「悪いな、今日はぼくも混ぜてくれない?」 翌日の昼休みになって、いつもと同じように真野の机で弁当を開きかけていたら、佐宗が笑顔でやってきた。きょとんとする真野にも深大寺にも構わない様子で、隣の机を引き寄せて真野に並んで座る。 「いいけど……どうしたの?」 言ってから、真野はハッとした。恐る恐る、正面に座る深大寺に目を向ける。 「俺も構わないけど、康史とじゃ、おまえがマズイんじゃないか?」 「ぜんぜん」 佐宗はクラスの視線を集めていることも気にならない様子だ。いつも一緒に食べている連中が、物珍しそうに見ている。だがそれも一瞬のことでしかない。 「朝から真野と話したくてうずうずしてたんだ。でも、そんなことしたら深大寺に睨まれそうで、一緒ならいいかと思って」 チッと深大寺が舌打ちする。それに驚いて真野は目を丸くするが、佐宗は笑顔のままだ。 「昨日は、あれからいいことあったみたいだけど、佐々木は断ったんだ? 朝からすごく落ち込んでる」 「えっ」 肩を寄せて耳打ちされ、真野は飛び上がりそうになる。二段重ねの弁当の上段を危うくひっくり返すところだった。おかずが台無しになくならなくてよかったとホッとする。 ――て言うか、なんでそんなことわかるんだよー……。 「断ったよ」 後半の質問にだけ答えた。深大寺にはもう伝えたが、今朝はいつもより早く登校して、深大寺に促されるより先に、自分の意志で、佐々木の登校を待ってすぐに誰もいない場所に連れ出して、気持ちはうれしいけどやっぱりつきあえないと、ハッキリ断った。 佐々木の落胆ぶりには胸が痛んだが、どうしようもない。授業が始まってからもずっと肩を落としていて、あまりの申し訳なさに、なるべく見ないようにしてきた。 しかし二時間目が終わったときに、そっと訊かれた。もしかして深大寺とつきあうことにしたのか、と。 なんでわかるんだと驚いたが、正直に答えた。そうしたら、深大寺ならあきらめがつくと言われて、いっそう驚かされた。思わず、そのことも深大寺に伝えたのだが、返されたのはたったの一言、『バーカ』だ。 オレだけ、何もわかってないんだよな……。 そういうことらしい。だから今も、昨日はいいことあったようだと佐宗に言われたけど、いちいち驚いてはいけない。 とりあえず、佐宗を見ても織田を見ても、顔が赤くなることはさっぱりなくなった。自分でも不思議だが、助かったと思う。 「うん、ちゃんと言えてよかったじゃない。で、腰はどう? 重くない?」 「ええっ」 だが、それには驚きを抑えられなかった。視界の端で、深大寺の顔が大きく歪む。 「佐宗。前から思ってたけど、やっぱおまえ、いい性格してんな」 「そう?」 深大寺の嫌味にも、佐宗はさらりと返す。『学園のプリンス』がにっこりと笑った。 う。なにこれ、この上機嫌……。 華やかな笑顔に押されて真野はたじたじだ。箸を取ったものの、まだ一口も食べられない。 「いっぱいイかされて、泣かされちゃった?」 「ぐ」 「佐宗、おまえなあ〜」 深大寺も呆れたようになる。しかし佐宗は弁当を開きながら、平然と言った。 「大目に見てくれないかな。こういう話ができるのって、真野だけなんだから」 え、と真野は佐宗を見る。いいんだ、と目で返される。 「聞きたくないなら真野とふたりで話すけど、そういうのは気に入らないんだろう? 八つ当たりされたら真野がかわいそうだし」 深大寺の目が訝しげに変わる。先にひとりでぱくぱくと食事を進めていた手が止まった。 「――どういうことだよ?」 佐宗は身を乗り出して、深大寺の耳に口を寄せる。見る間に深大寺の目が大きく開いた。 「……マジ?」 「へえ。深大寺なら少しは気づいてると思ったんだけど、違うんだ? なんか、自信持てちゃうな」 「あんなヤツ、どこがいいんだよ」 らしくもなく深大寺がこぼす。佐宗がムッとするんじゃないかと真野はハラハラしたが、眉を跳ね上げ、勝ち誇ったように答えた。 「大人で、Sなところ」 ブッと真野は噴き出してしまう。口に何も入ってなくてよかったと、手の甲で拭った。 「――なるほどね。お似合いだわ。昨日のことも腑に落ちた」 メガネの奥で深大寺の目がキラリと光る。 「で、そんなトップシークレットを引き換えにしてまで、真野にのろけたいってわけか」 佐宗は何も言わず、ニコッと笑っただけだ。 真野は、なんだか冷や汗が出るような気分になる。佐宗に惚れていたというより憧れていたわけだが、もしかしなくても、とんでもない相手に心酔していたのではないか。 