Words & Emotion   Written by 奥杜レイ




      猫と水たまり
      −16−




       葵は克巳と正門を出る。空はもう暗くて、下校する生徒たちの群れは後夜祭の高揚をはらんだまま、潮が引くように駅へと流れていく。ふたりは離れて、マンションへの道を辿った。通りを折れて細い上り坂に入る。しばらく行けば、海を望むあの場所に出る。どちらからともなく、立ち止まった。
       葵は胸がいっぱいで、ずっと言葉もない。肩を並べて隣を行く克巳がうれしくて、やはり一言もしゃべろうとしなくて、それは自分と同じ気持ちだからのようで、手をつなぎたくてたまらなかった。
      「やっぱ海、見えないな」
       だから、そんなことが口から出てしまう。
      「星が見える」
       そう返してきた克巳に笑った。満たされていた。けれど、ぎりぎりの気持ちだ。克巳が欲しい――。
      「後夜祭は成功だったな。でも、最後にあんな演出があるなんて思わなかった」
       苦笑したような克巳に葵も苦笑して返す。
      「言わなかったから」
       どうしてと、克巳は尋ねてこない。克巳も満足しているからと葵は受け取った。
      「きっと、来年もできるだろう」
       それは生徒会長としての言葉だ。葵は笑みをこぼし、先に歩き出す。
      「来年のことなんて、来年のヤツラに任せとけばいい」
      「――そうだな」
       並んできて克巳もクスッと笑った。
       手をつなぎたい。でも、まだだ。葵は胸を震わせる。
       道は下り坂になり、マンションへと葵は足が速まりそうになるが、克巳はゆったりと隣を歩く。ふたりで帰る道のりを楽しんでいるのか、マンションに着いてしまうことを恐れているのか、葵は測りかねた。
       今夜、葵の家には誰もいない。そのことを克巳は知っている。
       暖かく明かりをともす家々の前を過ぎていきながら、隣に克巳がいるというだけで葵は息苦しくなる。
       手をつなぎたい。逃がしたくない。けれど、早まれば克巳は逃げてしまう。――きっと。
       ようやくマンションに着き、素知らぬ顔でエントランスに入った。克巳も普段の澄ました顔でいる。
       エレベーターに乗り込み、そろって六階で降りる。克巳の家の玄関が目に入り、葵は足を止めた。
      「克巳。サンキュ。オレ、実行委員長やれてよかったよ」
       それは、偽りない本心だ。葵は克巳に手を差し出す。少し驚いたふうに克巳は振り向き、やわらかな笑みに顔を崩してその手を握った。
      「――うん」
       うなずいて、葵は歩き出す。ぎゅっと握り返した克巳の手を放さずに、自宅に向かう。
      「え……? ちょ、葵!」
       克巳が小さく叫んだが、構わない。ぐいぐい引いて、足を速める。克巳の家を過ぎた。
      「なんで――ま、待ってくれ!」
       答えずにポケットから鍵を取り出し、素早く自宅の玄関を開ける。克巳を先に押し込み、ドアを閉めると同時に鍵をかけた。
      「葵! これ――んっ」
       克巳を抱きすくめる。唇を奪う。もう待てない。克巳をさらう――。
      「……は、ちょ、んん!」
       感じて――克巳も感じて。欲しがって。
      「あ……あ、もう……っ」
       ドサッと克巳の鞄が落ちた。克巳をドアに押しつけて葵はキスを貪る。自分の鞄も下に落とした。
      「は、あ、……なんでっ」
       だけど、克巳は抱きついてくる。克巳から舌を絡めてくる。頭を強く引き寄せられた。胸が熱い。股間も――。
      「……欲しい」
       喘いで、葵は言った。克巳の目を覗き込む。
      「俺の、都合は……無視か」
      「逃がさないって言った。オレも逃げない」
      「なんて強引なんだ」
       端正な顔が苦しそうに歪む。
      「……したくねえの?」
       ぎりぎりの気持ちだった。克巳も同じだと思いたかった。
      「それ……言うな。――同じ男だし」
       上ずって言って、克巳は顔を横にする。背後のドアにもたれて、肩で息を継いだ。
      「……帰らなくちゃならない」
      「帰さない」
       克巳はきつく眉を寄せて、目を伏せる。
      「わかってくれ……戻ってくるから」
       葵は克巳の手を取った。靴を脱ぎ、自室のドアを開けて強く克巳を引き寄せる。
      「葵!」
