Words & Emotion
輪の外
Out of a Circle
2 break
「あー……」
細く長く私の声が響く。がくがくと体が震える。ヤスヒロの上に乗って、文字通り、乗馬をするように腰が勝手に動いていた。
その声を合図に、ヤスヒロはすぐさま上体を起こし、私をシーツに押し倒した。
のしかかる大きな体に激しく突き動かされる。その重みを全身で受け止める。汗で濡れたヤスヒロの肌が私に貼りついては離れる。頬に首に耳にせわしないキスをされる。
旧校舎でしたときとは違う。絡みついて解けなくなってしまうんじゃないかと思う。余計なことなんか考えていられないほどに感じまくる。ヤスヒロの意のままにされて、私は私でなくなってしまうんじゃないかと思う。
だけど――与えられる快感に翻弄され、溺れ、体中が愉悦にむせび泣いても、心の奥にある冷たく醒めた部分に私の意識は向かう。
「なんかすごかったな、今日のミチコ」
終わって、私の隣に体を投げ出すと、ヤスヒロは言った。私はそれをあえて否定しない。なかなか静まらない私の息も、ぐったりとベッドに沈む私の体も、ヤスヒロにはそうとしか見えないのはわかっているから。
「ヤスヒロは――どうなの?」
「んー? おれもヨカッタぜぃ、おれはいつだって、すっげえイイ」
そんなことを言って、私の耳元に口を寄せて、だってミチコとしてるんだもん、なんて子どもみたいに言う。
ヤスヒロを胸に抱いて毛布を引き寄せてふたりでくるまった。終わったばかりの体はあちこちがべたべたする。未練たらしく私の胸を舐めたヤスヒロから逃げて、私は言った。
「いいよね、いつでも同じくらいイイなんて」
射精に至るまでのプロセスに違いがあっても、射精に伴う絶頂感にはほとんど違いはないと言ったのはヤスヒロだ。それを忘れたのかどうか知らないけど、ヤスヒロはきょとんとした目を上げた。
「なんだよ、それ」
「べつに」
私の返事に小さくため息をもらすと、ヤスヒロは私から離れてごろりと体を仰向けた。
「ねえ、ヤスヒロ。いつだって同じようにイイんなら、このあいだも今日と同じくらいよかったの?」
言えばヤスヒロは目だけをちらっと私に寄越した。
「このあいだって……旧校舎でしたとき?」
「そう」
「うん、まあな」
まあな、か。いいよね、出せば快感なんて。
どうして私にはアレがないんだろう。女なんだからあたりまえと言ってしまえばそれまでだけど、なんだか最近、そんなことを思う。
アレがあったら、ヤスヒロがどんなふうに感じるのかわかるのに。私がヤスヒロをよくしてあげられるかもしれないのに。
そうなんだ、最近の私は、そんなことを考えてしまう。
どんなにヤスヒロが感じるって言っても、出せるだけで気持ちいいって言っても、そんなの私には実感できない。しているときのヤスヒロは、私みたいにはならない。
なんか、いつもどこか余裕があるみたいで、私を喘がせて、私に声を出させて、私を悶えさせてどうしようもなくさせるのに、ヤスヒロはいつだって私をそうさせるだけで、ヤスヒロ自身はそんなふうにはならないんだもの。
かっこいいヤスヒロ、しているときの私みたいに喘がせて、せつない声を出させて、身も世もないほどにどうしようもなくさせられたら、どんなにセクシーできれいかと思う。
そうだよ、そこまでできなくたって、私にアレがあったら、よかったかなんてヤスヒロが私に訊くこともないじゃない。イっちゃえば、一目瞭然だもの。
本当、どうして私にはアレがないんだろう。
「痛、痛いって」
「なに考えてんだよ」
むぎゅっと頬を抓まれた。
「ミチコ、ここんとこ、なんか上の空な」
「そんなことないもん」
「刺激が足んないんじゃないのか?」
「えー……」
ヤスヒロの手は、私の背を滑り降りてお尻を撫で回した。それから、その谷間に向かう。
「やだよ、そこ」
「――ちぇ」
渋々と離した手を所在なげに伸ばし、ヤスヒロはベッドサイドからタバコを取った。火を点け、天井に向かってぷかりと煙を吐く。
そう、最近のヤスヒロはアナル・セックスをしたがっているのだ。何度か試して、私もそこそこ感じたけど、どうしても違和感が残った。しょうがないと思う。私にはちゃんと入れるところがあるのだから。
