勢いづいて蒲団に倒れる。智明の上に遼二が重なり、それでもまだキスを貪り続けた。 智明は、泣けそうでどうしようもなかった。いまだ信じられない思いが胸にあって、それを遼二に消してほしくてならない。 「遼二――」 キスから逃げて、熱っぽくささやく。 「遼二、遼二」 抱きついた手で、遼二の背をまさぐった。 「――聞きたい。聞かせて……」 しかし声は消え入り、すべてを言えない。 遼二は顔を離して、じっと見下ろしてくる。やわらかく目を細め、静かな声を落とした。 「好きだよ――これから先も、おまえしか見えない」 「遼二!」 もう、それで十分だった。十年の時を超えて、一番聞きたかった言葉を確かに耳にした。 「好きだ、俺も、ずっと好きだったんだ!」 ありったけの思いを込めて遼二にしがみつく。もう、キスさえなくたっていい。遼二とぴたりと体を重ね、遼二のぬくもりを全身で感じて、智明は胸を震わせた。 「トモ――」 遼二が困ったようにつぶやく。 「これじゃ、何もできない」 「……知らない」 クスッと耳元で遼二が笑った。湯上がりに着たTシャツの裾から、遼二の手が忍び込んでくる。温かな感触が素肌を滑った。 「あ……」 腕から力が抜けた隙に、胸の感じやすい箇所に触れられた。指の腹で押し潰すようにして、じっくりとこねられる。 「は、あん……遼二――」 「ここ……感じるんだ?」 カッと頬が熱くなる。今になって、この状況が飲み込めた。 「や……だ、ダメ!」 「なんで」 「男としたこと、ないんだろっ?」 思わず言うが、遼二はきょとんとした目になって見下ろしてくる。 「ないよ。男は、おまえにしか勃たねえし」 ストレートすぎる物言いに、頭が沸騰しそうになった。 「って、なんだよ。初めてがダメなら、オレ、一生おまえとできねえの?」 「そういうわけじゃ……」 「ちょ、待てよ。なんか、むちゃくちゃ悔しくなってきた」 言われた意味がストンと胸に落ちて、智明のほうこそムッとなる。 「うっせ! もう高校生じゃないんだぞ!」 「知ってる! 自分にムカついたんだ!」 「遼二……」 まさかの展開に智明はうろたえた。迷って上体を起こしたら、遼二も釣られたように身を起こした。 「ごめん――オレが悪い。けど、嫉妬で焼き切れそうだ」 智明をまたいで膝立ちになり、遼二は前髪をかき上げた手で顔を覆ってしまう。 「遼二」 愛しさが込み上げた。顔を隠した遼二の手に自分の手を重ね、智明はそっと言う。 「それでも、俺はずっと遼二が好きだった」 「トモ――」 顔から手を離し、遼二が見つめてくる。顔を寄せてきて、かすかに唇を触れ合わせた。 「抱きたい――抱かせて。やさしくする」 「……うん」 遼二にTシャツを脱がされ、智明も遼二のニットを頭から引き抜いた。そうして互いに裸になり、遼二を目にして智明は吐息を溢れさせる。隣の部屋から射す明かりを受けて、男らしい色気が匂い立つほどに感じられた。雄々しい猛りに目が惹かれて釘づけになる。 「トモ……男だな」 フッと笑みをこぼし、遼二がのしかかってきた。喉元に食いつくようなキスをされて、智明は歓喜の声を上げた。 こすれ合う素肌の感触が、たまらなく心地よかった。遼二の愛撫は本当にやさしかった。 じれったいほどで、智明は背を波打たせる。遼二の頭を抱え、緩慢に髪を乱す。しかし、じわじわと追い上げられるほど快感は深く、智明を芯から蕩かせて息もつけなくさせる。 ほとんど、朦朧としていた。 飾りほどの胸の粒は刺激に負けて硬く尖り、遼二にもてあそばれるなら、いくらでも快感を生み出した。肌はどこに触れられても敏感にヒクつき、流れるように甘く痺れる。 