思っていた以上に平穏な日々が続いていた。変わったことと言えば、西沢が本当に禁煙したらしいことと、穂高が目を合わせなくなったことだ。当然ながら、穂高が生物科準備室に来ることもなくなった。 昼休みは教員室にいるようになった。初めのうちは、からかい半分に他の教員から声をかけられることがあったが、それもすぐに終わった。西沢が隣の席に来て、一緒に仕出し弁当を食べることもあるし、逆のこともある。隣が空いてなければ別々に食べるだけのことで、食後の雑談はほぼ毎日している。 別れたことを少しも匂わせない西沢の態度に救われた。西沢にも自分と同じ覚悟があったのだと、こうなって知った。思い返せば、本音をぶつけあったのは別れ話のときが初めてだったかもしれない。 それでもたまに、大丈夫かと訊かれることがある。それに対する答えはいつも同じだ。大丈夫。それだけだった。 西沢と別れ、穂高には避けられ、思い煩うことはもう何もない。心が軽くなる代わりに、ぽっかりと穴が開いたようだけど、大丈夫だ。本当に、大丈夫。 夏休みは目の前で、例年になく待ち遠しく感じられた。生徒と保護者と三人で面談する第一回の進路相談も予定どおりにこなした。 穂高の母親の印象が強かった。良識を感じさせる人で、この人の息子なら確かにこんなふうに育つだろうと胸にしみた。面談の最中も自分と目を合わせようとしなかった穂高を気にしていた。廊下に出てから呼び止められて謝罪され、高校生には珍しいことではないと笑って返せた自分に呆れた。 学期末の成績が各教科から手元に届いたときには、生徒ごとに昨年度の成績と見比べた。特に穂高が気になっていたが、気にするまでもなかった。しっかり伸びていた。 大体において、そんなものだと思う。自分にとっての一大事件が起きたとしても、連動して何かが大きく変わるなんて、まれだ。世界は自分を中心に回っているわけではない。たまには、そんなこともあってほしいと思うけれど。 夏休みはおとなしくしていた。どこにも出かけず、ただ栽培中の植物を枯らさないために、仕事のない日にも水をやりに何度も高校に行った。校庭や体育館では、部活動に励む生徒の姿が多く見られた。まったくもって、平穏な日々だった。 それからまた変化があったのは、二学期が始まってすぐに文化祭が無事に終了したあとだった。穂高の視線を感じるようになった。 どうしてなのかわからない。 穂高が目を合わせなくなっていた期間、穂高がそのつもりなら、逆にこちらは見つめ放題と気づいてそうしてきた。自虐的にも思えたが、そうすることで少しは癒された。ずっと自分に禁じていたことだったから、満たされた気分になったのも仕方ないと思う。 そのことに穂高は気づいていたのか。自分の視線を感じて何か思うことがあったのか。それでも目が合わなかったのは、やはり自分を嫌悪していたからではないのか。同性と、それも既婚者の西沢と、ただならぬ関係と感じ取れていたなら。 あのとき、絶対にバレたはずだ。 でなければ、あの日を境に穂高の態度が急変した理由が見当たらない。二学期になってまた態度が変わったのは、夏休み中に整理がついたとか、そういうことのように思う。 それにしても、日ごとに穂高の視線を感じることが多くなっている。顔を合わせる機会は教室の中か廊下でしかないのだが、どのときも必ず見つめられているようだ。それも、次第に熱っぽくなる眼差しで。 気のせいと思いたかった。確かめたくて、見つめ返すようにしてみた。何度試しても、そらされなかった。視線が絡むまでになって、おかしな期待をまた抱きそうになっている自分を笑った。終わったことを蒸し返すつもりはない。そう自分に言い聞かせた。 十一月になって、また変化があった。