Words & Emotion   Written by 奥杜レイ




    サクラ紀行
    −5−



       三

      「おまえ、ここで待ってろ」
       福島駅を出るとすぐに、目についたコーヒーショップに入った。
      「え?」
       海老沢はカウンター席で、唇からストローも離さずに、きょとんと目だけを上げる。
      「俺は行くところがある。待つのが嫌なら、先に行ってろ」
      「先に行く――たって。いいよ、ここで待ってる」
      「わかった」
       須崎は急ぐようにコーヒーを飲み干すと席を立った。
      「どこ行くんだ?」
       背後から訊かれ、一瞬、足が止まる。
      「――市役所」
       正直に話したが、振り向けなかった。
      「ゼッタイ、戻ってくるよな?」
       ギクッとして答える。
      「ああ――」
       市役所は、駅からかなり歩いた場所にあった。須崎はタクシーを使えばよかったかと思いかけ、即座に打ち消す。無意識にも海老沢を待たせるのを気にかけている――そんな自分に気づきたくない。
       所定の窓口で離婚届書用紙を受け取る。説明を聞き、すぐに引き返そうとしたが、この場で記入してしまおうと思いつく。海老沢と一緒では、取り出せる機会もないだろう。
       カウンターは、大きな窓に面していた。須崎の視界の隅に、散り際の桜が映った。気づいても、ただの一度も目を向けなかった。
       記入は簡単だった。淡々と書き続けた中で、同居の期間を記すときにだけ、一度ペンが止まった。由美子との五年の歳月が、これで終わるのを思った。
       消してしまいたい。できるなら、記憶も丸ごと――。
       しかし、由美子ひとりが悪いわけではない。少しも悪くないかもしれない。誰も悪くないのかもしれない――。
       五年前のあの日、由美子は笑顔で言った。
      『あなたのような人と結婚できるなんて、夢みたいだわ』
       だが、人は変わる。期待とは違って変わることもある。由美子だって――自分だって。
       ため息が出た。たったの数年で、職場の様子も、人間関係も、自分自身も、大きく変わった。
       俺は、確かに負け犬だな……。
       変化に耐えられないどころか、変化を受け入れることすらできないようでは、野垂れ死ぬしかない――それだけだ。
      『ゼッタイ、戻ってくるよな?』
       海老沢の声が脳裏に大きく響く。勘がいいと思う。
       やっぱり、犬みたいじゃないか――。
      『オレ、犬じゃないし』
       ウソつくな。
       するりと須崎の懐深くまで入り込んできた。須崎の内心を嗅ぎ取って――言動を嗅ぎ分けて――無理だ、海老沢から逃れられない。
       コーヒーショップに戻れば、同じ席に海老沢はいた。カウンターに頬杖をついてケータイを眺めている。声をかける前に、気づいて目を上げた。困ったような顔になる。
      「メールだから」
       須崎は思わず苦笑してしまった。
      「タカシか?」
      「――うん」
       見せてみろと言うつもりはなかった。それなのに海老沢は画面を向けてくる。
      「そんなことしなくていい」
      「けど――」
       須崎は肩を落として文面に目を走らせた。低く言う。
      「おまえ、今すぐ帰れ」
      「なんで」
      「ここからなら新幹線が使えるだろう?」
      「やだ」
      「帰ってこいと言ってくれる人がいるんだ、帰ったらいい」
      「なら、亮平も一緒だからな」
      「俺は帰らない」
       海老沢はムッとする。上目づかいに須崎をにらみ、しかし弱々しい声を出す。
      「なんで……待ってる人、いないから?」
       須崎は答えられない。
      「市役所なんかに、何しに行ったわけ?」
       答えなかった。
      「行こう」
       海老沢は立ち上がり、須崎の手を取る。力強く引かれて須崎は目を見張り――だが、無言で従った。


      「もうへばったのかよ、オッサン!」
       山道を軽い足取りで先に行き、海老沢は振り返って笑う。何か言い返したくても、須崎は息が切れて声を出すのも無理だ。
      「すっげー……」
       開けた場所に出て、海老沢は声を上げると呆然と立ち尽くした。須崎は目の捉えた風景に、思わず息を飲む。