それは、智明の知らなかった、心から好きな人に抱かれる歓びだった。そう意識すればなおさら、屹立はいっそう硬く充実し、その先から蜜をしたたらせる。 早く、遼二がほしいと思った。その雄々しい猛りで自分を貫いてほしい。深くまでえぐり、自分の中をいっぱいに満たして、二度と離れられなくなればいい。 「遼二……手――」 「――え?」 「貸して、右手」 顎から伝い上がって頬を包んだ遼二の手を両手で探るようにして取った。喘ぐばかりで一向に閉じない口に、そろそろと持っていく。 差し出した舌を絡めて、遼二の中指と薬指をまとめて口に含んだ。たっぷりと濡らす。 「……トモ」 遼二は熱い吐息を落とす。 「……エロすぎ。これじゃ、暴走しそう――」 甘く崩れた顔に目で笑って返し、ますますうっとりとして、智明は遼二の指をしゃぶる。 「……もう、いいだろ」 音を上げて、遼二が強引に指を引き抜いた。 「ほぐして……ずっと、してないから」 うわごとのように智明は漏らす。 「遼二も濡らさないと――」 離れていく遼二の右手を追うようにして、上体を起こした。しかし、遼二の猛りに首を伸ばしたら、肩をきつく押さえられた。 「んなの、オレがダメだって」 「でも――」 「ちゃんと、濡らすから」 「――あ」 屹立をつかまれ、ぬるっと滑った感触に胸が上ずる。その先に軽くキスされて、驚きのあまり息が止まるかと思った。 開いた脚の合間に遼二は顔をもぐらせる。まだ慎ましく閉じているそこに、濡れた遼二の指が触れると同時に肉厚の舌が滑った。 「あっ」 思わず両膝が立ち、智明は背を引きつらせる。きつくシーツをつかんだ。 「な……っ、遼二! ――ああっ」 声が飛び出すも言葉にならない。慎重に中にもぐり込んできた指の感触と、その周りを這う舌の感触に、一息で持っていかれる。 握られている屹立が蜜を溢れさせた。裏筋を強くこすられ、腰が跳ねてしまう。 「あっ、……そんな! ――イく、これじゃイっちゃうっ」 咄嗟に遼二の髪をつかんだ。遼二は上目で視線を投げかけてきて、見せつけるように舌先を体内にねじ込む。 「は、あ……ああっ」 ひとたまりもなかった。まったく自制が利かず、智明は腹に白濁を散らした。 呆然とする間も与えられず、放ったしずくすら遼二のものとなる。指先ですくい、遼二とつながる箇所をほぐす材料にされた。 「嘘……だろ――」 だが、これが遼二だ。常に智明を圧倒する。体のどこからも力が抜けて背後に倒れ、智明は遼二に探られる感覚に酔う。 知ってか知らずか、遼二は的確だ。途方もなくじっくりとほぐされて、達したばかりのものがまた充実していく。 「いい……」 知らず、声に漏らしていた。 「来て、もう……ほしい、遼二――」 気持ちを裏切らずに、唇からこぼれた。 「……たまんないよ、トモ」 遼二が乗り上がってくる。 「すっげー、色っぽい。むちゃくちゃきれい」 覗き込んできた顔も、そう言っていた。 智明は遼二を抱いて引き寄せる。キスをねだり、すぐに満たされる。 内腿を雄々しい猛りが滑った。硬くはちきれそうなそれは、迷わず智明を貫いてくる。 「あ、は、あ、遼二っ」 ぎゅっと遼二に抱きつき、体の中でも外でも遼二を感じた。 「くっ……トモ!」 ずくっと奥まで、突き刺さってくる。 「もっと……ほしい、遼二、遼二!」 「ったく、あおるなって!」 「いい……ひどくして、いいから!」 それからは夢の中だった。遼二の律動は力強く、どこまでも智明を昂ぶらせた。そうして幾度果てたのか、智明は知らない。 夜の闇を抜けてまぶしい朝を迎えるまで、遼二に抱かれていた。