思いつく限りのセックスを一通り私と試したヤスヒロは、さらにその先を試したがる。今はひとまず、ヤスヒロにSの気がないのは助かっている。痛いのは楽しくない。
3Pは、ほかの女の子とヤスヒロがするのは嫌だと私が言って、ほかの男と私がするのは嫌だとヤスヒロが言ったので、その話題が出た時点で却下になったけど、私のバックはまだ諦めきれないらしい。どうやら、中に出せるのがいいみたいなんだ。
『セイフ・セックスは、自分の身を守るためにも、愛する人を守るためにも大切です』
大人たちは口をそろえてそう言う。自分を守るも何も、妊娠したら困るのは高校生なら誰だって同じだ。するときは避妊する、コンドームは必需品だって、誰だって知っている。
『あなたたちのため』と言ってセイフ・セックスを説く大人たちの気が知れない。生殖を目的としないセックスは、何を目的としていると思っているのだろうか。
愛だとでも言うのだろうか。セックスの目的が愛なんて、本末転倒だと思う。好きだからしたい、それが始まりなのだから。
私はヤスヒロが好き。だから放課後は私の家に一緒に帰って、毎日のようにしている。
私は私の体を使ってヤスヒロを気持ちよくしてあげる。ヤスヒロはヤスヒロの体を使って私を気持ちよくしてくれる。もっと感じたいから、もっとすごいことをしたいと言うヤスヒロの気持ちはわかる。私だって、もっと感じたいと思うもの。
だけど、出せばエクスタシーを感じると言うヤスヒロと私は同じにはなれない。私の体はそんな簡単にはできていない。
ヤスヒロとしていても心の奥に疼くかすかな渇き、それを最近の私は意識する。ヤスヒロが望むようなすごいことをしても、それが癒えるとは思えない。
ヤスヒロの望むことと、私の望むこと――。
「おれ、そろそろバイト行くから」
タバコを消すと、ヤスヒロはいつもと同じようにベッドから抜け出た。私の気なんか知らないで、さっさと制服を着る。
部屋を出て行くヤスヒロをベッドから見送った。様々な思いを巡らせる頭とは裏腹に、私の体は気だるい開放感に満ちていて、私はこのあと、ヤスヒロのぬくもりの残るベッドでしばらくだらだらする。
重い腕を伸ばしてカーテンを少しめくった。窓の外はすっかり真っ暗だ。玄関から出てきたヤスヒロが見えた。ありきたりな学生服姿もヤスヒロだからかっこいい。
門を閉めながらヤスヒロは私の部屋をちらっと見上げた。少しうれしくなった。ヤスヒロは点々と街灯の続く歩道をバス通りに向かう。ヤスヒロの背の高い後ろ姿が、薄ぼんやりとした明かりに浮かんでは消える。
遠ざかるヤスヒロから視線を戻した私は、ふと、うちの前に人影を見つけた。
――シンジ?
街灯に並ぶ街路樹に隠れて、シンジはヤスヒロの後ろ姿をまっすぐに見つめている。
なんで?
一歩も動きそうにないシンジが不思議に思えた。どこかに行く途中でもなさそうで、それなら、なぜそこにいるのかと思った。
やがてシンジは踵を返す。自分の家の方に向かって歩き出す。と、不意に私の部屋を見上げた。私は咄嗟にカーテンから手を離した。
まさか――。
何かが私の中で符合した。気になっていたことの答えを見つけたような気がした。
間違いない。旧校舎でシンジに見られたときの不自然な感じ――普通だったら、している男と女を見たら、どの男子高校生だって女を見るものじゃない? だけど、あのときのシンジは私と目が合わなかった。
――シンジはヤスヒロを見ていたんだ。
そうと気づいた私はシンジを観察するようになった。シンジを観察するのは簡単だった。シンジとはクラスが違うのに、ヤスヒロと一緒にいれば私は容易にシンジを見つけられた。
そんなときのシンジはやたらとヤスヒロを見ていた。学校の中でも、学校からの帰り道でも、私が見つけたシンジは必ずヤスヒロを見ていた。
何も聞かされなくてもわかる気持ち――と言うか、これほど幼稚な態度を見せられれば、誰だってわかるんじゃないの?
いつからシンジはヤスヒロの姿を追うようになったのだろう。旧校舎でのことがある前からなのか、あってからなのか。
物静かで勉強のできるシンジ――スカしてて、無口で、そのくせ顔だけはきれいな男。そんなシンジが、どうしてヤスヒロを追い回すようなマネをするかな?