       『桃源郷』――かつて、この公園を訪れた写真家が言ったそうだ。ケータイサイトで知ったとおり、そこは花盛りの園だった。
       満開なのは桜だけではない。色とりどりの花々が、そこかしこに咲き乱れている。空はうららかに晴れ、太陽は天頂にあって、何もかも輝いて目に映る。
      「なんつーか、ここまで来た甲斐があった、ての? 足腰痛くしても、登ってきてよかったじゃん、オッサン」
      「……オッサン言うな」
      「しょうがねえじゃん、これじゃオッサンなんだから」
       ハハッと海老沢は無邪気に笑う。
       ……まずい、な――。
       須崎は、そっと海老沢から目を離した。これでは、たまらない。この風景の中で、海老沢の弾ける笑顔を見るのでは――眩しすぎる。
      「……亮平」
       すっと海老沢が身を寄せてきた。
      「ここ、今までのとこと、ぜんぜん違うな」
       間近でささやくように言う。
      「こんなとこ来ちゃうと――マジ、どこにも帰りたくなくなる」
       体の陰で、そっと須崎の手を取った。
      「オレ……あんたといたいよ……」
       ぎゅっと握ってくる――胸が熱くなる。
      「なんで……」
       須崎は喘いだ。
      「どうして俺にそんなふうに言える」
       小さく息を吐き、海老沢に視線を流した。ひっそりと見つめる。
      「俺のことなんて、何もわかっちゃいないのに――」
       海老沢は目を逸らさない。須崎をじっと見上げて言う。
      「……知らないよ、そんなの。亮平といると、そう思っちゃうんだから……知らないよ」
       やわらかな風が花の香りを運んでくる。須崎の目の前で、海老沢の薄茶色の髪が揺れた。
       黒く大きな瞳――瑞々しい肌――血色のいい唇、きれいだ。海老沢がどう思っていても、海老沢は若く、将来はこれからで、可能性も未来の選択肢も、まだたくさんある。わかっていないだけだ。
       でも……俺は負け犬なんだよ。
       海老沢にときめくのに、須崎の胸はすっと冷たくなる。目の前に夢は開けているのに、辿ってきた過去に足を引き戻される。
       ここは、本当に夢のようだ。無数の花が咲き誇り、やわらかな風に揺れている。しかし、それも今だけで、季節が過ぎれば、ここでも花は散る。夢は――消える。
       今、だけだから。
      「眺めている間に散っていくのなんて、見たくないな」
      「……え?」
       海老沢は、かすかに眉をひそめる。
      「満開は、短い夢だ。夢なら、醒めたくなくなっても、しょうがないよな――?」
      「どうしたんだよ、急に、なに言って――」
       須崎にじっと覗き込まれ、海老沢はうろたえた声を出した。
      「おまえ……」
       須崎の手が、そっと海老沢の髪に触れる。
      「――かわいいよ」
       声はかすかに震えていた。海老沢の瞳が、日の光を映して揺らめいた。
       夜になっても、昼間の残像は、須崎の目に焼き付いている。闇の中では、鮮やかさを増してよみがえる――。
       ふたりで宿に入り、海老沢はいつもと変わらない。大浴場に須崎を誘い、並んで湯に浸かって、ゆったりとくつろぐ。
       須崎は海老沢の裸体を暗い眼差しで眺める。アスリートのように細く引き締まった体――しなやかで瑞々しく、肌は滑らかだ。
       ……何人もの女に、オモチャにされたのか。
       クッと喉の奥で笑った。バカなことを考える自分がおかしい。海老沢の痛みを思いやるどころか、海老沢に欲情した。
       コイツは、何もわかっちゃいない。
       一方的に心を開き、自分に委ねるだなんて、無垢を通り越して無知だ。ひどくそそられる。惹かれてならない。失うのが恐くなる。失うものなんて、もう、なくしたはずなのに。
       ――花は、したたかだから。
       散るのを見たくなければ、散る前に散らしてしまえばいい。失う前に、壊してしまえばいい――。
      「ちょ、なにすんだよ、亮平!」
       いつもと同じはずだった夜が変わる。
      「や、めろよ、ん――」
       畳にふたつ並べて敷かれた蒲団――そのひとつは乱れることなく朝を迎える。須崎は心に決めて、海老沢にのしかかった。
      「ん――はっ」
       明かりの落ちた部屋に海老沢の声だけが響く。須崎の唇から逃れようとしても、すぐに戻される。
      「ん!」