       悲痛に呼ぶが、克巳も慌しく靴を脱いだ。
      「ほら」
       葵は克巳を軽く突き放してベッドに座らせ、ケータイを投げて渡した。
      「電話しろよ」
       克巳はケータイを握り締め、立ちはだかる葵を冷たく見上げてくる。
      「いつも、こんななのか? 軽蔑したくなる」
      「こんなじゃねえよ! 克巳だからだろ!」
       のしかかるようにして、葵は克巳の座る両脇に手をついた。鼻先が触れるほど間近で目を合わせる。
      「……戻ってくるって言うなら、戻ってくるって信じられる。けど……オレが待てない」
      「――葵」
      「こんなに欲しくなったこと、ないんだ。どうなってもいい……今、克巳が欲しい」
       克巳は、すっと視線を下げる。ケータイをじっと見つめた。
      「……俺は、親に信用されてないから」
      「電話してもムダって?」
      「なんて言えばいいんだ」
      「友達の家にいるって言えばいい」
      「……不自然だ、俺じゃ」
      「なんで――」
       葵は克巳の隣に腰を下ろした。そっと肩に手を回して、克巳を抱き寄せる。
      「――好き。困らせたくない。でも欲しい」
       それが全部だった。ささやいて、克巳の髪に口づける。
      「……葵」
       うつむいた陰で、克巳が深い吐息を落とした。秘めやかで、あきらめたようでもあるのに、熱く湿って葵の耳に響いた。
       克巳はケータイを開く。ひとつひとつ確かめるように番号をプッシュして、耳に当てた。
      「――麻衣?」
       急に顔を上げて明るい声になる。口元までほころばせ、その横顔を葵は驚いて見つめた。
       麻衣って……。
       克巳の姉だ。以前、そう聞いた。
      「よかった、麻衣が出てくれて。今、友達の家にいて――そう。……ありがとう、麻衣」
       克巳は笑顔になる。心から安堵した笑顔だ。
       ……こんなふうにも笑うなんて。
       ほとんど無意識に葵はエアコンのリモコンを手にし、スイッチを入れると呆然と置いた。
      「葵、俺たちついてる。麻衣が――」
       ケータイを切って克巳が顔を向けてくる。その瞬間、克巳をベッドに押し倒した。
      「えっ! あ、あお――」
       またたくまにディープなキスを仕掛ける。全身で克巳を押さえつけ、顎を動かして克巳の唇を貪った。
      「ん――ふ、ん」
       克巳のもらす声が艶めく。克巳の腕が背に巻きついてくる。鼓動が跳ね上がった。
      「……んな顔、すんじゃねえよ」
       しかし、葵は苦々しく言ってしまう。唇を滑らせ、耳たぶに軽く噛みついた。
      「そんなに……麻衣がいいかよ――」
      「え?」
       克巳が顔を向けてくる。葵はそらした。
      「葵、それって――」
       一瞬で体を返され、逆転して、葵は克巳に組み敷かれた。
      「笑えるな。麻衣に嫉妬? 姉なのに?」
       鼻を突きつけてきて、にっこりと言った。
      「……るせー」
      「かわいすぎ」
       チュッと唇にキスして、メガネを取る。葵に馬乗りになって半身を起こした。ドキッとして葵は克巳の顔から目が離せない。初めて見た。メガネを取った、克巳の顔――。
       克巳はその間にも、葵の制服のシャツを両手で開いていく。
       すっげ……エロ。
       ゴクリと葵の喉が鳴る。天井の照明を背に、克巳の顔は逆光の陰になっている。うっすらと笑んだ、端整な顔立ち。しかし、ちらちらと投げかけられる眼差しは、すっかり情欲に濡れている。
       葵も見たかった。克巳の肌が。
       両手を伸ばして、克巳のシャツのボタンを素早くはずしていく。想像していたとおりに克巳の胸はなめらかで、しかし想像していた以上に見事に引き締まっていた。
       トクンと鼓動が響く。白いシャツの陰に、ピンクの粒が覗いて見える。
       ……やらしい。
       しどけなくシャツの前が開いて、自分を見下ろす姿。艶やかな黒髪と、メガネをはずした静かに整った顔。乱れていて、でも清らかに美しく、男っぽい色気を感じさせるのに、ひどくなまめかしい。
      「葵――」
       克巳が被さってくる。シャツを脱ぎながら。
      「……克巳」
       葵もシャツを脱ぎ、おとなしくキスを受けた。肌が重なる。温かい。