変なの。ホモなんだかゲイなんだか知らないけど、ヤスヒロが好きだとしても、ヤスヒロが私といるのを見ていたり、ヤスヒロが私としているのを見ていたり、挙句には、私としてから私の家を出てくるヤスヒロの姿さえ見ているなんて、なんか、信じられない。
そんなバカなマネまでしてしまうほどヤスヒロが好きだとでも言うの? て言うか、シンジってマゾ? そんなに好きなのにヤスヒロと付き合えない自分がかわいそうって?
冗談じゃない。そういうのって、なんか許せない。ふざけんじゃないわよ、シンジ。
その日は、バイトに行くヤスヒロと一緒に私も家を出た。バス通りの角にあるコンビニの前でヤスヒロを見送った。買い物を済ませて戻ると、うちまで数メートルのところで、門の前に立っているシンジを見つけた。
シンジの見上げる視線の先、私の部屋の窓は明るい。電気を点けっぱなしで出てきたのを思い出すと同時に、無性に腹が立った。
「シンジ」
私の声に振り向いたシンジの驚いた顔。笑ってやりたいくらいだった。
「そこで何してんのよ」
歩み寄る私に、シンジは気まずそうに目を逸らしただけだ。シンジって中学生のころからこうなんだよな、はっきりしなくて。
「な、なに?」
私にぎゅっと腕を掴まれ、シンジは戸惑った顔を上げた。高校男子としては華奢なシンジだけど、私よりも背は高い。そんなシンジをぐいぐい引いて私は玄関に入る。
「あんた、ヤスヒロが好きなんでしょ」
「え?」
大きく目を開いて、まさに図星って顔を平気でしたシンジにさらにムカついた。
「ヤスヒロなら帰ったわよ。なんだったら、自分の目で確かめてみれば?」
サンダルを脱ぎ捨て玄関を上がる。私に引かれて、シンジも慌てたように靴を脱いだ。階段をずんずん上がって、私の部屋までシンジを引き連れた。
「な、なんだよ!」
バタンとドアが閉じると同時にシンジが叫んだ。ここまで黙って連れてこられたくせに、なんだよって、何よ。
じろじろとシンジを見てやった。誰もが美人と認めるお母さんそっくりの顔。さっぱりと整えられた髪は細くてやわらかそうでさらさらしていて、肌は白いしなめらかだし、くっきりとした目も、すっきりとした鼻筋も、ぽってりとした小さめの口も女の子顔負けだ。
その上、ほっそりとした体格で、モスグリーンのジャケットは憎らしいほど似合っていて、ジーンズの腰はきゅっと細く目に映る。
「ヤスヒロとしたいと思ってるんでしょ」
「いきなり、なに言うんだよ!」
「とぼけないでよ。べつに珍しくもないじゃない、男が男を好きになったって」
シンジは顔を歪める。そう言いのけた私の真意を探っている。探ったって意味ないのに。
睨みつける私から目を逸らしてシンジは視線をさまよわせた。さっきまで私とヤスヒロが抱き合っていたベッドの乱れに目を止めた。
「ミチコって……残酷だな」
ぽつりともらして、シンジは唇を噛んだ。少し俯いて、私と目を合わせない。
驚いた。こんなふうにシンジが本音をもらすのは初めて聞いたような気がする。笑えた。
「やっぱり、ヤスヒロとしたいと思ってるんだ。て言うか、されたいんだ?」
そりゃそうでしょう。体格差を考えても、ふたりの性格を考えてもそうとしか思えない。
「ほら!」
ドン、とシンジを突き飛ばした。あっけなく、シンジは私のベッドに倒れる。
「ヤスヒロの匂いがする? まだあったかいでしょ、そこにヤスヒロがいたんだよ?」
恨めしげな眼差しを向けられたって、ちっともかわいそうだなんて思わない。むしろ、ムラムラとした感情は沸き立っていった。
「そんなにヤスヒロとしたいんだ?」
一瞬抗議の表情を浮かべ、シンジは顔を背けた。その態度に私はキレた。
「どんなふうにするのか教えてあげる!」
いきなり飛びかかった私に肩を押さえつけられ、シンジはハッと顔を上げた。
「ヤスヒロって、するの好きだから、長くてねちっこいよ?」
モスグリーンのジャケットの下に手を入れた。シンジの胸をそれらしく探る。
「知ってる」
低く言い捨て、はっしと私の手首を掴んだシンジの力は確かに男のものだった。男を押し倒しているのだと、そんな今の状況を飲み込んでいなかったのを知って、私は一瞬怯む。
「僕が見ていたの、わかってたんだろ? 旧校舎でしていたとき」
まっすぐに私を見るシンジの目に、いつもの醒めた感じはなかった。
「そうさ、僕はミチコがうらやましい。ミチコと代わってみたいと思ってるよ。こんな、いきなり家に上げて、なに考えてんのかわからないけど、僕をからかいたかったのなら、もういいだろ?」
ため息混じりに言って、シンジは諦めたように目を伏せた。
――からかいたかった? 私はシンジをからかいたかったの?