昼食のあとに、周囲に人影がないことを確かめてから、こっそりと西沢が打ち明けた。 「子どもができたんだ」 そのとき自分は嫌な驚き方をしなかったか不安だった。だが、目の前に西沢の穏やかな笑顔を見てホッとした。そうしたら、じわりと胸が熱くなった。 「おめでとうございます。よかったですね、本当に」 心から言えた。別れてよかったと、自分に偽りなく思えた。それは西沢にも伝わったようで、ありがとうと、深く頷いて返された。西沢の眼差しが温かかった。そのやさしさに癒された。 だからもう、どれも終わったことなのだ。いずれ穂高も卒業していなくなる。 そう思っていたのに、最後の進路指導のときだった。十二月で、もうすぐ冬休みだった。 「先生」 面談が終わり、志望校も妥当と締めくくったあとになって、穂高が重そうに口を開いた。 「先生は、その……知ってるんですか?」 いきなり何の話かと思った。相談室の机の向こうに、身を硬くする穂高を怪訝に見た。何をだ、と問い返す前に答えを聞いた。 「西沢先生……赤ちゃんができたって――」 呆れて、すぐには声が出なかった。西沢から出産予定日は五月と聞いている。そんな先の話が、それも生徒には関係ないことが吹聴されているのか。 「そんなこと、俺に訊いて何になるんだ」 「でも――」 「事実か確かめたいなら、本人に訊くんだな。訊ける話じゃないとわかってるなら、俺にも訊くんじゃない」 「そうじゃなくて、俺は先生が心配だから!」 身を乗り出してきて言われ、激しく面食らった。思わず目を瞠って、穂高を見つめ返す。 「だって、そうじゃないですか!」 「……どういうことだ」 うろたえるあまり、声が上ずった。穂高は顔を歪め、決まり悪そうに椅子に戻る。 「先生は……つきあってるんでしょ」 その声が耳に入った途端、鼓動が跳ね上がった。穂高に向けた眼差しが揺れてしまう。 「わかったとき、ショックでした。でも……」 言いよどみ、穂高は苦しそうに横を向く。そうして、床に向かって一気に吐き捨てた。 「でも、そんなのはいいんだ、先生だって人なんだから! けど、西沢先生に赤ちゃんができちゃダメだろ、納得できないじゃん!」 眩暈がした。どう返したらいいのか頭が働かない。とにかく西沢の迷惑にならないようにと、無理にも声を絞り出した。 「そんな話、どこから出てくるんだ。西沢先生は男だぞ。俺とつきあうなんて、ないだろ」 「そんなこと、言うんですか」 穂高とは思えない目つきで睨んできた。 「根拠のないことだ」 喘ぎそうになるのをこらえ、跳ね返した。 「そんなふうに言って、平気なんですか」 「平気も何も、なんで俺が――」 「そんな、傷ついた顔で言っても、信じられないって!」 一瞬、心臓が止まったかと思った。 そんな……俺は、そんな顔を――。 「俺は、先生が心配なだけなのに。先生が好きだから、心配なのに。西沢先生の話が本当なら、俺、ゼッタイ許せませんから!」 「ほ、穂高! 許せないって、おまえ――」 「直接言います! 先生に言っても、何にもならないし」 「ま、待て!」 咄嗟に立ち上がり、机をはさんで穂高の腕を掴んだ。穂高はとっくに身を翻していて、大きく瞠った目で肩越しに振り向いた。 束の間、その体勢で見つめ合い、ふたりして固まった。やがて穂高が向き直り、正面から見下ろしてきた。 「……別れたんだ」 真実を話すしかなかった。そのほうが西沢の迷惑にならずに済む。穂高ひとりの胸に収まるなら、もうそれでいい。 「あのとき……おまえが生物科準備室で西沢先生を見たあと、別れた」 胸が苦しくてつぶれそうだった。できるなら穂高には知られないでいたかった。それを自分から話して聞かせることになるなんて。 好きだったのは……おまえなのに。 重い沈黙に包まれ、またしばらく動けなかった。