      「ん……」
       抱かれる、という感覚を葵は味わった。なんだか後ろめたく、だけど興奮する。男とするんだな、と、ふと思った。
       克巳の手が肌を這い回る。胸をまさぐり、やさしく脇腹を撫で下ろす。性感を刺激され、葵は浅く喘いだ。
       ……こんなふうに抱くんだ。
      「慣れてんな」
       口にもらせば、克巳はクスッと笑う。
      「そっちこそ」
       まるで無抵抗なことを言われたとわかった。葵も笑う。しかし少し気に入らない。
      「……誰としたんだよ」
       無粋な質問とわかっていて、言ってやった。
      「やっぱ、ずっとカノジョいたんだな」
      「柴崎とは何もしていない」
       だが、思いがけない返事にギクッとする。
      「それ言う?」
      「葵もそうだろう? これは……俺たちには大事なことなんじゃないか?」
      「克巳――」
       目が合い、視線が絡んだ。克巳に、そっとキスされる。
      「葵が好きだ。ずいぶん前から好きだった。気づけなかっただけで……でも、気づいたら柴崎とつきあった本当の理由までわかった。葵を好きな柴崎の気持ちに、自分の気持ちを重ねていた」
       葵は息を飲む。じっと克巳を見つめ返す。
      「悪い男だろう? 俺とつきあっても柴崎は葵が好きで、そこに自分の気持ちを託してたなんてさ。柴崎を応援して――」
       ……克巳。
       ぎゅっと克巳を抱きしめる。くるりと身を返して、自分が上になった。
      「やっぱ、克巳が抱かれろ」
      「葵……」
      「――そそられた」
       唇を合わせた。深く、熱く。
       美由への罪悪感が胸に滲む。だけど克巳が愛しい。初めて自分から好きになった相手だ。過去のどのカノジョにも申し訳なく思えそうになるが、そんな思いは薄れて消える。
       本当に、好きになるということ――。
       こんなにも苦しくて、せつなくて、でも肌を合わせて、とてつもなく幸せだ。克巳にも思ってもらえて――いっそ、自分より強く。
      「……抱かせて。オレのものになって」
       葵はささやく。そうして、やわらかく克巳の肌を愛撫する。
      「大切で、たまらない。やさしくするから」
       自分で言って、涙ぐみそうになった。
      「葵」
       フッと克巳は笑う。
      「……わかってる」
       穏やかな笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。
       葵は克巳にキスをする。唇に、頬に、肩に。薄い皮膚を通して克巳を感じて、たまらなく胸が震えた。舌を這わせて、克巳を味わう。きつく吸いついて、しるしを残す。
      「麻衣にも嫉妬するなんて……」
       胸を上ずらせて克巳がささやいた。
      「驚くよ、ホント……麻衣は俺の味方で――でも、家族なのに」
       すっと克巳は息を飲んだ。細く吐き出す。
      「高校に入って……親の締めつけがきつくなった。第一志望に落ちて、あのとき……クラスの子とつきあってたって、バレて――あっ」
       葵は克巳の胸の粒を舌で押し潰す。べろりと出して、つついて、こねた。
       克巳の背が反って、わずかに浮く。それをシーツに押し戻して、粒を唇で挟んで吸う。
      「はっ、あ」
       身をよじり、克巳が両肩をつかんできた。その強い力を葵は心地よく受け止める。
       克巳の緊張は伝わっていた。取り留めなく話し続けるようでいて、実は気を紛らわせているとわかっていた。
       自分に意識が向いてくれてうれしい。克巳が、自分に抱かれていると思ってくれるなら。
      「オレの知らない顔、するんだから」
       もう片方の粒に唇を移し、葵もささやく。
      「……姉ちゃんにだって嫉妬するよ、オレ」
       熱心に舌を使って克巳を刺激する。
      「は、んっ」
       腰をくねらせ、克巳が悶える。硬く猛った屹立が、布越しに腹にこすれた。
       葵は息が上がる。右手を滑らせて、克巳の股間に触れた。熱い吐息が唇から溢れる。自分がこんなふうになるなんて、思わなかった。
       克巳をイかせたい。克巳の昂ぶりを目の当たりにして、いとおしみたい。甘く、やさしく、とんでもない高みまで追い上げて、とろとろに克巳を蕩けさせたい。
       何もかも、忘れさせてやる。