       須崎は唇を深く合わせた。引き結ばれていたのをこじ開け、海老沢の舌を絡め取る。海老沢の両手首を掴み上げ、シーツに固く押さえつけた。体重をかけて全身で重なる。脚を絡ませて、股間をこすりつける。
       おかしかった。どんなつもりで始めたにしても、本当に、海老沢に欲情するなんて――。
      「……ん……な、んで……亮平!」
       激しく頭を振って、海老沢はキスを逃れる。背けた顔で、喘いで叫ぶ。
      「なんで、こんなこと、すんだよ!」
       須崎は一言も返さない。海老沢の首筋に顔をうずめ、舌を這わせる。
      「は……っ」
       体格は、須崎のほうが勝っている。肉体労働で鍛えられていても、海老沢は須崎の下で身悶えるばかりだ。
       須崎は海老沢の手首を片手に握り直した。海老沢の浴衣を乱暴にはだける。日焼けしていない胸が白く目に飛び込んだ。薄闇に浮かぶようで、ひどく艶めかしく感じられる。誘われるように、桜色の粒を口に含んだ。
      「……言え、よ……なんで、だよ」
       海老沢は息を上げていく。吐息も湿っていくのが須崎にもわかる。
       ……感じてるのか。男、なのに――。
       空々しい気分で思った。こすれ合う股間では、海老沢のものも硬くなっている気がする。
       須崎は、クッと笑った。その拍子に、口に含むものに軽く歯が当たった。
      「は、ん!」
       海老沢の体がビクンと揺れる。絡まる脚が、悩ましげにうごめく。
       もう須崎は笑いを止められない。海老沢の手首を掴む手から力が抜け、海老沢の胸に顔を伏せたまま、低く笑って身を震わせる。
      「……何やってんだ、俺」
       喉の奥で笑いながら、涙が滲む。
      「こんな……おまえ、感じてるんじゃ……」
       片手で顔をおおった。
      「何に、なるって……」
       抑えても涙があふれる。
      「――亮平」
       硬い声が薄闇に響いた。須崎は微動すらしない。海老沢に重なり、はだけた胸に顔をうずめ、涙を流しながら震える唇を手で押さえる。
      「てめー……そういうつもりかよっ」
       海老沢の手が、ガシッと須崎の肩を掴む。その勢いで、須崎を跳ね除ける。素早く体を返し、須崎を蒲団に組み伏した。
      「こんなことしといて、なに泣いてんだよ、ふざけてんじゃねえよ!」
       肩を掴む腕を突っ張らせ、須崎を見下ろす。
      「手、どかせ。顔、見せろ」
       須崎は顔を隠す腕をピクリとも動かさない。
      「どかせ、つってんだろ!」
       荒々しく払われた。
      「おら、ちゃんとオレを見ろ!」
       それでも須崎は海老沢に目を向けなかった。無言の時間が流れる。互いの荒い息づかいが、やけに耳につく。
      「……なんで、帰ってくれなかったんだ」
       横に背けた顔で、須崎はつぶやいた。
      「へえ……オレのせいかよ」
       冷たい声が落ちてくる。
      「俺は……負け犬だ。逃げるしか、できない……」
       一息置いて、海老沢は吐き出すように言った。
      「とぼけてんじゃねえぞ! オレを押し倒したくせに」
      「え」
       咄嗟に須崎は目を向けた。海老沢を見上げて息を飲む。薄闇の中でもわかる――海老沢は、今にも泣き出しそうな顔をしている。
       つと、海老沢は目を逸らした。うつむき、須崎の肩から片手を離す。
      「まだ起ってんじゃねえか。これは、何だっての」
      「うっ」
       肌着の上から海老沢に握られる。ぐりっと、こすられる。
      「あんた……言っただろ?」
       そうしながら、海老沢は苦しそうな声を出す。
      「オレ――かわいいんだろ……?」
       須崎に体を重ねてきた。
      「……なら、抱けよ」
       頬を寄せて、ささやいた。
      「そういうふうに、抱けよ!」
       バッと浴衣の前を開いて叫んだ。
      「お、まえ……」
       うろたえる須崎の耳に低く吹き込む。
      「こんなの、どうってことないんだよ。オレをヤりたいなら、ヤればいいんだ」
      「な、に、言って――」
      「こんなの……ヤるのなんて……こんなもん、どうってこと……ないんだよ」
      「かつ――」
       海老沢を名前で呼びそうになって、須崎はハッと口を閉じる。
       俺は……。
