクッとした。深大寺も興奮している。
      「うん――」
       深大寺は、髪といわず、頬といわず、何度も繰り返し撫でてくる。その感触に酔った。たまらなく、気持ちいい。胸の深いところから吐息が湧き上がる。
      「ね……マジで、オレがずっと好きだった?」
       もう一度、言ってほしかった。今ここで、聞きたかった。
      「ん」
       自分を撫でる手は止まらない。深大寺は、そっと頬を重ねてくる。
      「なら、佐宗にコクる前に、言ってくれればよかったのに――」
       わがままを言って甘えた。こんなにも深大寺がやさしくしてくれるなら、もっと早くにそうしてほしかったから。
      「しょうがないだろ」
       だが、拗ねた声が返ってくる。ゆったりと髪を撫でていた手が止まった。
      「おまえが佐宗に抱いてくれって言うの聞いて、気がついたんだから」
      「え――」
       顔を向けようとしたが、重なる頬を押し戻された。
      「佐宗がふってくれてホッとしたんだ。自分でも驚いた。俺、宮本のことバカにしてたけど、同じだ。おまえが男に抱かれてもいいと思ってるなら、俺が抱きたいと思った」
      「三月……」
       クッと喉の奥で深大寺が笑う。いっそう頬をすり寄せてきて、弱々しく漏らす。
      「呆れるだろ? ずっと一緒にいて偉そうなことばっか言ってたのに、本当はそんなふうにおまえのこと好きだったなんてさ。言ったら嫌われそうで、言えなかった」
      「好き! 好きだよ三月、マジで!」
       深大寺がまた離れていってしまいそうな気がして、真野はぎゅっと抱きついた。
      「こんなこと、三月だけだ! オレも、佐宗にふられてよかったって思う。佐宗とも、こんなことできない。三月じゃなきゃ、やだ!」
       精一杯の思いを伝えたつもりだった。自分なんて、今日になって気持ちに気づいたのだ。それこそ言ったら嫌われそうで、絶対に言えないと思う。
      「やっぱ、そう?」
       しかし、拍子抜けするほど意外な返事を聞いた。目を向けたら視線が絡んで、深大寺は薄く笑う。背筋がゾクッとした。
      「おまえ、本当は知らないだろ?」
      「な、なに――」
       蕩けているのに、深大寺の目は据わっている。またドキドキしてきて、顔が熱くなる。
      「俺が教えちゃって、いいんだな?」
      「え……?」
       ドクンと鼓動が跳ねた。深大寺の顔が真剣すぎて怖い――違う、セクシーって言うんだと思う、たぶん――。
      「マジ、俺のものにする。誰にも渡さない」
      「あ」
       頬を滑ってきた唇に唇をふさがれた。真野は、またたくまに昂ぶる。興奮は硬さを取り戻し、股間で強く勃ち上がった。
      「は……っ」
       どうしてなのかわからない。どうなってしまうのか、わからない。ものすごく感じる。キスが解けて深大寺の唇と舌が肌を辿り始めると、次々と火がついていった。
      「や、三月……あ、ああん!」
       恥ずかしい声が口をついて飛び出ていく。今までの恥ずかしさは何だったのかと思うくらいだ。
       興奮が充実して、覆う膜がぱんぱんになる。それをつかまれ、腰が跳ねた。深大寺は下腹まで下がっていて、熱っぽい視線がねばつくように感じられる。
      「マジ、も、イく――」
       急激に昂ぶって、頭が焼ききれそうだった。肌はどこもざわめいて、腰が揺れて止まらない。両足はもどかしくシーツを蹴って、胸がせつなく締めつけられる。
       もう、どうなってもいい。深大寺のものになるなら、早くそうしてほしい。快感が苦しいなんて、なかった。自分ひとりでは知りえなかった。どろどろになる。
      「三月……三月!」
       絶頂に達しそうになる寸前で、興奮を放された。行き場を失った熱が体の中で渦巻く。
      「……みつきぃ」
       泣き声になる。スンと鼻を鳴らし、真野はすがるように深大寺を見上げた。
       自分をまたいで膝立ちになっていた。顔をうつむけていて、癖の強い黒髪が額に揺れている。垣間見える耳たぶも、首も鎖骨のあたりまでも、ほんのりと赤く染まっていた。
       そうやって何をしているのかと思いかけたとき、再びのしかかってきた。左手で右の脚を大きく開かれる。驚く間もなく、右手が股間の奥に滑り込んできた。
       真野は声が出ない。息もつけそうにない。目が大きく見開き、背が反り返る。ぶわっと涙が溢れた。
      「康史……息、吐いて」
       やさしい声が響く。いたわるように、脇腹をやわらかくさすられる。
      「――頼むから」
      「はっ……あ、ああっ!」
       本当に知らなかった。抱かれるには、そういうことをされるなんて。
      「う、三月……それ、いや――」
       ぐずる子どものように真野は首を振る。萎えかけていた興奮を手に包まれた。ゆっくりと刺激される。
      「でも、これしないと、入らない――」
       深大寺まで頼りない声を出す。
      「……気持ち悪い」
      「……なら、もうやめようか?」
      「やだっ」
       咄嗟に、腹まで下がっている深大寺の肩をつかんだ。悲しくて、真野は呼ぶ。
      「こっち、来て。お願いだから、こっち――」
      「でも」
       一瞬の戸惑いを見せ、深大寺はうっすらと笑った。眉を寄せた顔を真野の胸に重ねる。興奮から手が離れた。
      「康史」