ぐっと私の肩を押してシンジは起き上がろうとした。咄嗟にシンジの両肩を押し返した。
「待って、待ってよ」
眉をひそめてシンジはじっと私を見る。
「してみたいんでしょ?」
「だったら、なに……」
「させて」
思わず、言った。
私の口から飛び出た言葉が宙を漂う。驚きを隠さずに、シンジは呆然と私を見つめた。私だって呆然とした。
知らなかった。私、ヤスヒロを悶えさせてみたかっただけじゃないんだ。男を悶えさせてみたかったんだ。男のそこにアレを入れて、喘がせたかったんだ。まるで女みたいに。
頭の中がごちゃごちゃになる。自覚したばかりのクリアな欲望は、私の頭の中でシンジを悶えさせる。
「させて、って……なに」
うろたえた声でシンジは言う。
「だから――させて」
私に押さえつけられたまま、わけがわからないって顔でシンジは私を見ている。その気になれば私を跳ね除けるのなんて簡単なはずなのに、そうしない。
「させて」
私は、もう一度言った。
「きっと、気持ちよくしてあげるから」
「……は?」
「シンジは知ってるんでしょ、ヤスヒロとしたいと思うくらいなんだから、そこが感じるの、知ってるんでしょ」
シンジは怪訝に顔をしかめた。
「ミチコ、おまえ……なに言ってんのか、わかってんの?」
「このベッドでヤスヒロしたんだよ?」
眉を寄せながらもシンジは口を噤んだ。まじまじと私を見る。
「ヤスヒロの汗とか、残ってるんだよ?」
「だからって――」
「ヤスヒロのしたベッドで、してみたいと思わない?」
私の目の下で、シンジの顔がゆっくりと歪んでいった。嘲るような笑みが浮かび、唇の端が片方だけ上がる。
「頭、おかしいんじゃないの」
シンジの声に、私は現実を見た。明らかに侮蔑を浮かべ、シンジは喉の奥で低く笑って言った。
「おかしいよ、マジ、おかしい。ミチコ……おまえ、女だろ?」
低く凄まれて、私は叫び返した。
「あんただって同じじゃん、男なのにヤスヒロとしたいなんて、おかしいじゃないの!」
シンジは大きく目を開いた。そして、いつもの醒めた眼差しになる。
「ミチコには関係ないだろ」
「そんなことない、ヤスヒロは私のカレシなんだよ? そんなにしてみたいなら私がしてあげるって言ってるんじゃない」
途端にシンジは笑い出した。声を上げて、けたけたと笑う。
「だからって、なんで僕がミチコにされなくちゃならないんだよ、女のミチコに」
悔しい。アレがないからって、どうしてシンジにこんなこと言われなきゃならないのよ。
ひとしきり笑うと、シンジは急に真顔になった。私の腕を掴んでぐっと引き寄せる。間近に迫ったシンジの口許がニヤリと歪んだ。
「いいよ。させてやるよ。その代わり、服脱ぐなよ。女の裸なんか、僕に見せるな。最低限のマナーだろ?」
びっくりした。驚いたと同時に屈辱に傷つけられたような気分になる。試されている、そう思えた。
「……あんたは、脱ぐんでしょ」
「もちろん」
即答だった。今までの無抵抗が嘘のように、シンジは私を跳ね除けてさっと体を起こすと、ベッドに腰かけてジャケットを脱ぎ捨てた。
全部脱ぐ気なんだ。
騙されているみたいだった。唖然とする私の目の前で、どうってことないような素振りでシンジは脱いでいった。次第に現れてくるシンジの肌に私の目は吸い寄せられた。
寸分の違いもない、顔と同じようになめらかな胸、そこにあるふたつの小さな淡い粒、未だ少年らしさを残す細い腰、その下の繁み、そこにあるもの――。
シンジはベッドに横たわった。私を見て、誘うようにうすく笑みを浮かべた。
ジーンズに包まれていたお尻は、予想通り硬く引き締まっていた。その谷間に隠れている昏い奥行き――。
すぐにでも、そこに入れてみたい。ぐっと奥まで挿し入れて、中をぐちゃぐちゃにしてみたい。涙を浮かべさせて、気持ちよすぎてもらす声を聞いてみたい。
泣き濡れるシンジ、細い髪を散らして、首を振って、火照って汗ばむ体をひくひくさせて、緊張と弛緩を繰り返し、やがて訪れる絶頂を前に、硬く立ち上がった先からも涙を滴らせて――恥ずかしさにまみれた紛れもない快感のしるしを迸らせる、私はそれを今すぐ見たい!