穂高の腕を放すことさえできなかった。 「……すみませんでした」 穂高の声が耳にうつろに響く。顔を上げられなかった。無言のまま、穂高の腕を放した。 なんで、こんなことに……! 終わったはずのことが終わってなかったと知らされ、打ちのめされる。少しも終わってなんかいなかった。自分はまだ、こんなにも穂高が好きだ。 どうして俺が心配だなんて言うんだ。校内で男と不倫してたんだぞ、なのに、なんで。 無性に悔しくて悲しくて、つらかった。 俺が好きとか、軽々しく言うな! 穂高の言動に、いちいち心が乱れる自分に耐えられない。そのたびに思い知らされる。 この気持ちは、本当に恋だった。 うららかに晴れた空が広がっている。卒業式は滞りなく終わり、式場になった体育館から正門に続く校庭のいたるところに卒業生の集まりが見られ、ところどころ保護者や在校生も交えて、華やいだ雰囲気に包まれている。 充流もその中にいて、担任を受け持った生徒のひとりひとりと、ひとしきり言葉を交わしたあとだった。胸は感慨に満ち、卒業生を送り出す喜びと淋しさを教師として純粋に噛みしめていた。 今は穂高を目にしても心が乱れない。思い返せば穂高に振り回されたような一年だったが、やがてそれも思い出に変わると信じられるようになっていた。 冬休みが終わってからも三年はすぐに自由登校になり、この一ヶ月余り、穂高に限らずクラスの生徒のほとんどと顔を合わせることがなかった。そのあいだに整理がついたのだと思う。最後の進路指導のあと、穂高の態度はまた硬くなって今日までずっとそのままだが、これでよかったと心から思える。 充流もまた、卒業だった。転出願いは早々に出してあり、問題なく通るはずだ。三年の担任を務めたあとだし、この高校には新任で来たこともあって、近いうちに内示が下りるのは間違いなかった。 自分のせいで誰かの生活やその後の人生が大きく変わっては耐えられない。今また充流は、そこに立ち戻っていた。 穂高は男女取り混ぜた卒業生数人といて、芽吹いたばかりの桜の木の下で笑っている。次々と在校生がやってきては離れ、それは充流も知るサッカー部員だったり、連れ立ってきた女子生徒だったりした。 思っていた以上に穂高は慕われていたようで、充流も口元が笑みにほころぶ。頬を紅潮させた女子生徒に何か言われ、照れた顔になって胸の前で手を振って断る仕草をする穂高がほほえましかった。穂高のあるべき姿が見られたようで、思い残すことはないと感じた。 好きだった、本当に。 胸で呟いたその言葉を最後に、充流は校庭をあとにする。校舎に戻る道すがら、何人かに声をかけられ笑顔で言葉を交わしたが、足は止めなかった。華やいだざわめきが背後に遠くなる。体育館の横を過ぎて、人影のない教員用の昇降口に辿りつき、胸の底から深い吐息が湧き上がった。 足が止まり、動けなくなった。涙が溢れそうになる。眼鏡を押さえた手で口まで覆い、唇のかすかな震えを止めようとする。 突如たまらない淋しさに襲われた。穂高を見ることは二度とない。卒業生として穂高が母校を訪れることがあっても、そのときには自分はここにいないのだ。そのためにも転出願いを出したのに、後悔しそうになっている自分が信じられない。 穂高――。 生徒でなかったら、と思う。だけど、生徒だったから出会えた。西沢より先に出会っていたら、と思う。西沢の着任と穂高の入学は一週間の違いで、だけど、あの時間差がなかったら、今日のような和やかな卒業式を迎えられたかわからない。 どうあっても、こうなるしかなかったんだ。 眼鏡の奥で涙が滲む。整理がついて清々しく今日の日を迎えたはずなのに、卒業生を送り出し、何事もなくすべてが終わり、緊張の糸が解けた途端、こうしてまた揺らいでいる自分に耐えられない。 