       こんな状況で海老沢を呼ぶ言葉すら備えていなかった。
       それなのに、おまえは――。
      「――亮平?」
       須崎は海老沢を抱きしめる。抱きしめて、嗚咽をこらえる。海老沢の頭を肩に抱え込み、頬をすり寄せた。
      「……なんで……なんで、おまえは――」
       声が続かない。愛しくてならない、海老沢が――。
      「亮平……」
       ためらいがちに声をもらし、海老沢はひっそりと息を吐く。そして、両腕で須崎に抱きついた。ぴったりと重なる。
      「オレは……オレだから」
      「うん――」
      「……しょうがねえじゃん」
      「ああ」
      「オレ……かわいいか?」
       つぶやいて、ぐっと腰を合わせてくる。
      「――こんなんでも」
      「かわいいよ……」
       海老沢の昂ぶりを感じつつ、須崎は答えた。
       『かわいい』――なんて簡単な言葉なのだろうと須崎は思う。今、海老沢に寄せるこの気持ちは、そんな一言では尽くせない。しかし、須崎は言う。何度でも、言う。
      「かわいいよ、かわいい……おまえ」
       海老沢と体を入れ替えた。下になった海老沢の顔を見つめながら、手探りで海老沢の浴衣を解いた。
       薄闇の中で、海老沢の瞳が濡れたように光っている。黒く、大きな瞳――とても澄んでいて、引き込まれそうに思う。
      「――あんた……いいのかよ」
       海老沢は湿った吐息をつく。
      「オレ、男だぞ? ――できんのかよ」
       ささやきながら、須崎の首に腕を絡ませた。
       須崎は唇を寄せる。開かれて、迎えられた。熱く、やわらかな感触――ねっとりと舌を絡め合わせる。いっそう昂ぶる。
       海老沢の手が須崎の髪を乱した。滑り降りて、須崎の浴衣を肩から脱がす。
       素肌が重なった。胸が合わさり、その感触に須崎は酔う。温かい。海老沢の鼓動を感じる。
      「……はぁ」
       海老沢の吐息を残して、須崎は唇で素肌を辿る。舐め下ろし、舌先で桜色の粒をなぶる。
      「あ、は……」
       ヒクッと海老沢の体が揺れた。須崎は目だけを上げて、海老沢の顔を見た。
       海老沢は須崎を見ていた。顎を引き、細めた目で、せつなげに眉を寄せて――濡れた唇を薄く開いて。
      「……や」
       須崎はそっと目を離すと、片手で海老沢の肌着を下ろした。そうして、じかに握る。硬い。ゆっくりと扱き始める。
      「おまえは……いいのか……?」
       かすれた声で言った。
      「――本当に」
       尋ねても、須崎は手の動きをゆるめない。舌先でなぶっていたものを今度はじっとりと舐め回す。
      「ん……はっ」
       身をくねらせても、海老沢は須崎に逆らわない。胸を上ずらせ、喘ぐ声で答える。
      「……だから……こん、なの……平気だ、て。あんた、に……されんなら……」
       須崎の背中に両手を回してくる。くっと、爪を立てる。ぎゅっと抱きついた。
      「あんたなら……いいん、だ……あんたが――欲しいんだ」
       いっそのこと、須崎はもう一度泣き出してしまいたかった。感情が昂ぶる。海老沢の腕から抜け出ると、須崎は説明のつかない気持ちのまま、海老沢のものに唇をつけた。
      「亮、平!」
       海老沢は、喉を鳴らして息を吸い込む。須崎の肩を掴んで、身を強張らせる。
      「あんた、そんな……く、うっ」
       須崎は聞かない。何も考えずに、熱心に舌を使う。
      「……あんた、バカだ……ダメだって……」
       海老沢は、せつない声を出す。
      「そんな、されたら、オレ……もう!」
       ガッと須崎の肩を押しのける。そうされても須崎は手を離さなかった。握る手が、熱い迸りに濡れる。須崎は肩で息を継ぎながら、そろそろと海老沢に目を向けた。
      「……なんで……あんたが、そんなこと……すんだよ」
       海老沢は胸を弾ませ、腕で顔をおおっていた。唇だけが見える。
      「……たまんねえよ……また、オレが言ったからかよ……」
      「そうじゃない」
      「来いよ……亮平」
       海老沢は腕の陰から須崎を見上げる。濡れて光る瞳で、じっと見つめる。
      「平気なんだよ、オレ。オヤジのオンナに、バイブで――された、こと……あ――ん!」
       須崎は素早く海老沢の唇を奪った。もう何も聞かされたくない。