最後にはどろどろに溶けて、遼二と混ざり合えたように感じた。 智明は、うっすらと目を開く。すぐそこに遼二の顔があった。 眠っている。ひどく安らかに。あどけない子どものようにも見え、智明は胸が熱くなる。遼二に抱かれた幸福を噛み締めた。 ふと、遼二の顔の向こうに点滅する光が見えた。自分の携帯電話だ。伸び上がって取り上げたら、姉から着信があったことを示していた。時刻はもう十時を過ぎている。同窓会でマナーモードにしてから解除し忘れていた。 姉を無駄に心配させたくなくて電話する。 「――うん、ごめん。昨日、寝たのが遅くて」 遼二を起こさないように小声で話すも、遼二の胸から離れる気持ちにはなれない。 姉の用件は大したことなく、旅行は二泊と父親が言い忘れて出てきたようだから、今日帰宅しなくても心配するなということだった。 「わかった。あ――あのさ」 切りかけた向こうで、なあに、と姉が笑う。 「うん。俺――やっぱ、東京に行っていい?」 もちろんよ、と即答された。その話は旅行から帰ってからゆっくりしましょう、と。 「うん……ありがとう。父さんをよろしく」 温かな溜め息が出た。ぎゅっと携帯電話を握り締めたその手が、大きな手に包まれた。 「――遼二。ごめん、起こした」 くっきりと目を開いた顔は、乱れて散った髪も色っぽく、一瞬で智明の心を捕らえる。 「――聞いたぞ」 ニヤリとして、遼二は智明から携帯電話を取り上げた。そうして智明を胸に抱き寄せる。 「オレ、2DK借りてるんだよな」 「……え?」 「家賃同じなら広いほうがいいと思ってさ」 言われた意味がわかり、智明は目を瞠った。 「早く来いよ。キレたら、また迎えに来るぞ」 遼二は頬に触れてきて、やさしくくすぐる。 「おまえ、エロすぎ。おかげで一晩中ヤりまくりだ。これじゃ、一週間も我慢できない」 カッと顔が熱くなった。背けようとしたら、手のひらに包まれる。 「今さら照れるか?」 「……照れるよ」 間近に見る遼二の笑顔がまぶしくて、そう返すので智明は精一杯だった。 「この部屋に泊まったのも、十年ぶりかあ」 しんみりと漏らし、縮こまる智明を抱いて、遼二は天井を振り仰ぐ。 「ひとつだけ、ひどくリアルに覚えてる」 ひっそりと、つぶやいた。 「目が覚めたら、手をつないでたんだ」 智明の表情を探るように視線を流してきた。 「あのときの気持ち――信じられないほど幸せだった。なんでか、昼間でさ。窓が開いてて、風が入ってきて、トモの髪を揺らしてた」 智明は、きゅっと胸が締めつけられる。甘酸っぱい思いが滲んで広がっていく。 「おまえ起きなくて、ずっと寝顔見てた。けど、そのあとどうしたか覚えてないんだよな」 まっすぐに遼二を見つめた。胸がゆるやかに高鳴っていく。視線が絡んで解けなくなる。 「……遼二」 声を出したら掠れていた。頬が熱くなり、しかし智明は続ける。 「行くから。必ず行くから。もう、迎えになんて来させない」 「ん」 コツン、と遼二は額を合わせてくる。 「フリーライターひとりくらい養えるから」 「――バカ」 智明は心から笑う。遼二の首に腕を絡みつけ、温かな涙を溢れさせた。 「我慢できないのは俺だ。身ひとつで行ってやる」 「それは……楽しみだな」 甘ったるい睦言は重なった唇の中に消えた。 信じられない幸福だった。でもこれは現実だ――胸を熱く染め、智明はうっとりと酔う。 この十年は闇にさまようようだったけど、確かな十年だった。遼二も自分も大人になり、十七歳の頃には手に入れられなかったものをふたりでつかんだ。 遼二の言うとおりだ。遼二と未来を見たい。 おわり ◆BACK ◆作品一覧に戻る |
素材:あんずいろ