       自分だけ見てほしかった。今は、ふたりで抱き合っている。
      「……だから」
       喘ぐ息の合間に、克巳は言う。
      「葵と……どうやって、つきあえるか、って」
       葵は克巳に両肩をつかまれながら、克巳のベルトを解く。
      「……なくしたくないから……邪魔されたくない。好きなんだって、わかって……男同士だけど……葵が、好きだから――はっ!」
       克巳の制服のズボンを下ろした。下着ごと。
      「あ、葵!」
       これまで、されるがままになっていた克巳が跳ね起きた。大きく息を飲んで見つめてきたとわかったが、葵は目も向けない。
      「な、んで……く、うっ」
       克巳の指が肩に食い込むようだった。克巳は小刻みに震えている。葵は構わない。克巳に、もっと感じてほしかった。
      「そ、んなこと! 葵!」
       克巳の屹立を握り、そこに舌を這わせている。少しの躊躇も湧かなかった自分に、葵は胸を熱くしていた。
       やっぱり克巳が好きだ。溢れるほど好きだ。感じて、たくさん感じて、自分を感じて――イってほしい。
      「あ、お、い」
       切れ切れに呼ばれ、ますます胸を焦がした。肩をつかむ力がぐっと強くなり、克巳が絶頂をこらえていると知る。口に含むものがいっそう大きくなったように感じた。なめらかな舌触りで、こうして克巳をイかせられたなら、ここでやめることになってもいいとまで思う。
      「感じて」
       克巳の昂ぶりをぐしょぐしょに濡らして、葵は熱い息を落とす。
      「オレを感じて」
       ぬるりと克巳を舐め上げた。
      「まだ……怖い?」
       先端にキスをして、唇でしごきながら根元まで口の中に滑り込ませる。
      「……怖い」
       克巳の熱く湿った息が、葵の額にかかった。
      「怖いよ……どうにかなりそう――葵」
      「……どうにかなって」
       口を離し、葵は克巳を見上げた。目に捉えた克巳の表情に、歯止めを失った。
      「あ……っ」
       克巳の唇にむしゃぶりつき、黒髪をつかんで押し倒す。ひどく乱暴にしてしまったと気づいたが、葵は止まらない。
      「ふ、ん!」
       深く唇を合わせ、逃げ惑う舌を絡め取って、克巳の屹立を握って追い上げる。いつも自分にするように、そうすればあえなく達すると知っていて、克巳にもそうした。
      「んんっ!」
       息苦しそうに克巳が悶える。頭を振って、キスから逃れようとした。
      「はあっ」
       それを葵は許し、代わりに喉元を吸う。鎖骨のくぼみを舐め、背を丸めて胸の粒を甘く噛んだ。
      「あ、葵!」
       ビクンと克巳の体が跳ねる。握った屹立が勢いよく滑った。放さないようにしたら親指が強くこすれて、克巳の絶頂を誘った。
      「あ、あ、あ」
       克巳は顔を横に背け、葵が見たことのない表情をさらす。紅潮した頬、薄く開いて濡れた唇、ひそめられた眉、閉じて震えるまつげ――まなじりから、しずくがこぼれ落ちた。
      「……ごめん」
       たまらなくうれしいのに葵は謝る。そうなっても黒髪をつかんだままだったことを悔やんだ。克巳の屹立を握る手が温かく濡れていた。胸は満たされて、深い吐息が湧き上がる。
      「謝るな」
       短く克巳が言い捨てる。
      「葵を……感じた」
       ゆっくりと視線を流してきた。
       葵は胸が締めつけられる。克巳の涙を唇ですくい取った。舌に感じた塩気が、いっそう胸を熱くした。黒髪をつかんでいたことをつぐなうように、やさしく撫でた。もう一度、まなじりにキスをする。
       克巳の全身から力が抜けていた。頼りなく葵の下になって、顔を戻して見上げてくる。
       葵は唇を重ねた。やさしいキスになる。
      「葵……本当に、好きだから」
       掠れた声でつぶやき、克巳が抱きついてくる。そっと抱き返し、葵は頬をすり寄せる。
      「――いいの?」
       そうと信じて、小声で尋ねた。
      「訊くな……っ」
       恥じらう克巳が葵はかわいい。自分を抱きたかったのではないかとは、もう口にしない。
       克巳が放ったもので濡れた手を克巳の股間にもぐらせた。固く閉じた先に指先を触れさせる。ヒクッと克巳が震えた。
      「……知ってる?」
       それだけは訊いておきたいように思えた。