全身がぞくぞくとわなないた。ベッドに横たわるシンジを食い入るように見つめて自分を抱きしめた。じん、とあそこが熱くなる。
私の望みは――叶えられる。それはもう、唐突に。それこそ、降って湧いたように。
興奮の時を過ごし、私は荒く息を上げていた。のろのろとベッドから降りて、ベビーオイルにまみれたコンドームを二本の指から抜いて捨てる。悔しい。どうして私にはアレがないんだろう。
シンジだって、まんざらじゃなかったはずだ。私のベッドのシーツを白く汚したのだから、どんな言い訳も許さないつもりだった。
それなのにシンジは強かだった。
「……で、またしたいとか言うんだろ」
心中を見透かされていたのをそれで知る。と言うか、言われるまでもなく、私の様子を見れば、そのくらいシンジにはわかるはずだ。
ベッドにうつ伏せていた顔を上げて、シンジは横に立つ私を見上げた。火照った顔はシンジが今どんな状態なのかを如実に表しているのに、シンジの口からはそれを裏切る言葉が出てくる。
「おもしろくないな。僕は無理してミチコにつきあってやったのに、この次も期待されるんじゃ、ちっとも合わない」
何を言いだすのだろう。シンジが刺激を欲しがっていたその箇所だけでなく、エスカレートした私は唇も舌も使って全身をよくしてあげたのに、シンジは確かに絶頂を極めたのに、なんでそんなこと言うかな。
「このこと、ヤスヒロに話したらどうなる?」
乱れて顔を覆う細い髪のあいだに覗くシンジの目が不敵に細められた。口許に冷たい笑みが浮かぶ。
ふうん――そう言うことか。
「どうにもならないよ」
私の答えにシンジは顔をしかめた。
「言いたかったら言えば? 私にされたなんて、言えるもんなら言ってみれば?」
悔しそうにシンジは唇を噛んだ。どんな魂胆があったのか、そんなのはどうでもいい。私はもう、してしまったんだし、やり得だ。
ただ、シンジに言われたとおり、これ一度きりでは物足りなく思えた。初めてだったんだもの、無我夢中でちっとも余裕がなかった。もっとじっくり楽しみたかった。
できればもう一度してみたい。ううん、何度でもしてみたい。悶えてのたうつシンジの残像はまだ鮮明で、私はもうそれを追い始めている。
――そうだ。
「いいよ、ヤスヒロとさせてあげる」
がばっと、シンジは上体を起こした。シーツに両手をついて、驚いて私を見つめる。
その白い胸にところどころ散る、私のつけた跡をじっくり眺めた。いい気分だ。
「ヤスヒロ、バックでするの好きなの」
途端に大きく見開いたシンジの目が揺れた。
「だから――できるよ、ヤスヒロと」
にっこりと、笑みさえ浮かべて私は言った。
「3Pしたいんだって」
シンジは息を呑んだ。それから、ふうっと、大きく息を吐いた。
「ミチコ……やっぱおまえ、めちゃくちゃ」
「お互い様でしょ。今さら、なに言ってんの」
思いつきでシンジに口走ったこと――シンジを交えての3P。オッケーじゃん。私とシンジはするわけじゃない、ヤスヒロは女の子とするわけじゃない。しかも、ヤスヒロはアナル・セックスも存分に楽しめる――。
びっくり! なんてナイスなアイデア。
「シンジ、嫌だなんて言わないよね? したかった相手とできるんだもんね?」
「……ヤスヒロはどうなんだよ」
そう尋ねたシンジの険しい顔の陰に、期待が見え隠れする。
「嫌だなんて言うわけないじゃん」
これは、ひとつの筋書きだった。
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