だから、この高校を離れると決めた。 今一度自分に言い聞かせ、充流は校舎の中へと足を踏み出す。 「先生」 だが、その足がすくんだ。目を向けなくても、声で穂高とわかった。 ……なんで。 ときめくより先に、この一ヶ月余り、穂高の態度がずっと硬かったことが思い出された。息をつき、ゆっくりと後ろに振り向いた。 「先生、探しました。さっきまで校庭にいたのに、急にいなくなったから」 穂高はひどく真剣な面持ちで、そこに立っていた。花束の覗く手提げ袋を足元に置く。 「これ、もらってほしくて」 言いながら制服の第二ボタンをもぎ取った。充流は目を瞠り、声に出して呟いてしまう。 「なんで」 さきほど目にした光景が脳裏をよぎった。頬を紅潮させた女子生徒に、照れた顔で何か断る仕草をしていた穂高――。 「俺、先生が好きだから」 きっぱりと響いた声にビクッと肩が揺れる。 「ずっと好きでした、一年のときから。だから、俺とつきあってください」 まっすぐに穂高が目を合わせてくる。 「俺は先生を悲しませたりしないから。困らせるのも嫌だから今日まで言わないって決めてました。傷ついた顔なんて見たくないから」 充流は混乱してしまう。まさかこんなことが起こるなんて、どうやって予測できたろう。 「悔しいけど俺、先生が西沢先生といるのを見たときわかったんです。先生のことずっと普通に好きだと思ってたけど、そうじゃなかったんだ、って」 呆然と見つめ返すだけの充流をどう受け取ったのか、穂高は淡く染まった顔を苦しそうに歪め、視線を落とした。 「先生は西沢先生がいいなら、あきらめるつもりでした。でも西沢先生に赤ちゃんができたって聞いて本気でムカついて、本当はあのときコクろうと思ったんだけど、そんなことしたら俺も西沢先生と同じだって気がついて、だから……卒業まで待つって決めて」 穂高……何を言って――。 充流は激しく揺さぶられる。耳にした言葉のひとつひとつが胸に突き刺さっていた。 西沢に嫉妬したと言ったように聞こえる。それで本当の気持ちに気づいたと。そして、西沢の裏切りにあっていたのなら自分を奪い取るつもりだったと。しかし西沢と同じ轍を踏まないために今日まで告げずにきたと――。 これまでの穂高の態度の変化が腑に落ちて、恐ろしいほどに感じられた。同時に、喜びに沸いてしまいそうな自分が恐ろしかった。 「だから、先生お願い。受け取って」 穂高はぎこちない動作で充流の手を取り、そこにボタンを置いて両手でそっと包んだ。じっと充流の目を見つめてくる。 「ほ、だか」 胸がつかえて、充流は息を継ぐのも苦しい。ただ呆然と穂高を見つめ返すだけだ。 「俺が先生のこと好きでいても、迷惑じゃないよね。すぐにつきあってもらえなくても」 だが、その言葉にハッとさせられた。 「卒業したんだし。先生を困らせたりしないよね――」 「穂高!」 短く叫び、充流は強引に手を引き戻して、穂高の両手から逃れる。穂高の体温を残して、ボタンを握る手がたまらなく熱い。急に鼓動が高まり、胸が破裂しそうに感じられる。 な、んで! 幾度となく期待してあきらめて、この一年を過ごしてきた。そんな自分を心底嫌って、やっと本当に終えられたと思った矢先に、どうして覆されてしまうのか。 俺の気も知らないで……っ! 「――勝手だな。俺の気持ちは無視か」 自分でも驚くほど冷たい声が出た。穂高は見る間に目を丸くして、焦って返してくる。 「そんな! 俺、そんなこと言った?」 今にもすがりついてきそうな顔をされて、泣きたいのは充流だった。やはり穂高が好きだ。何度あきらめても、あきらめきれなかった。この青さがたまらない。何のためらいもなく、思いの丈をぶつけてくる純真さが。 それなのに、心を鬼にして言ってのける。 「聞かされたこと、全部が迷惑だ。