      「……あたりまえだ」
       強気の返事を聞かされて、口元がゆるんだ。
       そこをそっと撫でる。吐息が熱く湿る。克巳の耳に吹きかけて、胸がいっぱいになる。
      「ヤっちゃいたいなんて、言うから」
       どんなことでも、克巳が話したいなら耳を傾ける。
      「欲しい、で……よかったのに。――ん」
       ずるっと、中指が入った。
      「欲しい、なんて言われて……うれしかった、なんて……言えるわけない――」
       はあっと、克巳が息をつく。克巳の中は熱い。深くまで中指をもぐり込ませ、葵は泣きたいような気持ちになる。
      「や、葵――」
       克巳が首にかじりついてくる。滲んだ汗で、腕が滑る。息が乱れて、自分のほうが苦しいように葵は感じた。だけど、克巳の息も次第に上がっていく。ふたりして熱に浮かされ、どろどろに溶けそうだと思った。
       こんなんで――。
       自分の指を飲み込むそこに、男がどうしようもなく感じる箇所があると葵は知っている。克巳のポイントを探し当てたかった。じりじりと内壁を指先でこする。このあたりと思う箇所で円を描く。
      「ああっ」
       くぐもった声で喘ぎ、克巳は背を反り返らせた。葵は止まらない。もう、頭の中はどろどろだ。やさしくすることしか考えられない。
      「はっ! あ、あ」
       克巳が額を合わせてくる。強く押しつけて、ゆるゆると首を振った。
       葵は指を増やす。そのポイントをはずさないようにして、じっくりと克巳の体を開いていく。傷つけたくなんかない。いっぱい感じてほしい。自分に抱かれていることを。
      「あお、い」
       潤んだ目が間近から見つめてきた。キスをねだられたようで、葵は応える。
      「はぁ」
       克巳は口を大きく開き、舌を差し出してきた。葵も同じようにして絡める。
       とても淫らだった。克巳がこんなキスをするなんて信じられなくて、でもうれしかった。胸がときめく。こんな克巳を見られるのは、自分だけだ。
      「あ、葵!」
       いつしか克巳は再び猛っていて、その先が葵の腹を突いた。葵は、まだ克巳をほぐす。克巳の先が濡れて、肌にぬめる感触に蕩けた。
      「あ、あ、くぅ――」
       克巳の腕が首からほどけてシーツに落ちた。葵が目に捉えた顔は、壮絶に色っぽい。
       もう、駄目だった。葵は指を引き抜き、身を起こして克巳の片脚を腰に抱える。そうして、ことさらにゆっくりと、克巳の中に自身の昂ぶりを埋めていった。
      「はあっ、あ」
      「息……止めないで」
       付け焼刃の知識で、喘いで克巳に言う。
      「や、葵……」
       胸を喘がせて、克巳は片手で額を押さえる。
      「見せて、顔――」
       克巳の中に入っていくのが精一杯で、葵は言葉にして伝えた。
      「葵」
       潤んだ瞳が見上げてくる。せつなく顔を歪ませて、克巳はせわしない呼吸を繰り返す。
      「葵……色っぽい」
       それこそ色っぽくささやかれて、葵はカッと顔が熱くなった。
      「誰だって、憧れる……俺じゃなくたって」
      「バカ……っ!」
       たまらず克巳に抱きつき、勢いでぐいっと腰が進んだ。
      「はっ!」
       克巳は仰け反る。全身をさざめかせる。
      「きれい……色っぽい……克巳」
       克巳の肩に顔をうずめて、葵はうわごとのようにつぶやく。
      「かわいい……」
       甘えて頬をこすりつけた。
      「オレを、捕まえな」
       自分は、ほかの誰のものでもない。克巳のものだ。
      「葵……」
       克巳の中に収まりきって、葵は動かない。克巳に抱きつくばかりで、熱っぽい息を繰り返す。
      「――葵」
       そっと、克巳の手が葵の髪に触れた。まさぐって乱し、指をもぐらせてやわらかく抱く。
      「気持ちいい……?」
       言われて、葵は深い息を落とす。
      「も、イきそう」
       フッと克巳が笑ったとわかった。
      「克巳は? ……苦しい?」
      「……少し」
       ささやいて、すぐに言い足してきた。
      「でも、勃ってる」
       葵も口元がほころぶ。そんなふうに、それなりの快感を伝えてくる克巳がかわいい。