       あやすように真野の髪をすき上げる。頬と顎に軽くキスした。そうしても真野の体の中を探る動きは止めない。長い指が行き来して、くちゅくちゅと音を立てる。
      「これ……なに? ぬるぬるする――」
      「ローション。康史……無理すんな」
      「へ、平気――」
       少しも平気そうじゃない声が出てしまう。真野は涙で濡れた目で深大寺を見た。すぐに唇にキスされる。
       キスはいい。とても気持ちがいい。心が温かく溶けていく。でも、体の中をいじられるのは異物感がいっぱいで――。
      「……あ」
       自分の中にうずまる深大寺の指が、くいと曲がった。
      「あん」
       甘い声が漏れる。触れられてもないのに、萎えかけていた興奮がぐんと勢いづいた。
      「――ここ?」
       なに、とは訊けない。いきなり胸が上ずる。驚くほど血流が速くなる。興奮を硬くする。
      「あ、や……は、あん!」
       強烈な快感が背筋を駆け抜けた。下腹から全身が甘く痺れる。怖くなって深大寺を見た。涙が溢れた。
      「康史――かわいい」
       顎にキスされる。喉元にも、胸にも。また乳首を舐められる。
      「い、いやっ」
       体の中の一点をこする指が熱を増したように感じた。唐突に興奮が弾けそうになる。
      「あーっ、あ、あ、あ」
       もう、声が止まらない。溢れる涙を止められない。
      「だ、ダメ! ヘンになる、オレ――」
       どうにかしてほしかった。こんな快感があるなんて知らなかった。溺れてしまう。
      「康史……俺もダメ――」
       深大寺の指が抜ける。両肩をつかんで体を重ねてくる。片脚を絡められて、腰を浮かされた。
      「康史、息吐いてっ」
      「ああんっ」
       とんでもなく熱かった。圧迫感で目がくらむ。深大寺でいっぱいになってしまう。硬いかたまりが体の中を進んでくる。
      「ごめ……っ、康史、俺、止まんない――」
      「や、はっ、あんっ、ん――」
       肩に顔をうずめてきて、深大寺は息を荒くしていく。真野は、ひたすらにしがみついた。そうでもしなければ体がバラバラになって、どこかへ飛んでいってしまいそうだった。
      「は、あん、ん」
       喘ぐばかりで、胸が苦しい。抱き合って、腰を打ちつけてくる深大寺も苦しそうな声を漏らし続けている。熱くてかなわない。汗がしずくとなって肌を伝っていく。どちらの汗なのかもわからない。ふたりして、じっとりと濡れる。
      「はあ、あ、あ」
       息が切れ切れになって、きっと体のどこかひとつくらいは熱で焼ききれただろうと思いかけたとき、頭の中が真っ白になった。
       ぐんと、深大寺の興奮がそこをこする。過ぎては戻ってきて、何度も。
      「……いい」
       声に漏れていた。何を言ったのか、真野はわかっていない。深大寺にしがみついていたいのに、体中から力が抜ける。
       抱きついていた腕が、ぱたんと落ちた。深大寺の律動に合わせて腰が揺れ始める。膝を立てて、そこにもっと欲しいと知らずにねだる。絶頂に押し上げられていく。
      「……康史」
       顔を浮かせて、深大寺が見下ろしてきた。蕩けきった眼差しが絡む。
      「マジ――?」
       真野は、とろんとして見上げる。胸がいっぱいだ。思うことしか声にならない。
      「すごく……気持ちいい」
      「康史!」
       深大寺が泣きそうに顔を歪めるのが不思議だった。だから、そっと笑って見せた。
      「溶けそ……そこ――いい……」
      「康史、康史!」
       ガバッと抱きしめられて、何が起こったのかと思う。だがすぐに、激しさを増した律動にさらわれていく。
      「あーっ、あ、あ、三月! いい、いい……!」
       髪を振り乱し、必死になってシーツをつかんだ。抱きついてくる深大寺に体ごと持ち上げられて、思いのままに貫かれる。
       重なる体にこすられ、真野の興奮は呆気なく弾けた。そうなっても、深大寺に熱を引き出され続ける。深大寺が達するまで、絶頂に漂わされた。いつまでも喘いで濡れる口をふさがれ、もう一度、キスの快感にも酔った。
       ぐっと深く突き刺さり、深大寺の動きが止まる。ふるっと肩を震わせた。そのときの顔を真野は薄目で見ていた。唇を真一文字に引き結び、絶頂に耐える表情は、とてもきれいだった。また、涙が溢れる。
       ……そっか、オレ――三月のものになったんだ――。
       抱かれるということが、本当にはこういうことだとは知らなかったけれど、指の先まで体が満たされて、それ以上に胸がいっぱいに満たされている。
      「三月……好き」
       言えることは、それだけ。自分にぐったりと重なる深大寺の髪に指をもぐらせる。
      「――康史」
       猫毛で癖の強い黒髪のやわらかさが、また胸を痺れさせた。うっとりと上目で見つめてくる深大寺が愛しい。
      「たまらないよ、康史……色っぽい」
       胸がきゅんとして、頬が熱くなる。泣きたいような気持ちで笑った。深大寺も笑う。やさしい笑顔に、胸がもっと甘酸っぱくなる。
      「オレ、恥ずかしい……」
       ほろりとこぼしたら、たちどころに口をふさがれた。ねっとりと舌を絡め合うキスにも慣れて、真野は素直に酔う。気持ちがいい。これからも、何度でも、深大寺にキスしてほしい。


      つづく


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