お、オレ……佐宗にふられてマジよかったかも――。 深大寺とつきあえることになって幸せだと、しみじみと思った。今日もバカだとかさっそく言われたけど、自分には合っている。 「佐宗って、『学園のプリンス』って言うより、『女王様』だったんだな」 つい、口に出ていた。深大寺が吹き出して、ハッとする。焦って佐宗を見れば、目を丸くしている。 「なにそれ」 「腹イテぇ〜。康史、あんま笑かすなよ。佐宗、去年の文化祭のミスターで準優勝だったろ? それでこいつ、ずっと言ってたんだよ、『学園のプリンス』ってさ」 「わかるけど、『学園のプリンス』なんて、どこから出てきたわけ?」 「ごめん……姉ちゃんのマンガから――」 消え入りそうになって真野は答えた。なのに、佐宗は目を輝かせて真野の手を取る。 「もしかして、ぼくたち趣味が合う?」 「え」 「は?」 「仲良くなれそうだね、真野」 佐宗ひとりがにっこりとして、深大寺ともども真野は唖然とした。 オレ、どうなるんだろう……。 今後、佐宗とは、大人でSな織田とのえっちをのろけられ、さらには姉のマンガの話で盛り上がるのだろうか。想像できない。 「で、昨日はどうだったわけ?」 真野の手を胸に引き寄せて佐宗は言う。 「黙れ佐宗。つか、その手を放せ」 「やだな、深大寺。やきもち焼いちゃって。独占欲が強いところとか、やっぱ先生と似てる。苦労するよな、真野?」 「ちょ、佐宗――」 そんなふうに深大寺をあおったらヤバイと言いたかった。なのに、深大寺は驚いた顔で固まり、うっすらと頬を染める。 「え、なに……?」 「そのへんのことは、ぼくが教えてあげる」 真野はうろたえるが、佐宗は楽しそうだ。 「やっぱダメ。仲良くすんな。佐宗、康史とつきあってると思われるぞ」 声を低くして深大寺が割って入ってくる。だが佐宗は、すらりとした長身をわざとらしく真野の肩にしなだれかけてきて、それで真野は飛びのけそうになった。 「ほら、な? ぜんぜん平気」 「てめっ、離れろ!」 吼える深大寺に、いっそう楽しそうに佐宗は笑う。 「そんなこと言うと、そっちがバレバレになるよ?」 「俺らはいいんだよっ。もとからこうなんだからっ」 俺ら、って。もとから、って――。 真野は赤くなる。よいしょ、と佐宗を押し戻した。深大寺を見つめて胸が熱くなる。 「あーあ。あてられちゃうな」 佐宗が苦笑して漏らした。 「うらやましいよ、マジ」 ああ、そういうことか――佐宗に目を向けて思った。 「いいよ。友だちになろう」 「康史っ」 深大寺がムッとして呼んだが、真野は佐宗に笑いかける。佐宗も、すっきりとした笑顔になる。 「うん。そういう素直なところ、ぼくも好きだな。真野はモテモテだね。深大寺は大変だ」 「え?」 深大寺が何か言いたそうにするが何も言わない。怒ったように弁当をかき込む。それを真野と一緒になって横目で見て、佐宗は落ち着いた声で続けた。 「でも少しくらい、いいじゃない。ぼくは安全だって、もうわかっただろう? 佐々木も断ったんだし、あの強引なヤツにも大嫌いって言えたんだからさ。真野を信用したら?」 「佐宗――」 真野は、胸がじんとした。やっぱいいヤツだ――素直に思う。 「あいつ、宮本だっけ? 大嫌いって言われて傷ついてたけど、そんなふうにでも真野がハッキリしてれば深大寺は安心だろう?」 「うっせ」 面倒そうに深大寺が答えた。真野はぽかんとしてしまう。宮本を傷つけたなんて思いもしなかったし、自分の態度が深大寺を不安にさせていたとは――わかっていたつもりが、それほどわかってなかったんだと悲しくなる。 「で、昨日はどうだった?」 気をとりなすように佐宗が訊いてくる。 「佐宗、しつこい」 もう、深大寺は投げやりな様子だ。 「――やさしかった?」 そっと真野に耳打ちした。真野は赤くなるが、深大寺のためにも、それだけは答えたい。 「やさしかった」 驚いたことに、深大寺もサッと赤くなって顔を伏せる。 「よかったな」 ぽんと、佐宗が頭に手を乗せてきた。妙にくすぐったくて真野は首をすくめるが、それにも嫉妬するような深大寺が愛しくて、胸がいっぱいになった。 窓の外の青空が目に映る。明後日から、夏休みだ。怒涛のような数日を経て、深大寺とふたりで、これまでとはまるで違う夏休みを過ごすことを思った。 照れくさそうにしている深大寺を見つめ、真野はときめいてならなかった。 おわり
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