      「俺はおまえがかわいいんだ」
       キスの合間にささやく。
      「……オレは、あんたが好きだ」
       キスはいっそう深くなる。しずくが唇の端から滴っていく。
       須崎は手首をぎゅっと掴まれた。引かれて、濡れた手を海老沢の股間に潜らせた。ためらいながらも、そっとそこに触れる。ぐっと、指を入れた。
      「はっ」
       唇が離れ、海老沢は顔を背ける。
      「ちゃんと……して」
       眉をひそめた横顔で言った。
      「あんた……誰のもんでもないなら……オレに、くれよ!」
       カッと見開いた目で、須崎を射抜いた。すがるように抱きついてくる。
      「こんなんで、あんたが、オレのもんになるなら!」
       腰を動かし、須崎の手を促す。須崎の体をまさぐって、須崎のものを掴む。
      「……ねえ……オレに……くれ」
      「……バカだ……俺なんか、欲しがって――」
      「ふ、うん――」
       須崎は海老沢にキスをする。海老沢の体の中をかき混ぜ、滾っていく。
      「は、あ……」
       握っていた海老沢の手が離れる。須崎の下で、海老沢の体から力が抜けていく。
      「……ん……亮、平」
       重なる唇の合間から甘い声をもらし、海老沢は膝を立てて腰を浮かせた。互いのものが触れ合う。海老沢も滾っている。
       須崎はゆっくりと指を抜いた。海老沢に腰を掴まれる。そうされる前に、自分から海老沢の中に入っていった。
      「はあっ」
       顎をのけぞらせ、海老沢は喘ぐ。胸を大きく上下させて、深く呼吸する。
      「あ、ん!」
       須崎は、海老沢の腰をぐいと引き寄せた。深くまでつながって、上体を起こして海老沢を見つめ下ろす。
      「ん……は、あ……」
       片手を額に当て、海老沢は身をくねらせる。引き締まり、瑞々しい体――須崎に突き動かされ、悩ましく悶えている――。
       美しいと思った。海老沢は美しい――身も、心も。
       情欲は高まるばかりなのに、須崎は泣けてしまいそうになる。無理を強いて、劣情で汚そうとも、決して散ることはなかったと――思い知らされる。
       完敗だ――。
       そんな言葉は、少しも海老沢にふさわしくない。だが、須崎は思う――海老沢には、かなわない――もう、自分を偽れない――離れたくない、海老沢を失いたくない。
      「……あ」
       言葉もなく、須崎は海老沢にのしかかる。熱っぽく、海老沢を貪る。海老沢をえぐり、突き上げ、激しく揺さぶる。
      「ん、ん、は、あ、亮平!」
       ぎゅっと抱きつかれた。
      「んん……あ、ん……」
       須崎の首筋に顔をうずめ、海老沢は甘い声をもらし続ける。
      「は、あ……オレ……」
       せつなく額をこすりつけてくる。
      「も……ダメ……こんな……」
       海老沢のものがドクンと波打つのを須崎は感じた。
      「ウ、ソ……なん、で……」
       たまらない。抑え切れない思いが込み上げてくる。
      「勝太……」
       震える声を出した。
      「――好きだ」
       ヒクッと海老沢は息を飲んだ。須崎と目を合わせてくる。見開かれた目がじわりと潤んでいくのを見ていられなくて、須崎は唇を合わせた。
      「好きだ……」
       声はキスに飲まれていった。大きな波が須崎を襲う。体中が喜びに震える。絶頂に達したとき、海老沢の放った熱を感じた。
      「亮平……」
       海老沢は、しがみついて須崎を放さない。
      「亮平!」
       いっそう身をすり寄せてくる。
      「……勝太」
       海老沢を胸に抱いて、須崎は乱れた掛け蒲団を引き寄せた。抱き合って、ふたりでくるまった。
       海老沢が身じろぐ。顔を上げて、キスをねだってくる。須崎は、たっぷりと満たしてやった。
       乱れきっていた呼吸は、次第に静まっていく。熱く湿った感触に包まれ、ふたりは眠りに引き込まれていく。
       夢に漂いかけたとき、須崎は海老沢の声をおぼろげに聞いた。
      「……気持ちいい……こんなの――知らなかった……」
       それがなくても、須崎の胸はいっぱいで、あふれそうだった。

      つづく


      ◆NEXT   ◆BACK   ◆作品一覧に戻る

    素材:NeckDoll