      「もっと、よくしてあげたい……克巳のいいとこ、当たるかな」
      「あ」
       じわりと葵は腰を動かした。それだけで達しそうになり、ぐっと歯を食いしばる。
      「……あ、ゴム」
      「いら、ない! 入れ直すなんて――無理!」
       克巳がしがみついてきて、克巳の中のものがドクンと響いた。
      「ああっ」
       ぎりっと克巳の指が葵の背に食い込むようになる。そうまでして葵にしがみついてくる。
      「たまらない、克巳、いい――」
      「は、ん――」
       葵はすぐにも弾けそうで、これ以上ないほどゆっくりと克巳の中を行き来するが、またたくまに絶頂を超えそうになる。
      「や、あ……っ」
       克巳にかじりつかれ、耳元で喘がれるのが、どうにもたまらなかった。無理に声を抑えているとわかるから、言わずにいられない。
      「声、出して。もっと聞きたい」
      「――や」
       嫌と言われて余計に昂ぶった。
      「見せて、全部。オレに」
      「ひ、あ……くっ」
       重なる体に挟まれて、こすれて充実していたものを握った。ビクビクと克巳が震える。そうなっても葵にしがみついていようとする。
      「……やっべ。オレのほうがダメ」
       思わず口にしていた。抑えようもなく、腰が動く。目に見えて克巳を突き動かし始める。
      「あ、あ、あーっ」
       嬌声が克巳の口から飛び出した。
      「はな、放して葵! 嫌だ、そんな……!」
       克巳が腰をくねらせるから、葵はまた歯を食いしばる。
      「あ、ああん」
       甘ったるく耳を満たされて、胸が熱く染まった。もう克巳を握ってもいられなくなる。
      「克巳、克巳!」
       呼ぶしかできなくて、葵は克巳を突き動かした。苦しいんじゃないかとか、痛いんじゃないかとか、頭には浮かぶが止まらない。
      「や、はっ……い、いい!」
       それを聞いて、ぐっと深く挿した。
      「くぅ……」
       葵も声をもらす。とっくに限界だ。
      「あ、あ……い、イく――」
       せつなく訴えられ、頬を重ねた。唇をまさぐらせて、深く合わせた。
       胸がときめく。頭の芯まで熱くなる。克巳とひとつになって、とろとろに蕩ける。
       克巳も絶頂に漂っているとわかるから、うれしかった。克巳を溶かせば、自分も溶ける――。
      「は、あああ……」
       キスがほどけて克巳の顎が仰け反る。胸に甘くしみた声を残して、重なる体の合間に克巳の熱がじわりと広がった。
       そのときには葵も放っていた。信じられない射精感だった。快感の高みでさまよい、どこで達したのかもわからなかった。
       今もまだ、その感覚に浮かされている。体中が熱い。克巳の手が背から滑り落ちて、自分から克巳に抱きついた。
      「克巳、オレ――」
       とても気持ちよくて、とても幸せだ。でも言葉にできない。
      「……葵」
       克巳が身をすり寄せてくる。そんな克巳は信じられなくて、いっそう強く抱きしめた。
      「はぁっ」
       胸の底から湧き上がった吐息を落とし、葵は克巳を抱いて背で横たわる。そうなって、エアコンが効いて室内が冷やされていることに気づいた。火照った体が心地よく静まっていく。
      「葵」
       克巳の手が伸びてきて頬を包んだ。そっと、顔を向けさせられる。
       克巳はほほ笑んでいた。穏やかに安堵した笑顔だ。乱れた黒髪がなまめかしく、濡れて見える唇が色っぽいけど、やっぱり清潔な美しさが際立って感じられる。
       ……あんなふうにヤっちゃったなんて。
       喘いで乱れた克巳を思って、葵は顔が熱くなる。うれしくて、誇らしかった。自分だけの克巳だった。
      「……色っぽい顔」
       克巳がささやく。唇を寄せてくる。
      「ん」
       軽く合わせただけで離れた。じっと見つめ合う。
      「……痛い?」
       ふと気になったことが葵の口に出た。克巳は軽く目を見開き、フッと口元で笑う。
      「まだ何か挟まってる感じ?」
      「……やらしいな」
       わざと言われたとわかった。なんとなく、普段の克巳に戻っている気がしてくる。
       克巳に指で髪を梳かれた。乱れていた前髪を横に流され、頬に散っていた髪を払われた。そうして鼻筋をなぞられ、唇にも触れられる。