俺が好きだなんて気の迷いだ。俺が西沢先生とのことを話したりしたから、そんな気になったんだ」 「なんでそんなこと言うの! ぜんぜん、そんなんじゃない! 一年のときから好きだったって、俺言ったじゃん! 三年間、ずっと好きだったんだよ? 部活で忙しかったのもあるけど、コクられても誰ともつきあう気になんて、なれなかった!」 迫る勢いでまくしたてられ、胸がつぶれそうになる。だが徹底して穂高を否定した。 「だから気の迷いだと言うんだ。大学に入ればわかる。おまえがその気になりさえすれば、誰とでもつきあえる。第一志望に合格できて、よかったじゃないか。もっと世間を知って、自分を知って、経験を積むんだな。その頃には俺のことなんて忘れるから」 「なに言って――」 声を詰まらせ、穂高は愕然とした顔になった。だがこれで、十歳も年上の男の自分とつきあいたいだなんて、早まったことを言ったと気づいてくれるならそれでよかった。 自分をわかってないだけなんだから。おまえが望めば誰とだって――俺なんかじゃなく。 しかし穂高は愕然とした顔のまま、充流に言われたことを口に漏らした。 「俺がその気になれば、誰とでもつきあえるなんて――」 急に表情を変え、充流の腕を掴んでくる。 「だったら、先生もそうなんじゃないの!」 間近から真剣に見つめられ、充流は激しくうろたえた。胸のうちを見透かされたようで、どうにもならないところまで追い詰められる。 「俺は先生がいいんだ、俺とつきあってよ」 強引な言葉を浴びせられ、眩暈がした。 「俺は、先生じゃなきゃダメなんだ」 甘えるように言われ、気持ちがぐらついた。 胸が熱くなる。穂高から差し出された手を取り、その胸に飛び込んで、甘くやさしく抱かれるなら。でも、それはあきらめたはずで。だけど、穂高がここまで言うなら。いや――そうではなくて。 「もう……嫌だ!」 言い放ち、充流は穂高の手を振りほどいた。 「これ以上、俺を振り回さないでくれ!」 自分の口から飛び出た声を聞き、全身から血が引いた。思わず顔を背け、片手で自分を抱きしめる。 「振り回す、って。なんで――」 呆然とした穂高の声を聞いて唇を噛みしめた。うろたえてはいけない。答えても駄目だ。 「卒業しても、四月まではここの生徒だ」 硬い声が出た。卒業式の前に、クラス全員に教室で聞かせたことだった。 「本校の生徒としての自覚を持って――」 「わかりました」 きっぱりとさえぎられ、充流はうつむいた陰で大きく目を開いた。 「先生がそのつもりなら、俺……出直します。四月になったら、また来ます。返事は、そのとき聞かせてください」 ……どこまでそうなんだ。 穂高が去っていく気配を感じ、充流は唇を震わせる。 また来るなんて……俺はもういないのに。 見開いたままの目から涙が溢れ出た。頬を伝い、唇を濡らす。 でも……これでよかったはずだ。 手の中に残されたボタンをぎゅっと握る。穂高から浴びせられた言葉の数々が胸に渦巻いた。涙が止めようもなく溢れて、頬を伝い落ちていく。もう、十分だった。穂高に好きと言われたそのことだけで、満たされる。 だから、これでよかったんだ。 二度と会わない。穂高を汚したくない。穂高から差し出された手を取ってしまえば、溺れて歯止めのきかなくなる自分が見えるから。 どうか、今のままで。まっすぐに健やかに。 それだけを強く願い、充流は涙に濡れた目を上げてはるか先まで見渡す。近くには誰もいなかった。体育館の横を過ぎた遠い先に、今はもうまばらになった人影が正門まで点々と続いていた。 未だ華やいだ声が風に乗ってかすかに耳に届く。その中に穂高の声を聞こうとするかのような自分が、たまらなくやるせなかった。 つづく ◆NEXT ◆BACK ◆作品一覧に戻る |