       これって――。
       葵は、ジトッと克巳を見てしまう。クスッと笑われた。
      「文化祭、終わったな」
       ……ああ。
       やっぱり、普段の克巳だ。ついさっきまでの蜜のような時間が名残惜しくて、葵はどうしようと思う。
      「これからは受験勉強、がんばらないと」
       なのに、また先手を打たれた。
      「葵の内申がもっといいなら、指定校推薦を受けたらいいと思ったけど」
       返す言葉を見つけられないうちに、続けて言われてしまう。
      「必ず、現役で合格してくれ」
       克巳は片腕を枕にして上目で見つめてきた。にっこりと温かく笑う。
      「卒業したら家を出るんだろう? 俺も出るから。大学が近くなら、ルームシェアしてもいいかなと思って」
       葵の心臓は飛び上がる。きっちり声に詰まった。目を丸くして克巳を見つめ返す。
      「そのほうが経済的だし。大学が決まってから相手を探すつもりでいたけど、葵とシェアできるならいいと思って」
      「……克巳〜」
       葵は唸ってしまう。思わず、克巳の額を指で押した。
      「なんで、そんな言い方しかできねえんだよ。一緒に暮らそうって、言えばいいだろっ」
       すっと克巳は視線をそらす。少し暗くなって言う。
      「……わかって言ってる? 一緒に暮らせば、つまらないことでケンカになったりする」
      「バカじゃね? ケンカしても仲直りすればいいだけじゃん」
       ハッと克巳は驚いた目を向けてきた。急に泣きそうな顔になって、葵の首にかじりついてくる。
      「……だから、好きだ!」
       耳元で小さく叫んだ。
      「葵がそうだから……俺は救われる」
      「救われるって、なに。克巳がまだるっこしいこと言ってるだけだろ。考えすぎて自爆するタイプだって、自分でわかれよ」
       救われると、なぜ言われたかわかっていて、あえてそう言い返した。
      「――うん」
       克巳が素直にうなずく。たまらない思いで、葵はぎゅっと抱きしめた。
      「うれしいよ、オレ。卒業したら一緒に暮らせるように、がんばる」
      「がんばってくれ」
       やっぱり克巳だな、と葵は笑った。「がんばってくれ」と返されるなんて、そのとおりだけど、今はあんまりだ。
      「それより……ね」
       鼻先をこすり合わせて葵はねだる。
      「ん」
       甘い吐息で答えられ、また胸が熱く染まる。
      「ふ、ん」
       キスをした。やわらかく、深く唇を合わせて舌を絡めた。体も足の先まで絡まって、まだ湿り気を残すような肌の感触が、とても心地よかった。
      「好きだ、克巳」
      「俺もだ」
       まだ、始まりだから。これまで自分たちをつなげていた文化祭は終わったけど、気持ちがつながって、体がつながった。
       かけがいのない人を得たと思う。
       克巳は心配性で頭が硬いから。自分は楽観的で面倒くさがりだから。
       きっと、うまくいくと思う。たぶん、これからも何度もケンカするけど、何度でも仲直りして一緒に歩いていける。
       どこに辿り着くのか――想像もつかない未来を葵は思い描く。だけど、そこは明るい。克巳の屈託のない笑顔が溢れている。
      「つか、さ。腹、減らない?」
      「え?」
       きょとんとして克巳が目を合わせてくる。
      「オレ、何も作れねえんだよなー」
       わざと言ったら、これもわざとだとわかる素振りで、ツンと克巳は顔を背けた。
      「料理くらいできるけど、動けるわけないだろ。誰のせいだと思ってるんだ」
       プッと葵は吹き出す。克巳も吹き出した。ケラケラと笑い合って、裸で抱き合って、タオルケットを引き寄せてふたりでくるまった。
      「あったかい」
      「うん。あったかいな」
       額を合わせ、そろって吐息を落とす。
      「少し寝るか」
      「……今日は疲れた」
       克巳を抱き寄せて葵は目を閉じる。克巳に甘えられる幸せを味わった。
       思い描いた未来は現実になる。その前に勉強だけじゃなくて料理もがんばったほうがよさそうだな、なんてことを思って葵は笑った。


      おわり


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